第20章―消せない罪―24

「あぁっ…! な、なんてことだ…!? 弟の顔に傷をつけてしまった…! また私が…! ううっ…!!」


 ウリエルはラファエルの綺麗な顔に、剣で傷をつけてしまった事に気が付くと酷く動揺したまま取り乱した。持っていた剣を床に落とすと、その場で崩れ落ちた。


「ぼ、僕はなんて駄目な兄なんだ…! 可愛い弟の顔に傷をつけてしまうとは、なんて愚かなんだ…!」


「に、兄さん……」


 ウリエルは床に両手をついたまま、ただ呆然と深い悲しみに暮れた。


「ましてやお前をあともう少しで、この剣で切りすてるところだった…! 許せラファエルっ…!!」


 目の前で酷く取り乱した様子で話すと、顔を俯かせて小さく震えた。普段の冷静沈着で気高い彼の姿はそこにはない。もうそこには弟のことを思い、激しく取り乱す兄の姿があった。


 ウリエルはラファエルの顔に傷をつけてしまった事に酷く後悔した。自分の両手を見つめながら震えていた。ラジエルは、彼の弟への異常な愛に戸惑いながらも気を使って身を退いた。ラファエルは何も言わずに目の前にしゃがむと震えている兄の肩に手を置いて声をかけた。


「兄さん…――」


「ラファエル…すまない…私はお前を傷つけ……」


「大丈夫だよ、兄さん。これくらいの傷なら、治癒魔法を使って治るから安心して…」


 優しくそう言って話すと、震えている兄の身体を両手で抱き締めた。


「ううっ…ラファエルっ……!!」


 ウリエルはその言葉に肩越しで涙を呑んだ。普段は、自分の感情を表に出さない兄だったが、今は自分の腕の中で涙を流して震えている。そんな彼の姿に戸惑いつつも、ラファエルはそれを受け入れた。  


「私は何処にも行きはしないさ。いつだって、兄さんの傍にいるよ。だから安心して…――?」


「ラファエルっ…――!」


 弟のその言葉に安心したのか、腕の中で一時的に気を失った。兄を抱き締めたまま瞼を閉じるとそこで小さなため息をついた。その表情はどこか疲れきっていた。


 不意にラジエルの方に目を向けると、彼はその視線を僅かに反らした。気を失った兄に声をかけるとウリエルは小さく反応した。


「っ…」


「兄さん、ひとまずベッドで休むんだ。話ならその後にでもいくらだって出来る。さあ、立って――」


「っ…すまない……」


 ウリエルは立ち上がると、ラファエルの首に腕をまわして歩いた。 身体を支えられながら歩く姿はどこか痛々しかった。ラジエルは側で声をかけると、自分も肩を貸そうとした。しかし、彼はそれを拒んだ。


「手を貸さなくても大丈夫だ。兄さんは私が運ぶ。お前はブレイザブリクに戻るんだ」


「で、ですが……」


「ラジエル。頼む――」


 彼はそう言って話すと真剣な瞳で見つめた。


「わ、わかりました……」


 ラファエルにその事を促されると、彼は仕方なく返事をした。


 ラジエルは少なからず感じていた。兄弟と言う絆で強く結ばれた2人の間に、部外者である自分がそこに入り込む隙間が無い事を――。


 わかっていたことだったが、ラジエルはそれを目の前に彼らの絆がどれだけ深いかを思い知らされた。本当は彼の傍にもっと居たかったが、今はそれすら叶わないと思うと、そこで一礼をして部屋から出て行った。ラファエルはラジエルの姿が見えなくなると、胸の奥が切なく掻き乱される衝動に駆られたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る