第13章―箱庭の天使達―1

 

――あの日、モルグドアの門の前でサタンの不意打ちによって倒れたミカエル。サタンの邪悪な力により、光の剣クラウソラスは神殺しの剣となって姿を変えると、剣は彼に向かって襲いかかった。門から放たれた剣は一矢の如く、彼の体を一瞬にして貫いた。神殺しの剣で受けた傷は深く。致命傷を負ったミカエルは、サタンの前に惜しくも敗れた。敗北して撤退を余儀なくされた彼らは、瀕死の状態のミカエルを連れて天界へと帰還した。ラファエルの治癒魔法により、奇跡的に一命をとりとめたミカエル。だがしかし、彼の意識はいまだ戻らずにいた――。


 ミカエルが倒れてから数年の月日が流れた。彼の意識は今だに戻らずに、長い眠りについていた。天界では混乱が続く中、天界を治める偉大なる天使の長ドミニオンは、彼の痛ましい姿を他の下級の天使達にはみせまいと、密かにウリエルの宮殿へと身を隠させたのだった。彼はそこで長い治療を受けており、身の回りの世話をする者と僅かな者だけしか、そこの出入りを許されることはなかった。彼が倒れた事実については他言無用で、その事を話してはいけないとドミニオンからの圧力があった。よってミカエルが倒れたことについては、天界に住む天使達には一切その事実を知らされることはなく。彼らは混乱が続く中、不安を抱えながら日々を過ごしていた。ミカエルが倒れた事を知らされた、ごく僅かな天使達はドミニオンの意向に不満を抱く者も現れた。こうして天界は更なる混乱へと陥るのだった。


 偉大なる英雄であり、天界最強の大天使ミカエル。彼の伝説は色褪せることもなく多くの種族達の間で語り継がれた。天魔大戦において彼は宿敵であるサタンとの度重なる激闘の末に勝利を治めた偉大なる英雄であり。彼のその素顔を見た者は今だ誰もいない。彼は全身を覆い尽くす白銀の鎧を身に纏い、仮面の間からは僅かに黄金の瞳が見えた。そして、長い髪は美しいほどの金髪だった。天使達の間では、その風貌から彼は黄金の天使とも呼ばれた。そんな謎に包まれた彼の素顔を一目見ようと興味を惹かれる天使達は多くいる。彼も、その一人である。だが、彼の場合は招かざる天使であり。彼の存在そのものが危ういとされた。


 彼の姿を見た天使達は、口々にこう語る。黒い翼を持った「終末の天使」と。彼の名はラグエル。長い黒髪に全身を黒い服装で身に纏い。どこか妖しげな美しさを内に秘め、彼の翼は漆黒の翼だった。その存在は霧のようにつかめなく、影のように自分の存在を自由自在に消すことが出来る。ゆえに自由奔放な彼は性格も気まぐれで、誰の側にもつかない。彼自身がその者に興味を持たない限りは。そんな彼の姿は今、ウリエルの宮殿にいた――。


 彼は、ミカエルが眠るテミスの宮殿へと前触れもなく訪れた。自分の姿を自由自在に消せる彼にとっては、どんな場所にも簡単に入り込める。それがラグエルの特技だった。どんな厳重な場所でさえ彼にとっては容易かった。衛兵を欺いてテミスの宮殿に入り込んだ彼は、さらなる奥へと足を踏み入れた。宮殿の奥に突き進むと大きな扉があった。ラグエルは扉の前で姿を現すと、ミカエルが眠っている部屋へと忍び込んだのだった。


 部屋の中は光さえも遮るような薄暗い部屋だった。中央に置いてある灯台には青い炎が揺らめいて燃えていた。そこの部屋だけ、静寂に包まれたような空間が広がっていた。ラグエルは部屋に入るなり真っ先に奥へと進んだ。大きな円柱の真上には高い天井があり、その上から長い白いカーテンがいくつも垂れ下がっていた。その奥にミカエルが眠っているとされるベッドらしきものが見えた。彼はカーテンの前に立つとそこで立ち止まり、クスッと悪戯に微笑を浮かべて話しかけた。


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