第13章―箱庭の天使達―11

 

――少年は歳をとらない。その姿は10歳のまま、時が止まったように見えた。果てることもない永遠の時の流れは彼に未来永劫、少年の姿でいる事を求めた。それが彼がこの世に生を受けた罰なのか。


 少年は歳をとらずに長い年月を子供の姿のままで過ごしてきた。自分が知っている子供達は今では彼を追い越して、大人になってしまった。彼はその焦燥感に胸をいためた。一人ぼっちの彼には友達がいない。唯一の繋がりがあるとすればそれは少年を見守り続けている一人の天使だった。秘密の領域と至高の神秘の天使、ラジエル。彼は少年の側近として使えていた。少年は彼には何でも話せた。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、そして、時に夢でみた未来の予言さえも話した。ラジエルは口が堅い男と知られており。相手から教えられた秘密は誰にも話さない性格から彼は周りの信頼も厚かった。少年にはあともう一人、親しい友達がいた。それがラグエルだった。少年がいるところは、人が滅多に訪れない場所だった。彼は自由奔放で気まぐれな性格だったので、姿を隠しては彼がいる部屋にコッソリと会いに行った。


 そういったところから、少年と彼には特別な絆のような友情が結ばれた。少年はラジエルと同様に彼が来ることを心から待ちわびていた。それが少年にとっての外との繋がりだった。少年は外の繋がりを求めた。隔離された場所に自由などない。あるのは課せられた使命だけだった――。


 テミスの宮殿から抜け出した彼は、ハラリエルがいる場所。ブレイザブリクの宮殿へと訪れた。ブレイザブリクは白い塀に囲まれた建物だった。内部は神殿のように造られていた。神聖な雰囲気が漂う建物の外には、綺麗な花畑と広い大地と沢山の木々が植えられていた。そして、小動物がそこでは飼われていた。一見まるで、そこだけが別世界のようだった。だが、それは造られた楽園にしか過ぎない。本当の世界を見たことがない少年にとってそこだけが世界だった。宮殿の奥に進むにつれて、どこか重苦しいような空気へと包まれる。長い廊下を歩くと奥の部屋に少年の部屋があった。そこは厳重なドアで塞がれて、窓には鉄格子がつけられていた。外からの侵入を許さず、中からも外に出れない仕組みになっていた。まるでそこは「檻」。鳥籠の中でしか生きれない少年はそこで世界を見ていた。そして、眠りの中で少年は世界を見る。まだ来ない未来をこれから起こる未来の出来事をそれを伝えることが少年の使命だった。


 少年はラグエルが来たことも気づかずに、ベッドの上で眠り続けていた。彼はこの瞬間にも夢の中でさまざな未来を見ていた。そんな過酷な運命を一人で背をわされた少年にラグエルは少なからず同情していた。そして、不意にベッドに座ると眠っているハラリエルの隣で寂しそうに話しかけた。


「ねえ、ハラリエル。せっかくボクが会いに来たのにまだ眠っているのかい? キミが眠りについてから数ヵ月は経つのに、まだ眠るのかい? ねぇ、いい加減起きなよ。キミだってずっと眠っていると疲れるだろ? ねえ、起きてボクと一緒に遊ぼうよ? この前のかくれんぼの続きをしようよ。それともカードゲームの方がいいかい? キミが遊んでくれなきゃ、つまらないよ。ハラリエルだけがボクの友達なんだから――」


 ラグエルは隣で話しかけると彼の頭を優しく撫でた。ハラリエルは瞳を閉じて眠ったままだった。まるで死んでるかのようにピクリとも動かなかった。そんな少年の姿に、ラグエルは心をいためたのだった。


「可哀想なハラリエル。あんなジジイどもに良いように扱われてこんな狭い所に閉じ込められて。その上、羽を無くして飛ぶことも出来ず、生まれてから今だに自由さえも知らないなんて…――。ボクだったらそんなの息が詰まるよ。それがキミの#運命__・__#ってヤツなのかい?」


 ラグエルは隣で話しかけると、フと呟いた。


「運命ってのはつくづく残酷だね。自分からそれを望んだわけでもないのに初めからそれが定められている。抗うことだって出来るのに、キミはそれをしようとはしない。ボクにはそれがわからないな。生まれた#使命__さだめ__#とか#宿命__うんめい__#とか、そんなに大切なことなのかい? 自由がないとつまらない。ボクはそう思うよ、キミにも自由をあげたいね」


 ラグエルは横になると眠っている彼の隣で子守唄を歌った。それはどこか淋しそうな歌だった。そして、歌い終わると彼の頭を優しく撫でた。


「そうそう。さっきミカエルに会いに行ったらあいつにまんまと返り討ちにされちゃった。よほど自分の弟が可愛いんだろうね。ボクはただミカエルの顔を見てみたかっただけなのにさ、あいつって見かけによらず思い込みが激しくて参っちゃうよ。カリカリしてるところなんかきっと年なんだろうね。それにボクがあのジジイとつるんでるって勝手に決めつけるんだよ? ねえ、ハラリエル。キミもそう思うかい? でも、優しいキミはボクのことを疑ったりはしないよね。キミだけがボクの大事な友達だからさ……。ボクはキミの為ならなんだって出来る。どんなことでもしてあげる。たとえばここから連れ出して欲しいなら、ね――。ハラリエルきみだけはボクが呪うように愛してあげる。束縛して誰にも渡さずにどこか誰も知らない所に隠すんだ。そして、キミを永遠にボクだけのものにしてあげる。どう、嬉しいだろ?」


 ラグエルは妖しくそう話すと微笑を浮かべた。そこには僅かに狂気のようなものがあった。そして、ラグエルは彼の髪に触れるとそっとオデコにキスをした。それはまるで呪いのような愛の口づけだった――。



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