第7章―闇に蠢く者―2

――塔の上には誰もいなかった。見回りは愚か、人影すらいなかった。静けさと共に辺りには、不気味な気配すら漂ったのだった。タルタロスの牢獄には、一つの塔が天辺に向けて建てられていた。そこは孤立したような場所だった。


 一体それがなんの為に建てられたのかは、誰も知る者はいなかった。ただ一つだけ言えるのは、そこには高貴な身分の皇族の大天使が囚われていた。彼は戦に敗れて囚われの身となった。両手を鎖に縛られて、両羽には鋭い杭が打ち付けられていた。彼は壁に貼りつけにされたまま、何年もそこにいた。体力も気力も徐々に衰えて、もはや朽ち果ててしまいそうなほど、彼の命の灯火は消えかけていた。そんな彼を助ける者は誰もいなかった。ただ1人を除いて――。彼は何年も囚われの身になりながらも、生きる希望だけは捨てなかった。それが彼の唯一の心の支えだった。暗闇の部屋にある小さな天窓を見ながら、彼はそこで自由を夢見た。いつかあの空へ。彼はそう思いながら塔の中で生き続けたのだった。


 鳥は闇に紛れながら彼が囚われている塔に辿り着いた。そして、割れた天窓の隙間から中へと忍び込んだ。囚われの身となった男はその鳥が中に入ってくると瞼を開いて気がついた。上を見上げると黒い鳥が、彼を天窓からジッと見下ろしていた。彼は鉄格子の中から鳥に話しかけた。


「お前か…――」


 鳥は彼のかけ声に黙ったまま其処にいた。そして、黒き翼を羽ばたかすと、地面に向けて着地した。黒い羽は怪しさを秘めながら宙を舞った。そして、静かに羽が地面に舞い落ちると、黒い鳥は本来の姿へと戻ったのだった。静けさが漂う部屋の中に月明かりが天窓から差し込んだ。そして、暗闇の中に溶け込むように月明かりが招かれざる者の顔を照らしだした。黒い鳥は、人の姿に戻ると黒い布のローブを身に纏いながら暗闇の中で話はじめた。


「偉大なる誇り気高き天使の血筋を受け継ぎし者、大天使カミーユ様。能天使であり、破壊の天使と呼ばれた貴方様が何故ゆえ戦に敗れてこのような牢獄に1人で囚われておいででしょうか?」


 招かれざる者は、暗闇の中から彼にそう問いかけた。男は虚ろな瞳をしながら返事をした。


「おぉ、やはりお前か…――! ああ、そうだ。遥か昔にカミーユとも呼ばれていた事もあった……。今では己がカマエルかカミーユかさえも分からなくなってしまった。今では屍になるのをただ待つ哀れな者でしかない。まさかお前の声が再び聞けるとは、ゆめゆめ思いもしなかったぞ。我が愛しい息子よ…――!」


 彼はそう言って返事をすると、ぼやけた視界の中で必死に我子の姿をさがしたのだった。

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