第7章―闇に蠢く者―3

 男は必死で我子の姿をさがした。だが、暗闇の中にながい間つなぎ止められた彼の体は、体力は衰え視力も衰えていた。そして、見るもの全てが霞がかかったように見えたのだった。彼はそんな絶望の中で我子の名前を呼ぶと、ただ無情な現実に泣いて打ち拉がれるしかなかった。黒いローブを纏った者は、暗闇の中で再び話しかけた。


「私は貴方様を助ける為に地獄門を叩いて参りました。例え同胞が誰ひとり助けに来なくても、私が必ずや貴方様をここからお救い致します! そのためなら、この命惜しくなどありません…――!」


 彼は暗闇の中で己の信念を告げると、床に跪いて誓いを立てたのだった。


「お前は我が子の4人の兄の中でもとくに勇敢な男だ。呪われた血を受け継ぎ、鷺にも天使にもなれぬお前を苦しめたのは、私のせいだ。どうか許せ我が息子よ…――!」


 カマエルはそう話すと両目から涙を流した。酷く悲しみに暮れる姿にローブを纏った者は沈黙したのだった。


「……お前が来ていると言うことは、3人の兄達もここに来ているのか?」


 その質問に彼は返事をした。


「いいえ、父君。参ったのは私だけです。今は天界は、人間と魔族の脅威に曝されつつあります。西に構えるエルグランドは日に日に勢力を増して来ています。人間の王は正気を失われ、狂王となられました。今では誰の言葉も信じません。王は自国の民を唆し、他国さえも我がものにしようとしています。そして、強欲な王は今では世界さえも手に入れようとしています……! その為なら我ら天使と戦うことも厭わないと、王は自国の民にそう告げたのです…――!」


 ローブを纏った者は暗闇の中から一歩前に踏み出すと、月光が照らす月明かりの下で姿を見せたのだった。カマエルはその言葉に衝撃を受けると、顔が一気に青ざめた。


「なっ、なんて恐ろしいことだ……! まさかエルグランドが我らの脅威になるとは……!」


 彼は人間の醜い欲望のまざまざしさに、激しい怒りを感じてうち震えた。


「どうかお聞き下さいカミーユ様。遥か遠い古にミカエル様が倒して地の果てに封印なされた邪悪な王が地獄から再び目覚めようとしています……! そして、その前兆とも呼べるべき事態が起きました……! モルグドアの暗黒の門が僅かですが開きはじめています。もし、門が全て開いてしまったならば、この世界は千億の絶望の闇に呑み込まれる事でしょう……! そうなれば人間も獣も全ての生き物も植物さえも滅びます。そして、モルグドアの暗黒の門から邪悪な悪魔の王サタンが目覚めて天界を滅ぼしにやって来ます……! そして、天界だけではなく地上さえもサタンは破壊の限りを尽くします。悪魔は地上を我が物顔で蔓延り、大地は人と獣の血で赤く染まります。そして、天と地は恐ろしい程の暗黒に支配されるのです! そうなる前に、我らがなにかしらの手だてを打たなくてはなりません…――!」


 ローブを纏った者は、主君にそう伝えると深刻な表情で其処に佇んだ。

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