第12章―残骸のマリア―8

 

「お……俺の顔は醜い……でも、お前は違う…――。お前は残酷で美しくとても綺麗だ……ああ、そうだ……お前は美しい……俺は醜い顔をした怪物だ。だからお前の顔が羨ましい……うううっ……」


 彼はそこで支離滅裂なことを話すと、自分の頭を抱えて情緒不安定に体を前に揺すった。その様子はどこか、壊れた人形の様だった。クロビスはそんな光景を目の当たりにしながらも話しかけた。


「ジャントゥーユ、私は美しいか?」


「ああ、とても綺麗だ……」


「私の顔に触りたいか?」


 彼の質問にジャントゥーユは首を縦に頷かせた。


「そうか。なら、私の顔に触ってみろ――」


 そう話すと自分の顔を彼の前に近づけた。ジャントゥーユは戸惑いながらも、怯えた仕草で彼の顔に手を伸ばした。震えた手で彼の右の頬に触れた。クロビスはその様子を黙ったまま見ていた。顔に触れるなり、ジャントゥーユは自分の手を直ぐに引っ込めた。


「――どうだ? これが美しい顔で生まれた私と、醜い顔で生まれたお前と私との違いだ」


 彼のその言葉にジャントゥーユは首を頷かせた。


「ああ、そうだ……お前は綺麗な母親から生まれた。でも、俺は…――」


 彼はポツリと呟くと下を俯いた。それはどこか、思い詰めた様子だった。暫く黙り込むと、彼はクロビスにある物を渡そうと思いついた。それはスティングが指に嵌めてた宝石がついた銀の指輪だった。指輪にはラピスラズリの青い宝石が嵌め込まれていた。その指輪をジャントゥーユは、彼にあげようと思いついた。


「お前にこれをやる……」


 不意にそう話すと、切り落とした手をクロビスに渡そうとした。


「それはお前の戦利品だろ? そんなモノを私に渡されても困る」


 クロビスそう言い返すと、差し出したものを断った。するとジャントゥーユはハッとなって思い出した。


「これじゃない。これだ…――」


 おもむろに切り落とした手から指輪を外そうとした。しかし、手の筋肉は既に固まっていて、ついでに指も曲がっていた。なかなか指輪が外せなく、彼は目の前で少し苛立った様子をみせた。


「それをどうするつもりだ。それを私に渡す気か?」


 そのことを質問すると、ジャントゥーユは頷いて答えた。


「この手は俺の戦利品だ……でも、指輪はいらない……。指輪はお前にやる……綺麗なお前にふさわしい……綺麗な……ウヘ、ウヘヘヘッ……」


 そう言って不気味に笑うと口からヨダレを垂らして彼の美しい顔に見とれた。死後硬直して固まった手の平が開かないと、ジャントゥーユはクロビスの目の前でスティングの指に噛みついた。人差し指に噛みつくと、無理やり指を噛みちぎった。その瞬間、血が辺りに飛び散った。血飛沫はクロビスの顔にもかかった。頬をかすめるように血が飛んでくると、彼は指先で血を拭った。クロビスは怒るどころか、その光景に僅かに高揚した。それは血を見てきた者だけが味わえる、一種の快楽なようなものだった。


 ジャントゥーユは指を地面に噛み捨てると、それを拾って彼に指輪を見せた。ラピスラズリの嵌め込まれている指輪は血で赤く染まりながらも怪しく不気味に輝いていた。ジャントゥーユがそれを彼に差し出すと、クロビスはフッと優雅に笑った。その微笑みはどこか狂気を秘めたような微笑みだった。



「ジャントゥーユ、お前は本当に悪い子だな――」



 そう言って話す彼はどこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。指輪を受けとると、それを自分の中指に嵌めて見せた。


「どうだ、似合うか?」


「ああ……その服の色に合う。綺麗だクロビス…――」


 ジャントゥーユは見とれるように話すと、そこで跪いたのだった。


「この事はみんなに秘密にしておこう。2人だけの秘密だ。わかったな?」


「2人だけの……?」


「ああ、そうだ。私との秘密は嫌か?」


「嫌じゃない……秘密作る……お前と俺との秘密……」


 ジャントゥーユはそう言って答えると、おどおどした表情で彼のことを見た。周囲に怪物と呼ばれていた男は、彼の前ではとても小さな子供みたいに見えた。クロビスは上から見下ろすと、指輪が嵌められている手を彼の前に差し出した。


「秘密を誰にも話さないと、この指輪に誓え――」


 クロビスはそう話すと、跪く彼の前に手を差し出した。指輪が嵌められている手にジャントゥーユは恐る恐る顔を近づけると、血で染まった指輪に誓いの印しでキスをした。彼はその様子を上からジッと見下ろした。まるで、下僕が主人の前に跪いて忠誠を誓うような場面だった。クロビスは跪く下僕を目の前に冷酷な表情をしながら、まるで悪の華のようにクスッと微笑を浮かべたのだった――。


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