第5章―死と恐怖―15

「その手…その手についてるのはなんだ……?」


そう言って手を掴むとギュータスは思わず自分の手を見て確認した。自分の手を見ると指先に黒いものが付着していた。


「なんだコレ?」


 鉄格子をさっき触っていたせいなのか、黒い煤のような、錆のようなものが指先に僅かについていた。


「どうせ赤錆か汚れか何かだろ!? 気持ちわりぃ、その手を離せ!」


 いきなり掴まれた手を振り解くと『俺に気安く触るな!』と言って怒鳴った。ジャントゥーユは再び、ギュータスの手を掴んだ。


「しつこい! 俺に触るな、気色悪い!」


彼は強い口調でそう言ったが、ジャントゥーユは掴んだギュータスの手をジッと眺めた。


「なっ、なんだよ……? まさか俺の爪が欲しいとか言う気じゃねーよな?」


 彼が冗談半分でそう話すと、ジャントゥーユは不気味にニターっと笑った。そして、何かをボソボソと話した。


「これ違う…何か違う。錆じゃない、でも違う。煤でもない。でもそうかも知れない……」


 ジャントゥーユは突然意味不明なことを話すとブツブツと呟いた。


「あああっ……これは……これは…――」


 挙動不審になりながら、何かを繰り返し呟いていた。ギュータスはそこで呆れると言い返した。


「お前さっき壁に頭ぶつけてただろ? さっきので頭イカれたんじゃないのか、少し休めよ」


彼は呆れながらそう話すと、手を振り払って牢屋の中に再び入って行った。ギュータスは牢屋の中に黙って入るなり、ボソッと呟いた。


「まったくよ、あいつの『顔』といい。ますます不気味だぜ…――」


 牢屋の外では、ジャントゥーユが独り言をまだブツブツと呟いていた。


「ひょっとしたらかもしれない……。いいや、違うかもしれない……。あれはまるで、まるで……赤い、赤い……。そう、アレだ……。赤いやつだ……!」


ジャントゥーユは壊れたように不気味な独り言を呟くと、何処かの天井をポカーンとした顔で見ていた。そして、再び呟いた。


「みんな俺のこと……影で悪口言っている……。アイツも俺のことバカにした……。俺わかった。でも、オーチスは助けてやらない……。アイツが死ぬところみたい……。ウへ…ウヘヘヘ……」


ジャントゥーユは不気味に笑うと、口からヨダレを垂らしてニタニタしながら笑った。ギュータスは奴が『使えない』と判断すると、囚人が部屋のどこかに隠した紙切れを1人で探すことにした。ギュータスは部屋の中を手当たり次第に荒らして物をひっくり返して紙切れを探した。


「ちっ、どこだ!? どこに隠しやがった!?」


短気で気が短い彼は紙切れを探すのに苦戦をしていた。それもそのはず、チェスターの証言は本当に信用出来るとは限らなかった。実際に自分の目で証拠を見るまでは信用が出来ないギュータスは必死でそれを探した。


 オーチスが囚人に渡したとされる紙切れはなかなかみつからなかった。そして、闇雲にただ時間ばかりが過ぎて行った。


 役に立たないジャントゥーユは、今だに牢屋の外でブツブツと何かを呟いていて使えなかった。部屋の中を派手に荒らすと、ギュータスは怒りに震えた声で雄叫びを上げた。


「畜生、チェスターのあの野郎! 紙切れなんて全然みつからねえじゃねえか、こうなったら奴と纏めてアイツも一緒にブッ殺してやる!!」


ギュータスは怒鳴り散らすと、部屋にあった古い木のベッドをガシッと掴んだ。そして、力任せに投げ飛ばした。壁にぶつかると、その弾みで木のベッドは半壊した。


 地面には壊れたベッドの木片が散乱していた。牢屋の中で彼が暴れていると、ジャントゥーユは再び我に返って牢屋の中に入って行った。


「ギュータス、紙切れはみつかったのか……?」


ジャントゥーユが不意に尋ねると、ギュータスは荒れた感じの口調で一言言い返した。


「ああん? 紙だと……? うるせぇ、こっちはさっきから必死で探してるのに呑気なことを俺に聞いてくるんじゃねぇ! だったらテメェが紙をさっさと探せ! 退け、交代だ!」


 怒りを露にするとズカズカと牢屋の外に出た。ジャントゥーユは黙って牢屋の出入口から退くと何も言わずに、直ぐに牢屋の中に入って行った。ギュータスは牢屋の外から話しかけた。


「ボサッとしてねーで早く探せよな、次はお前が探す番だ!」


 彼がそう言って急かすとジャントゥーユは牢屋の中で無言で佇んでいた。牢屋の中は滅茶苦茶に荒れていて物が所々に散乱していた。ギュータスは彼に向かって小バカにした感じで話した。


「この俺でさえ探すのに手こずってるのに、お前ごときが簡単に見つけれるかよ! 第一、本当に紙切れがあるのかさえ嘘くせえ話だぜ!」


 ギュータスはそう言って舌打ちしたのだった。そんな彼とは真逆にジャントゥーユは牢屋の中を冷静に見渡した。そして、自分の腰にぶら下げている絹の袋を開くとそこからチーズの欠片を取り出して、もう片方の手でジャントゥーユは指先を使って口笛を吹いた。するとその音にどっからともなく、ガサガサと2匹のネズミが現れた――。

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