第18章―虚ろな心―8

「息子よ、お前は何か内に秘めていることがあるな?」


「私がですか……?」


「ああ、そうだ。その浮かない顔こそが、私に言いたげな表情カオをしている。隠しても私にはわかるぞ」


「――やはり父上は、全てをお見通しのようです。では私ごとですが、お父上に話したいことがあります」


「それは何だ?」


「私は父上を助ける為に地獄門を叩いて来た次第です。計画を無事に成し遂げる為にも、それなりの犠牲を払ってでもこの計画を進めるつもりでした。しかし、いざ犠牲者を出したとなると、私はどうも浮かないのです」


「そうか…――」


「しかしその犠牲は必要だっただけの事だ。決してそれはお前のせいではない。それにその犠牲となった魂は、すでに冥界へと行くはずだった魂だ。いずれは業火の炎に焼かれるとなる身だった。そして、その犠牲となる魂を選んだのは運命のノルンの天秤。お前はミカエル様がお持ちになっている天秤で、魂の善し悪しを秤っただけのことだ。最後にそれを決めたのはノルンだ。しかし、選ばれた魂が最後の行く末をたどるのは誰にもわからない。そして、その魂がどんな最後の審判を受けたかもな…――。それがミカエル様がお持ちになられているノルンの天秤の力だ。ノルンの天秤を決してあなどるではないぞ。ミカエル様がお持ちになっている天秤は、すべての生きるモノの魂の大罪を見透しておるのだ」


「父上――」


 彼はその言葉に沈黙してうつ向いた。


「息子よ。そのような事を話すのは、お前の心に迷いが生じているからだ。少しでも迷いがあるのなら、引き返すことだって出来る。どのみち私の身体はここで朽ち果てる運命にある。ならばお前はお前の道を進むがよい。私に構うな――」


 カマエルは自分の息子にそう諭すと瞼を閉じて沈黙した。彼は父のその言葉に再び決意を固めた。


「いいえ父上! 私は引き返すことなど考えておりません。前に突き進むだけであります。それが我が道なら、どんなイバラの道でも切り開きましょう。どんな手を使ってでも、父上を見捨てたりはしません!」


「息子よ、ならば私はこの身が朽ち果てるまでお前のその言葉を信じよう――。さあ、行くがよい。もうすぐ夜明けが訪れる。お前の姿は決してだれにも見られてはならぬ。姿を消して、息を殺し、すべてを欺く者となれ」


「ハッ…!」



「さあ、行け…――!」



 父のその言葉に男は、強い志を内に秘めて翼を広げてそこから飛び立った。人から鳥の姿へと変身すると彼は小さな天窓から天へと向けて飛び去った。そして、その姿は闇の中へと紛れた。

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