第13章―箱庭の天使達―10

 

「こ、これは……!?」


 ラファエルはそこで驚愕した。閉ざされたカーテンを開くとミカエルが眠りについているベッドの周りには、結界らしきものが発動していた。その結界は護身結界のようなもので、今だ意識が戻らずにいる彼が、無意識の状態でそのような術を発動させられる事にラファエルは衝撃を隠せなかった。サタンの卑劣な手により、神殺しの剣で受けた攻撃は彼に致命傷を負わせるとそれは確実に死をもたらした。瀕死の状態で意識すらなかったミカエルをラファエルは、蘇生魔法を使って死の淵から蘇らすことができた。しかし、ラファエルにはそのあとの確証がなかった。いくら蘇生魔法で彼を死の淵から蘇らしたとしても、彼自身が目を覚ます保障はどこにもなかった。神殺しの剣はそれ程までに強力な邪悪な力を秘めていた。ましてや、一度は肉体から魂が離れてしまった。それを呼び戻す事さえ難しい問題だった。



 ラファエルにはそのことが気がかりで、意識が完全に戻るといった保障もないまま、ひたすら彼の治療を続けた。そこには己の使命と、純粋に弟を救いたいと思う気持ちがあったからこそ彼は治療に専念することができた。しかし、長い年月をとおしてミカエルの意識が未だに戻らない状況に対して、彼は心のどこかで最悪な結果を予想せずにはいられなかった。肉体は治療をできても、ミカエルの魂を呼び戻すことは出来ないといった絶望感が彼の心のどこかであったからだ。ラファエルはその悩みを誰にも話せないまま、ひたすら治療を続けた。いつか、彼が目覚めることを信じて只その信念だけが唯一の希望だった。そして、ついにラファエルは奇跡を目撃した。意識がない彼の体からは、ありとあらゆる障害から己の身を守る為に使われる魔法。護身結界と呼ばれる魔法が発動されていた。それは眠りについているミカエルを守る為に障壁のような結界が周りを取り囲むように発せられていた。この護身結界は自らの意思がなくては発動されない魔法だった。ミカエルは意識がないのにも関わらずに、その魔法を発動させれる事ができた。ラファエルはそこに一つの確信が持てた。ミカエルの意識たましいは完全に消えたわけではないと――。いずれ、彼は目を覚ます。そう言った確信が持てた時、ラファエルはその希望を前に心が奮えて感動せずにはいられなかった。嬉しさがこみあがると彼は近くで優しく話しかけた。


「頑張るんだミカエル。私が必ずお前を助けてみせる。お前はこの天界において全ての希望の光だ。その光を閉ざしてはいけない。私は信じてるよ、お前が目覚めるその日を――」


 彼は傍で語りかけると結界を越えて中に一歩踏み入れた。そして、彼が眠っている傍に歩み寄るとミカエルの白い手を握った。そこには弟を気遣う兄としての姿があった。ラファエルはやっと見えてきた一つの希望に一筋の涙を流した。



――羽根を無くして飛ぶこと知らない鳥は籠の中でしか生きられない。ましてや空の高ささえも鳥にはわからない。羽根のない鳥にとって籠の中から見える外の景色が唯一の世界との繋がりだった。運命に翻弄された一人の幼い少年は、生まれながらに自由を奪われ、自由を知らずに育ち、籠の中に閉じ込められた哀れなカナリヤのように生き続けた。そこに寂しさと孤独を埋めてくれる者もおらず、その虚しい心だけがポカリと心に大きな穴をあけた。ただ一つその少年に求めることは、籠の中から外の世界を見ることだった。少年は夢うつつの中で、未来を透視できる能力と予知する能力があった。それはやがて、預言となって現実に現れる。運命に翻弄された少年の名はハラリエル。彼は天使達の間では、眠りの預言者と呼ばれていた。


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