第18章―虚ろな心―13

「これは驚いたな。こんな小さい箱の中に花を育ててたのか…――?」


「ええ、ちょうど良い入れ物があったからコッソリ育ててみたの。でも、こんな小さな箱ではなかなか大きく育たないわね」


 彼女は木箱の中に入っている小さな花を愛でながら彼に話した。ハルバートは彼女の精神的な逞しさに隣で黙って見とれた。


「アンタは凄いな。女なのに逞しくて――。こんな最悪な環境に居るのに、どうしてアンタはそんな風に笑っていられるんだ? ここから逃げたしたいとか思わないのか?」


 ハルバートは隣で笑うリーナに不意に質問した。


「私が…? そうかしら? 私って逞しいかしら? 自分ではそんなことわからないわ。でも、私は従順に従ってるだけ。そうね…。たぶんきっと従うことに慣れてしまったのよ。それに私が育った環境はいつもこんなだった。今さら自由が欲しいとかそんなのを考えるのも疲れてしまうわ。だったらこのままでもいい。それで肉体が朽ち果てるならそれでも構わない。私は生に対しての執着心がないから、いつ死んでもいいのよ。きっと自分が嫌いなのね…――」


「リーナ……」


 彼女は彼の隣でフと呟くと悲しく笑った。その笑顔はどこか儚げだった。目の前にいる彼女が何故か消えてしまいそうな気がするとハルバートは黙って彼女を腕の中にギュっと抱き締めた。


「どうしたの……?」


 リーナは彼に無言で抱き締められると不意に顔を覗いた。


「ウフフッ。何だか貴方、子供みたい。でも、そんな所も可愛いわ」


「……よせよ!」


「ハルバート?」


「そうやって無理に笑うな…――!」


 リーナは彼にその事を言われると口を閉ざした。ハルバートはそのまま彼女の体をギュッと抱き締めた。


「どうしたのハルバート……? 貴方怒って…?」


「違う。怒ってるとか、そんなんじゃねー。こうしてないとアンタが俺の前から消えそうな気がしたんだ」


「あたしが…――?」


「ああ、そうだ。アンタは其処にいるんだろ?」


「ハルバート……」


「ええ、あたしはここに居るわ。貴方のそばに…――。あたしがあたしで居なくならないように、もっと抱き締めて。あたしは貴方にこうして抱き締められてる時が一番幸せなの」


「リーナ…――」


 彼女は情熱的な瞳で彼をジッと見つめた。その眼差しに心は揺れた。細い腕を首に回すとリーナは彼にキスをした。その口づけは甘く、どこか儚げな、愛の口づけだった。瞼を閉じるとハルバートは彼女からのキスを無言で受け入れた。



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