第2話 宿
「はぁぁぁあああ!」
目の前に迫る猪の魔物•ワイルドボアをカグヤは一太刀で切り裂いた。
僕と輝夜のお互いの目的、西国ディニアへ向かう為、早朝に出発して二時間ほど歩いたところでワイルドボアと遭遇した。
大人の人間程の大きさである為に突進されると危険ではあるが僕とカグヤは難なく避け、カグヤは手持ちの刀を一閃するとワイルドボアは力無く倒れた。
「ふぅ、やっとお肉にありつけましたね!」
彼女は目を輝かせて明るい声でそう言った。
朝から腹の虫を鳴らしていたし相当腹が減っていたのだろう。
「じゃあお昼にするか。カグヤって解体できる?」
「お任せあれ!」
おっにくー、おっにくー、と鼻歌を唄いながら手を血塗れにし解体するカグヤは若干というか相当に怪しい狂い人に見える。
人のことを言えた立場ではないが……とりあえず解体している間に僕は山菜でも採ってこよう。
材料も集まったところで調理開始だ。調味料や調理器具を用意しておいてくれたのは正直助かる。ありがとうシープ。
魔物の肉は美味な物が多いのだが元が魔物の為に敬遠する人も多い。
母に戦場や旅の中で栄養は取れる時に取れと言われていたし、訓練の中で料理も覚えた。それが功を奏したのか料理が半分趣味みたいなものになった。
公爵家の長男なのに作法よりサバイバル術を覚えたのは皮肉という他無いか。
さてワイルドボアを塩水で洗いよく血抜きをして肉を薄切りにし沸騰したお湯に入れる。灰汁が出てくるのでどんどん取り除く。面倒だがこれをやるのとやらないのでは仕上がりが全く違うのだ。灰汁が出なくなったら山菜を入れ、仕上げに東方由来の味噌を入れる。ことこと煮込んで……よし、完成だ。
「よし、ワイルドボア鍋が出来たぞ」
「わーい牡丹鍋ですねぇ。美味しそうです」
「牡丹鍋?」
「ええ、故郷では猪の鍋を牡丹鍋っていうんです。でも由来は知りません」
ドヤ顔で薄い胸を張っているが全く凄くないぞ。
「とにかくだ、暖かいうちに食べよう」
「はーい、頂きます。もぐもぐ……美味しい!美味しいです!何でこんなに美味しいの!?私が作ると凄く獣臭いのに……」
「ちゃんと下ごしらえしてる?」
「私は狩り立てをバーって切ってドーンって煮てがぶっ、てするだけです」
間違いない、輝夜は確実にポンコツだ。
魔物の肉はどういう訳か元々の癖や匂いが少ない為に調理をする分には楽だったりする。
なので下ごしらえも簡単なはずなのだが……。
「輝夜が調理したのは普通の猪なのか?」
「いえ、魔物でしたよ?」
「やっぱりポンコツか……手間暇かければ料理は美味しくなるんだよ?」
「うー……これから善処します」
「故郷に居た時は料理しなかったの?」
「ええ、皆がやってくれました」
カグヤはもしかするとどこか良いところのお嬢様だったのかもしれないな。
「ルインは料理がお上手ですね。男の人なのに驚きです」
「母に教わったんだ。料理も剣術も」
「羨ましいです。母は私が赤子の時に他界していますので。父親には幼い頃から剣技や狩りばっかり教わったのでそれ以外はからっきしで」
意外なところで共通点があった。だが僕の方が家事が出来そうなことは否めない。
「そうか……。父親とは仲良さそうで羨ましいよ」
「だいぶスパルタですけどね。でも武者修行の旅はものすごく反対されました」
「そりゃあ大切な一人娘だもの、手離したくないんだろ。僕からしたら凄く羨ましい……」
自然と目を伏せてしまったせいだろうか、彼女はそれ以上何も言ってこなかった。
「あー、ごめん気にしないで」
「いえ……あぁ、冷めちゃいますから早く食べちゃいましょう」
少々気まずい雰囲気になってしまったが食事を終えて満足そうな様子だったので大丈夫だろう。
食事休みを取って再び歩き出す。ニアの力で魔物を避けつつなるべく安全な道を通ったので危機もなく山を抜けることが出来た。
「あ、街が見えてきましたね」
「そうだな。やっと野宿とおさらばできそうだ」
前方に見えるのは小さな農村だった。小麦畑と野菜畑が街の大半を占めていてあちこちで農作業をしている。落ち着いた雰囲気もありのんびりと暮らすには良さそうな街だ。街道添いにあるため宿もちゃんとある。
記憶が確かならここはもう国境沿いで、辺境伯領のはずだ。念のため街の人に聞いたところ合っていたので安心した。この先の街が国境手前らしい。
買い物ついでに軽く周囲を探ってみたが追手の気配はないので体力を回復させる為にも今日はここに泊まることにした。
「すいません、二部屋お願いしたいのですが」
「申し訳ございません、本日もう一部屋しか空いておりません。二人部屋ですがいかがでしょうか?」
「是非それで!!」
「カグヤ!?」
「あの〜恥ずかしいことに路銀が少ないもので……出来れば節約したくて……はははは……割勘でお願いします」
「僕は男なんだけどなぁ……仕方ない、この部屋でお願いします」
流石に男女で一部屋は避けたかったが仕方がない。僕だって久しぶりのベッドを堪能させてもらいたいのだ。牢の中は何もなく冷たい石の上でずっと寝ていたからたまには普通の寝床を味わいたい。
しかし……部屋に入って絶望した。
ベッドが一つしかない。
正確には大きなサイズのベッドが一つ。恋人や夫婦であれば一緒に寝るのは問題ないだろう。だけどカグヤと僕は恋人でも何でもないし、むしろ出会ったばかり、尚且つ目的地が同じで行きずりの旅をしているようなものだ。店員め、勘違いしたな。
「……カグヤ、僕は床で寝るから君はベッドで寝るんだよ」
「いやいやいや、そんなことできませんよ! 私が床で寝ますから。」
「冗談言うな。女性にそんなことさせられるわけ無いじゃないか」
「それなら一緒に寝ましょう! それなら問題無しです!」
「問題大アリだ! 輝夜の貞操観念はどうなっている! 」
それから三十分ぐらい話し合った結果、ベッドの端と端に陣取って寝ようという結論になった。
僕としては納得がいかないが、カグヤ曰く「一人だけ不公平です! 」ってことをずっと言っていて僕が折れた形だ。
それから宿で軽く食事をしたあと、風呂場があるのを聞いてカグヤは風呂に行った。
「普通の部屋に普通のベッド、普通の食事に普通の会話。普通って素晴らしいよな」
ついつい独り言が出てしまったがベッドの上で大の字になれることの気持ちよさにぼやいてしまった。そのまま横になってウトウトしてると突如ドアが開かれた。
「はぁー、いいお湯でした。ルインも入ってきたらどうですか?」
部屋に入ってきたのは薄着一枚のカグヤだった。濡れた黒髪からはいまだに湯気が立っておりとても艶っぽい。成人したとはいえ女性経験の無い僕にとってはこの部屋にいることはキツイ。しかも……下着着けてない。
「あの……カグヤさん?」
「さん付けするのダメですよー?どうしたんですか?」
「あのさぁ、僕一応男だよ?警戒心とかないの?」
「んー、は紳士そうだし大丈夫かなと。それに奥手に見えます」
カグヤはイタズラっ子のような笑みを浮かべた。ポンコツな癖に小悪魔なのかもしれない。ていうかそんなこと言われると傷つくんだが。
「……とりあえず俺も風呂入ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
こいつ会ったときはもっとこう凛としてたような……取り敢えず俺も風呂に入るとするか。
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