第9章―ダモクレスの岬―4

――それは突然のことだった。強い突風が吹くと、先頭で囚人を追いかけていた部下達4人が、前から襲いかかってきた風の勢いに押されて体勢を崩して足止めをくらった。


 凍てついた風はまるで氷のように冷たく、彼らの体温を一気に下げた。彼らは前から襲いかかってくる強い風に進行を妨げられると、前に進む事も次第に困難になった。その間、強風と共に吹雪きも一層激しく吹き荒れて彼らの視界を悪くさせた。前に進もうとするならば、風が容赦なく彼らを後ろに下がらせた。


 まるで見えない壁に進行を妨げられてるような、錯覚にさえ陥ったのだった。竜騎兵達が強風に襲われている最中、囚人は後ろを一切、振り向かずに真っ直ぐ前に突き進んで逃げていた。ハルバートは部下達の近くに辿り着くと、その場で荒々しく声を張り上げた。


「お前ら気をつけろ! この風はただの風じゃないぞ! 油断したら…――!」


 彼がそう言っている間に部下のニコラスとロジャーズが、彼の忠告を聞かないまま無理矢理前に進んだので風の中に一気に巻き込まれてしまった。風は突如、嵐のような竜巻の姿に変えると、2人を巻き上げて上空から地上に容赦なく叩きつけた。一瞬のことだったので周りにいた部下達は唖然となった。地上に激しく叩きつけられた2人は、あっという間に命を落とした。ハルバートはその光景に沈黙すると滑稽な目で見下ろしながら呟いた。


「チッ……! ったく、だから人の話しは最後まで聞けって言ったんだ!」


 ハルバートは2人の突然の死に滑稽な思いに急に襲われると、そこで飽きれた表情でため息をついた。竜騎兵達は目の前から襲いかかってくる強風に足止めをくらうと、囚人を捕まえることを諦めるしかなかった。


「ハルバート隊長、この強風ではまともに前に進めません! もはや囚人を捕まえることを諦めるしかないです…――!」


 ユングがそう言って意見を話すと、彼はそこで黙った。


「おい、見たかよハルバート。一体なんだあの風は? 前から吹いてるのにあの2人が前に進もうとした瞬間、いきなり竜巻みたいなものに変形してあいつらに襲いかかったよな。見間違えじゃない限り俺にはそう見えたぜ? なんかあの風ヤバくないか?」


 ケイバーが不意に疑問を投げかけると、ハルバートは黙っていた口を開いた。


「ああ、ヤバいに決まってるだろ。ただの風じゃないってさっき言っただろ? あれは魔法だ。と言っても魔法のわりには魔法使い特有の魔力の力とは違う」


「……なるほど、てことはつまり。逃げた囚人は魔法使いってわけか?」


「誰も魔法使いとは言ってないだろ? 魔法使いだったらワザワザ逃げることもなく、今頃俺達を魔法で襲って来てるだろ?」


 ハルバートは冷静な顔つきでそう話すと、ケイバーは聞き返した。


「なんでそんな事が言えるんだ? 魔法使いじゃなきゃ、あれはなんだよ?」


「あれは守護の風だ。と言ってもはっきりと断定はできないが多分アレは恐らく魔法石の力かもしれない」


「はっ!? 魔法石の力だって……!?」


「ああ、恐らくな…――!」


 ハルバートはそう言って答えると、瞳を細めて険しい表情を浮かべた。



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