第3話 冒険者
「あぁ……ふぅ……気持ちいいなぁ。風呂が久しぶり過ぎて本当に身に染みるようだよ」
カグヤが戻ってきたあと僕はすぐに部屋を出た。
流石に平静が保てなくなりそうで。薄着一枚しか着ていないため見てはいけない風景がそこにはあった。
普段は平坦に近い輝夜のお山が高くなっていた。やはり普段は潰していたようだ。それだけならまだしも薄っすらと紅葉した頂上が見えてしまっていたのだ。
必死に頭の中であれは幼い頃一緒に風呂に入った母上のカラダ! と自分に言い聞かせたが誤魔化しは効かなかった。まったく体は正直なものだ。
深呼吸で体を整え、心を無の境地に至らせ風呂に入れる状態になった。前屈みになったままじゃ流石にね……。
空気を察したのか僕の肩にいたはずのニアが姿を消していたのがなんとも言えない気分に……。
ともかく、湯船に入る前に体を洗うと黒い泡や水が流れて相当な汚さを自覚した。
そりゃあずっと入ってなかったし屋敷出るときは濡れた布で軽く体を拭いただけだった。
野宿中は川で軽く流しただけだったからそりゃあ汚いだろう。よくこの一年間重病にならなかったものだ。考えてみると側にいた輝夜にはだいぶ臭ったのではなかろうか。悪いことしてしまったな。
偶然にも他に人がいなかった為、この宿の共用の温泉に気持ち良く入っていられるが他の人が入ってくる前に風呂場を出なくてはならない。流石にこの焼け爛れている顔を見たら他の人は気分が悪くなるだろう。
そう考えていると脱衣所の戸が開く音が聞こえてきてしまう。
しまった、誰か入ってきてしまった。仮面は外だしどうしよう。手元には手拭いが一つだけ……どうしよう、くそっ、こうするしかないか。
「いやー、風呂だ風呂だ!今日も依頼達成出来たし風呂入って酒を浴びるかぁ!ふーんふーん」
一人か……。大声あげて鼻唄歌いながら入ってきたな。あれは……獣人か?
頭から犬のような耳と尻から尻尾が生えている。間違いなく獣人だ。依頼云々言っているところを見ると冒険者ってところか……っと、湯船に入ってきたな。彼とは逆方向を向いていよう。
「……おい」
「……」
「おい」
「……」
「おいって呼んでだよ! テメーだよテメー! 手拭いで顔を覆っている奴! 怪し過ぎんだよ。賞金首バウンティか、あぁ?」
絡まれた。いきなり絡まれた。確かに怪しいかもしれないが仮面よりはマシじゃないのか……オマケに濡れた手拭いが凄く息苦しいというのに。
「僕は怪しい者でもお尋ね者でもない。ただ顔を見せたくないだけだ」
「あぁ?どう見ても怪しいだろ!ツラ見せろ!」
確かに怪しいよね……。
獣人は気分を損ねたのか、無理矢理俺が顔に巻いていた手拭いを剥ぎ取ってしまった。顔に広がる火傷の痕を見て彼の顔色が変わる。
「……すまねぇ、そんな傷痕誰にも見られたくねぇだろう。本当にすまねぇ」
「いや、いい。確かに怪しいだろうし他人が見て気持ち良いもんじゃないのはわかっている」
素直に謝れはしたがこちらからしたらたまったもんじゃない。ただトラブルは起こしたく無いし穏便に済ませておこう。こんな形なりだし関わりになる人は少ない方がいい。
「しかしその火傷の痕は魔法だな……手で掴まれてそのまま直接焼かれた。そしてロクな治療もされてない、わざとと傷痕を残されたな。ひでぇ奴もいるもんだ」
一目見て原因が分かるとは凄い洞察力だ。
よく見ると彼は身体中あちこちに傷がある。恐らく戦いでついた傷であろうがその量から経験の多さが垣間見える。
「よくわかりましたね?」
「まぁな。色々と見てきているからな。似たような手口を見たことがある……どれもこれも反吐が出そうな件だったがな」
「……見たところあなたは冒険者でしょうか?」
「御名答。色々あって今は冒険者だ。そうだ、お前さん名前は?」
「ルインです」
「俺はジールだ。この先の街を拠点に冒険者をやっている。明日戻るところだが何かあったら俺を頼ってくれ。さっきの詫びだ」
「いや、気にしてな……」
「いーや納得がいかねぇ!」
ジールは意外にも義理堅い性格のようだ。おまけに結構頑固そうだ。なら無下にすると面倒そうだ。ならば……。
「それならこの先の街まで一緒に連れて行ってもらえませんか?僕達もそこが通過点なんです」
「そんなことなら全然構わねぇよ。僕達って言ったが何人パーティなんだ?」
「二人です。一人旅だったけど旅路の途中で目的地が一緒ってことで意気投合したといいますか」
「ふーん。俺も二人なんだよ。まぁ俺の場合コレだけどな」
そう言ってジールさんは握った拳の小指を上げる。恋人がパーティメンバーなのだろうか?
「とりあえず明日の朝な?のぼせそうだから俺はもう風呂上がるわ。じゃーな」
「あ……わかりました。あし…」
言い切る前にさっさと出て行ってしまった。明日の集合場所や時間どうするんだろ。
仕方ない、明日の朝起きたらジールさんの部屋を店員さんに聞いてみよう。そして僕もそろそろお風呂を出るか。風呂上がりに仮面は避けたいが部屋までは我慢だ。
部屋に戻るとカグヤは既に寝てしまっていた。
よっぽど疲れていたのだろう……が、少し乱れた寝姿はどうにかならないものだろうか。
健康的な足やシャツからはみ出した肩を直視するのはマズイ。とりあえず僕も早く寝ることにしよう。しかしお互い端っこで寝るってことだったのにど真ん中で寝やがって……。
仕方なく僕はベッドのものすごく端に寄って寝ることにした。久々のベッドを満足に堪能したかったな……。
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