最悪で災厄の加護職(ジョブ)召喚士〜虐げられた少年は世界を救う〜

咲華

第1話 加護職

「ノアル閣下……大変お伝えづらいのですが……御子息の加護職は召喚士です」

「な…なんだと……召喚士だと!?」



 公爵家当主である父は僕が授かった加護職を知りショックを受けていた。

 何故なら僕が授かったのはこの国で最も忌み嫌われる加護職である『召喚士』だったからだ。



 百年に一度だけ授かる者が現れると言われる、側から見れば希少な加護職である『召喚士』は文献によると精霊や幻想の獣を呼び出して戦う職業だったらしい。しかし約九百年前、一人の召喚士が召喚してしまった『魔王』と呼ばれる存在はこの国を破壊し混沌に陥れてしまったのだ。

 その時から国を破滅の危機に晒した召喚士という加護職は最悪で災厄の称号となった。



 そんな不名誉な職業を授かってしまった僕、ルイン=ノアルの地獄はしていった。




 僕は加護職を授かる前から幸せという言葉とは縁が無い生活をしていた。

 この世界の中央に位置するヴィスタージュ王国は世界でも有数の強国であり、その国の貴族の最高位、公爵家の長男として僕は生を受けた。



 あくまでの長男として。




 僕の母は西国の貴族だったらしいが公爵の父とは政略結婚の為に此方に来たと聞いている。

 その当時、僕が生まれるもっと前から西国とは戦争状態であった。しかしお互いが疲弊していたのもあり最終的には和平調停が結ばれた。

 その和平の象徴として選ばれたのは父と母であり、二人は婚姻を結んだ……いや、正確には国に強制的に結ばれさせられたといった方が良いのだろう。


 そんな結婚である為に父と母は仲が悪かったのだろう。というよりは父が一方的に母を嫌っていたのだ。

 母は子供の僕から見ても美しく聡明で誰からも慕われていたというのに。

 元敵対国の者という立場の為、嫌う人も多かったが僕の記憶の中で母に関わる人は皆母を慕っていたと思う。

 母は精神的にも肉体的にも強い人であり、貴族としての立ち振る舞いや剣術など僕は全てを母に教わった。



 だがそんな母にコンプレックスを抱き、かつ政略結婚という国の生贄にされたと思い込んだプライドの高い父が母を愛することは無かった。

 しかし、他人や王家の目もあり、こうして僕が生まれた訳だが、当然父は僕を愛することも無かった。

 父の僕が物心つく前からの口癖はいつもこうだ。



「お前には何も渡さない。地位も金も何もかもだ」


 だけど父に愛されなくとも母に愛されるだけで僕には充分だった。

 しかし僕が八歳の頃に母は亡くなった。

 ある時期から身体が弱っていき寝たきりになり……その生涯を終えた。

 ただ、今でも僕は疑っている事がある。



 母は殺されたのではないかと。



 徐々に徐々に弱っていくことに誰もが病である事を疑わなかったが、母が亡くなったあの日……僕は父の下卑た笑顔を見てしまった。



 しかし証拠は一切残っていない。調べようにも僕にそんな力は無かった。



 そんな母の死に打ちひしがられた僕はこの日から辛い日々を送る事になる。



 葬儀もまだ終わないにも関わらず、父は継母と一つ下の腹違いの次男と双子の弟妹を連れてきた。父は愛人を作っていた。それもずっと前から。



 次男は継母の息子、双子の弟妹はさらに別の愛人の子らしいが、母親が死んだらしく仕方なく引き取ってきたそうだ。



 新たな家族である筈の継母は僕を決してという視界に入れなかった。彼女は自分の家族父と次男にしか興味がなかったからだ。

 贅を尽くし、使用人達も奴隷のように扱うような僕の実母とは正反対な最悪なひとであった。

 当時の使用人が殆ど辞めたのは言うまでもない。


 そして最悪なのは一人だけではなかった。

 半分とはいえ血が繋がっている弟とは仲良くなれるように近づいてみたのだが彼は僕のことは兄とは認めず常に悪態をつき、跡継ぎは自分だと頻りに言ってきた。


 彼が悪い事をして僕が諌めようとすれば父と継母は常に弟の味方をし、何を言っても無駄であった。

 父も弟を跡継ぎにすることを堂々と宣言し始めたが、父の中では弟が生まれた瞬間にそう決めていたのだろう。

 もとより僕という選択肢は無かったのだろうけど。


 でも三男と長女である双子の弟妹は僕にはすごく懐いてくれた。実母を亡くした同士でもあり、一人だった僕には心温まる出会いだった。



 そして僕の15歳の誕生日がやってきて……この日が僕の人生を変える決定的な日となってしまった。

 母が亡くなって以来、奈落への崖っぷちにいた僕が奈落の底へと落ちる日になった。



 この国では15歳になると成人の儀が行われ、教会にて加護職を授かるのである。


 加護職とは生まれた時からもので潜在能力のようなものであり、15歳を迎えると判明するというである。

 この国ではこの加護職を元に将来を決めることが多く、『剣士』であれば騎士団、『商人』であればその名の通り商売をする等。

 ただしあくまで一例であり、さらに貴族でない者は加護職とは関係ない職に就くことも珍しくはない。



 父は国でも有数の加護職『魔導士』であり、元々の出自と生まれ持った魔法の才能で今の地位まで成り上がったのだ。

 そんな自分自身に絶対的な自信があったのだろう、他人を見下しプライドが高くて……僕が嫌いな種類の人間だった。


 僕の加護が召喚士だということが判明した日、父は大変怒り狂った。公爵家から恥が出た、忌むべき者が出てしまったと。

 昔からの慣習なのか貴族は成人の際にお披露目の会のようなものがあり、そこで加護職を公表し、自分の顔を売るのだ。

 当たりの加護職であれば将来が約束されることもあり、将来的なこともありその場で婚約する者もいるのだとか。



 例えハズレとされる加護職を授かってしまったとしてもどうとでもなるかもしれないが、僕が授かってしまった召喚士ではどうにもならないだろう。世界を滅ぼすことが出来ます、と言って誰が喜ぶというのであろうか。国に知られれば公爵家の名を貶めることにもなるはずだ。



「貴様は私の顔に泥を塗りおって!」



 家に帰ったあと何度殴られたかわからない。それも実の父にだ。そして義母と弟もその時をきっかけに僕を暴力で虐げ始めたのだった。


「このゴミめ! あのゴミ女の産んだ子はやはりゴミだな。しかし貴様を殺すわけにはいかん。ならばゴミは焼いてしまうのが良いか」



 父は僕の顔面の肉が抉れるぐらいに強く握り、その手の熱量を上げていった。



「や、やめてよ父上!なにを……っ!」

「ゴミは燃えてしまえぇぇ!!」

「あぁぁぁぁああぁぁああああ!? 」



 この日を境目に僕の存在は抹消された。

 父の魔法で顔を焼かれた。痛いなんてものじゃない。楽にしてほしいと叫びたかった。

 そして痛みに苦しんだあとに焼け爛れた僕の顔を父は治療魔法で治した……火傷の痕を残したままで。

 僕の顔はもう以前の僕のものでなくなり、声も声帯を一度焼かれた事により変わってしまった。

 そしてせめてもの情けなのかわからないが傷を隠すようにと仮面を渡された。



 その後、父は僕を『剣士を目指していたのに商人の加護職ということにショックを受け地下室にずっと篭っている』ということにしたらしい。

 それにしても何故父は何故僕を殺さなかったのだろうか?



 ただ……死んだ方がまだマシだったのかもしれない

 実の親には無下にされ、弟のサンドバッグにされ、屋敷の地下にある牢に入れられ今日からここが僕の部屋だということが告げられた。

 光も入らない暗いだけの部屋でこれからはずっとここで生きていくことになる。

 朝夕の食事、硬いパンと残飯の様なスープが部屋の隙間から入れられる。それだけが文字通り生きていく為の糧となっていた。



 三日は過ぎただろうか。

 何も無い暗闇に気が狂いそうだった。



 真っ暗な部屋でずっと一人でいることに耐えきれなくなり扉を、壁を、何度も叩いた。でも誰もこない……どれだけ叫んでも誰にも届かない。

 何日も何日もそんな日々が続き精神こころが壊れれてしまう、そう思ったある日突然目の前の扉が開かれ、光がほんの少しだけ入ってくる。



 しかしそれは希望の光などではなかった。



「御機嫌ようゴミ虫。ゴミ虫はきちんと掃除して退治しないとね」



 やってきたのは次男である弟だった。暗闇でよく見えなかったが、木の棒の様な物を手にしており、彼は僕をとことん痛めつけてきた。

 ある程度僕を叩き終わると満足したのか笑いながら扉を閉めて立ち去っていった。



「どうして……どうして僕だけがこんな目に合わなきゃならないんだ。欲しくもない穢れた職業を授かってしまっただけで……」



 悲しみと苦しさが狂気に変わりそうで。



「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」



 泣いて泣いて泣き喚いた。このどうしようもない現実には抗えない。

 辛い。寂しい。もう一人は嫌だ。



「誰も僕の味方はいないのか……?」



 弱々しく呟いたその瞬間だった。

 僕の右手の甲が光輝くとどこからかか細い声が聞こえてくる。



『サミシイナラヨンデ……』



 空耳なのか?誰の声なんだ?わからない。



『ワタシハソバニイルヨ』



 確かに聞こえる謎の声。小さな女の子を思わせる声が耳に響く。



『サア、ヨンデ』



 体が答える様に動いた。

 それは無意識のか、右手と口が勝手に動いた。



「しょう……かん」



 右手は更に輝きを増していく。

 輝く光の渦は目の前に白と黒が混じるように、混沌と静寂が入り混じるように蠢いていく。


 そしてそこから顕現してきたのは、手のひらサイズの小さく可憐な、透けた蝶に似た羽を持つ、まるで絵本の中に出てくる様な金の髪色の妖精が現れたのだった。



「君は……?」

「ワタシハ……ワカラナイ?」

「え?」

「アナタガヨンダ。ワタシソバニイル」

「そうか……僕はルイン。君は?」

「ナマエワカラナイ……ナニモワカラナイ」

「いきなり現れて何もわからないって……ふふっ、君は何者なんだろうね」

「プゥ……ネェナマエツケテ?」

「名前?うーん、何がいいかな。あっ、……ニアはどうかな?」

「ウン! ニア! イイナマエ! 」


 ふと頭の中に浮かんできた名前はニアだった。理由なんてわからない。妖精が見えているなんてこの苦痛だらけの状態で僕は頭がおかしくなったのかもしれない。でもそれでも良いって思ってしまっている。幻覚でもいい、独り闇の中に居るよりはマシなんだ。


 ニアは簡単な話相手になってくれた。最初の頃は僕の前に現れてくれるのは短時間だった。でも現れる度に存在していられる時間が長くなっているのだと思っているのだが……太陽も時計もない状態では正直分からないところだ。


 そして僕以外には見えないのかも知れない。というのも定期的に僕を虐げに来た弟には見えていないようだからだ。

 やはり僕の妄想が生み出した幻覚なのだろうか。でも僕が殴られるのを見てニアはとても悲しそうな顔をしていた。とても幻覚とは思えない様な悲しい……悲しい表情かおだった。

 そして弟がいなくなるとニアは僕の側に来て慰めてくれる……痛みは取れないけどやはり誰かがいるってのは良いな……辛うじて精神が完全に破綻しないのだから。




 そして月日は流れた。

 現れた弟は嬉しそうに口を開いた。

 今日は次男の社交界お披露目の日らしい。つまりあの日から大体一年が過ぎたということか。

 彼はは王都に行く前に地下の牢の僕のところへわざわざやって来た。



「やぁ、ゴミ虫。僕は今から王都へ行ってくるよ。華々しいデビューを飾るんだ。羨ましいかい?でもお前には一生無理だろうねハハハハハ!」


「……」


「そうそう、僕は聖騎士の加護を受けたよ! お前がなりたかったんじゃないかい?いやぁ、譲ってあげたかったなぁ、兄・さ・ん・」


 初めて次男に『兄さん』と呼ばれ……そして僕は更に憎しみが増した……弟に……そして世界に。


 なんでこんな奴に『聖騎士パラディン』なんて加護を与えたんだ……神様……僕は……何故僕には……。



「そうだそうだ、伝えなきゃならないことがあったんだ。とうとうお前もここから出られるらしいよ。あの加虐趣味サディストで人体実験が大好きな魔女が引き取ってくれるって父上が喜んで仰っていたよ?まぁ五体満足でいられるといいねぇ|?いやぁ。めでたいめでたい!ヒャハハハハ!」



 魔女……ヴィスタージュ王国の西側に住む辺境伯の異名を聞いたことがある。この国一番の魔道士で魔法の研究の為なら手段を選ばない残虐非道という噂を聞いたことがある。そこに出向させるということはもう生かすこともないのだろう。



「サンドバッグが無くなるのは残念だけどお前はそれ以外必要とされないんだから仕方ないよね。じゃあね」



 扉は無慈悲な音を立てて閉まり暗闇になった。


 何故こんな扱いを家族にされるのだろうか。

 何故こんな奴が家族なのだろうか。

 何故こんな加護を受けてしまったのだろうか。

 何故こんな辛く苦しい思いをしなければならないのか。



 何故、何故、何故何故何故何故何故……。




 ぱきん



 耐えてきた精神こころがへし折られるとはこういうことなのだろうか。もう死にたい……辛い世界から逃れたい。



「ニア……僕はもう楽になりたい」

「ラクニナリタイ?タノシイコト?」

「そうだね……今の僕には楽しいことかもしれない」

「ドウスルノ?ドウスルノ?」



 笑顔で僕を見ないでくれ。何も分からないからって笑わないでくれ。



「死ぬんだよ。死ねば楽になれる」


「シヌノハダメ。シンデモラクニナレナイ」



 悲痛な表情でニアは僕に訴える。死んでも楽になれないとはどういうことなんだろうか?

 それよりも今まで決して笑顔を絶やすことのなかったニアの顔を見ることで僕は少し冷静になれた。



「わかったよ……でもこの先連れて行かれる所はとても怖い所みたいなんだ」

「ダイジョウブダヨ。ワタシガイル」

「そっか……ありがとう」



 僕はそこで意識が途切れた。何故かとても安心したんだ。少しだけ……優しい気持ちに包まれた気がしたから。




「様……様、起きてください。私です、シープです」



 ほんの少しの光が差したことで目を覚ますと、目の前には僕と亡き母の専属執事だったシープと腹違いの双子の弟妹ソウキとシュカがいた。



「こんな……兄様が……ひどい」

「こんなにやせ細ってしかも火傷の跡が……よくも……兄上を!! 」



 二人とも僕を見て震えていた。火傷の跡は顔全体から首元にかけて広がっている。見れば気分は悪くなるだろうし身内にやられたものだと知っているなら余計だろう。



 双子の弟妹達、僕のことを一番面倒見ていてくれた執事のシープの目的は僕を逃すことだった。僕の部屋……もとい牢に来て解放しにきてくれた。



「兄様……早く逃げて」

「兄上、早くせねば。今宵は奴らは王都へ行っている。今が好機です」



 蒼い髪のソウキと紅い髪のシュカはもう一人の妾の子で僕の異母弟妹だ。双子の弟妹は既に母親を亡くしていて、祖先が東方の大陸出身らしくソウキとシュカの名前は東方由来ということは聞いた。



 二人はこの屋敷に来た時は二人で常に怯えているかのようだったが僕と遊んだりしているうちにとても懐いてくれた。

 奴と違って僕にとって大切な弟妹だ。



「さぁ私達について来てください。準備はできております」



 シープは僕が幼い頃から僕の面倒を見てくれた老執事だ。母が存命の時には母と一緒に色々教えて貰ったし、遊び相手にもなってくれた。ある意味本当の父以上に父らしい人だ。



「ありがとう……だけど僕が逃げ出したのがわかったら皆に迷惑をかけてしまうよ。気持ちは嬉しいが放っておいてくれ」



 そう、僕が逃げ出したのがわかればこの屋敷に今いる者が罰せられる可能性があるからだ。


「いえ、これはこの家の使用人一同の総意なのです。貴方を救いたい、その為に私はここに来たのです」



 微笑みながらそうシープは言った。


 その言葉を聞いて僕の目からは涙が流れ頬を伝っていた。僕は孤独ではなかった……心配されていた……それがとても嬉しかった。



「でも……」

「でもじゃないです兄様」

「兄上はあんな奴らの奴隷ではない。さぁこの手を取ってください! 」



 ソウキは手を差し伸べる。僕は震えながら……迷いながらもその手を取った。そして久しぶりにこの牢獄の外に出れたのだ。



「……久しぶりに外の空気を吸ったな」



 すでに夜も遅く月明かりがほんのりと辺りを照らす……当たり前の風景を僕は一年ぶりに見たのだ。当たり前がどれだけ素晴らしいことか、光閉ざされた場所がどれだけ辛かったことか。カビ臭くない空気が僕が生きた人間だということを教えてくれた。



 それから久しぶりに少量だがまともな食事をしてまた泣いてしまった。普通のパンってこんな美味しいんだな……久しぶりに普通の食事をしたから胃が少し痛むけどこれ以上の贅沢は無い。そして身支度を整えた。焼け爛れた顔が目立つ為、父から与えられた仮面を仕方なくも付けた。



「ありがとうみんな。生きていて良かった」


「ルイン様、これを」


 シープは僕に紫の結晶が付いた首飾りを僕に付けてくれた。どことなくぼんやり輝いているかのように見える。


「これは?」

「貴方の母上様からの預かり物です。もしも貴方の身に何かあった時にこれを渡せと」

「母が……」

「あの方は憂いていました。旦那様から貴方に愛情が一切注がれていないことを。そして憎んでいることを……己の不甲斐なさをいつも嘆いていました」



 必要最低限の事しか父とは話したことがなかったし、それは誰が見ても異常なことだと思う。とても親が子を見る目線じゃなかったから。


「そして理由は告げませんでしたがこれを持って西に向かえ、そして西国ディニアの権力者にこれを見せろと」


 西国ディニア……母の故郷でかつてヴィスタージュが敵対していたが、父と母が結婚したことで和平が結ばれた国だ。

 今更行って何があると言うのだろうか?


 しかも権力者とは一体?母上は元々貴族と聞いたことがある。しかしそれ以外母の過去は一切の情報がない。母はそれについては何故か教えてくれなかったからだ。



「わかったよシープ。そして今まで僕に仕えてくれてありがとう。そしてソウキにシュカ、君達と兄弟で良かった……もう会えるかわからないけど僕は生き延びてみせる」

「わたくしもできることなら兄様と一緒にここを抜け出しとうございました。お元気で……」

「兄上……ご武運を……」



 シュカは涙をぼろぼろと流してソウキは歯をくいしばるように僕の出立を見届けてくれた


「お気をつけて。私はいつまでも貴方様の味方ですよ」


「ソウキ……シュカ……シープ……行ってきます。そしてさようなら」



 目は涙で一杯だった。だがここは仮面越しでも涙を流す訳にはいかなかった。これ以上心配をかけたくないんだ。

 僕が見えなくなるまで三人はずっとずっと手を振っていてくれていた。





 西国ディニアに行くにはまず森を超えなければならない。ここを越えれば公爵領を抜けられる。朝日が登る頃僕は森に入った。父達が帰って来たら脱走した僕の捜索が始まるかもしれない。だからなるべく普通の道は避けてこの様な森を通らなければいけなかった。



 基本的に森の中には動物、そして魔物がいる……とはいえここら辺に現れるのは最低ランクの魔物だ。出立の際にシープに剣を貰ったのでここら辺では何とかなるだろう。

 だけど体力にも限界がある。ずっと牢屋に閉じ込められていたので相当体が弱っているのは間違いない。

 早く進まなければならないのは頭ではわかっているのだが、身体が思うように動いてくれないので仕方なくゆっくり進んでいる。


「ふー、暑いなぁ。足も痛くなってきた」



 さずがに歩きっぱなしで疲れてきたので仮面を外して僕は大きな木の下で座っていた。水筒を飲み、汗を拭いながらたまに吹く涼しい風にあたっていると心地良い。久しぶりの自然というものは良いものだ。

 考えが少し爺臭いかな?だが一年間の地獄を考えると今は天国だ。しかしこのままだと日が暮れてしまうし追っ手が来るかもしれない。なるべく森の中での野宿は避けたい。先に進むとしよう。



 ……キン……ガン……



 ん?何か音が聞こえてくる。誰かいるのか?

 だがこの音は戦っている音ではないだろうか?

 どうしよう無視するべきか?もしかした追っ手の可能性もある。だが誰かが襲われているのかもしれない。なるべくトラブルは避けたい所だが……。



「ニア、この先を見てきてもらってもいいかい?」

「マカセテ!」



 ニアは蝶の様な羽根を広げて音のする方向へ向かっていった。

 ニアは他の者には姿が見えない。牢から出た時僕の肩にずっといたのだが誰一人として気づかなかった。姿が見えないなら偵察に使えないかと思い、先を見てもらっている。結果的には非常に使えるということだった。

 魔物との戦闘も避けやすくなるために大変助かった。


 しかしこれで僕の幻覚ではないことは確実になった。ならばニアは何者なのか?もしかすると……僕の『召喚士』の能力の一つなのだろうか?



「マモノトニンゲンタタカッテイル。マモノイッパイ。ニンゲンオンナヒトリ」


「一人ということは追っ手では無いのか?しかし状況は良くなさそうだな」



 再び仮面を付けて音のする方に進んでいくと一人の少女が魔物の群れと戦っていた。あれはゴブリンだ。彼女は変わった形状の剣を使いゴブリンを一刀両断している。


 あの武器は刀だろうか?この国では見ることが難しいと言われる武器であり、一般的な剣に比べると鋭さが段違いだ。


本で見たことのある、東方の着物に長く伸びた漆黒の長い髪をなびかせ彼女は一人で魔物を倒している。

だが多勢に無勢、囲まれて背中を狙われている。ゴブリンは一匹だけなら大したないが群れると厄介な魔物だ。知能がそこそこあり、武器まで使う。石や棍棒、果ては弓矢まで使うのだ。今回はアーチャーは居ないようだがあの量は一人では骨が折れる。追手ではなさそうだし助けにいこう。



 剣を構えて彼女の後方にいるゴブリンに猛ダッシュで攻撃を仕掛け喉を一突きにし、剣を抜いた勢いで隣にいたゴブリンの首を刎ねた。そして少女と背中合わせになる様な位置を取った。



「大丈夫?多勢に無勢、助太刀するよ!……こんな見た目だが怪しい者ではない……よ?」


「い、いやどう見ても怪しいですよ!?……ですが助けて頂いたのも事実……むー、有難うございます。恐れながら此奴らを殲滅するまでもう少し手助けしていただいてもよろしいですか?」


「任せてくれ」



 適切なツッコミは無視して今は迎撃だ。

 多対一なら苦戦するかもだが二人なら問題無い量だ。背中を合わせ次々襲いかかってくるゴブリン達を二人で倒していった。




「よし、終わったな」

「助かりました。本当にありがとうございます」

「いや、礼には及ばないよ。それに殆ど君が倒した訳だしね」



 そう、殆どのゴブリンは彼女が斬り殺したのだ。彼女の制空権に入るやいなやバサバサとゴブリンの死体が積み上がっていった。僕の方にいたのゴブリンもなんやかんや斬っていき九割方彼女の功績だ。




「いえいえ、助けが無ければ傷を負っていたでしょう。ゴブリンの武器だとかすり傷でも破傷風になったかもしれません。無傷で済んだのはあなたのおかげです」


「本当に気にしなくていいよ。たまたま近くにいただけだし」


「いや、いつかこの御恩はお返しします。失礼ですがあなたは何者でしょうか?」

「僕はルイン=ノ……いやただのルインだ。今西国ディニアに向かって旅しているところだ」

「左様ですか。私は輝夜カグヤと申します。東の国から武者修行に出ている最中です」



 やはり見た目通り東方の人だった。まだ幼さの残る顔をしているが見目麗しい……僕より少し下ぐらいの歳だろうか?



「武者修行って……女の子一人で旅してるのかい?」

「女の子って……これでも私は16才ですよ?立派な成人です」

「僕と同い年か。済まない、年下かと思ってしまった」



 彼女は平均よりも背が低く爛々とした目をしておりてっきり成人前かと思ってしまった。そして今一瞬頬が膨らんだ様な気がしたが……。


「まぁ細かいことは気にしませんけどね!!」



 嘘だ。さっき絶対気にしてただろ。まぁ根に持たれてるわけじゃないからいいだろう。



「それよりも西に向かっているんですよね?わたしもなんですよ。良かったら途中までご一緒しませんか?」

「はっ?いやいやいや僕達今さっき出会ったばかりだよ?おまけに僕こんな格好だよ?危険だと思わない?」

「やっぱり怪しいって自覚あるじゃないですか」



 そりゃあこんな森の中で仮面に黒装束じゃあどっからどうみても怪しいだろう。ちなみにこの服装を選んだのはシュカだ。着たときにアレだなぁと思ったが「兄様よくお似合いです!」って言われた。仕方ないだろう、可愛い妹が選んでくれたんだから。



「うるさい……一緒に歩いていて何か言われても知らないからな」

「私は気にしませんよ。それにこの国に来て目立つことには慣れてますからね」


 輝夜は薄い胸を張ってドヤ顔で言い放った。いや着物を着る時は胸を潰すと聞くから一概には薄いとは言えない。ってか僕は何考えてんだ。



「なにか変な事考えませんでしたか!?」


「そ、そんなことない」



 ふぅ、心でも読まれたか?しかし確かに考えてみれば東方由来の格好であれば目立つだろう。そんな輝夜と歩いていれば目立つことこの上ないだろうな。

 しかしだいぶ日も暮れてしまった。残念だが今日は野宿になってしまう。


「もう暗くなってきている。今日はここで野宿でも大丈夫かい?」

「はい。野宿には慣れていますので」



 若い子が一人で大丈夫かと気になったがカグヤにもカグヤなりの事情があるのかもしれない。



「もう路銀を使い果たしてしまいましてねぇ……計画性って大切なことだって身に染みてわかりましたよ」



 成る程、使い果たしただけか。



 火を起こし近くに流れていた川にいた魚や木の実を取って今夜の飯を調達する。幼い頃母に訓練としてやらされたことが今生きるとは……母に感謝だ。


「ルイン殿はディニアのどこに向かっておられるのですか?」

「殿なんてつけなくていい。ルインでいいよ。とりあえず中心の方を目指してるよ」

「では私も呼び捨てでいいですよ。ルイン、私はディニアの王都を目指しております。そこで剣聖に会う事がこの旅の最終目標なのです」


 剣聖か……噂を聞いたことがあるな。確か近隣諸国の最強の剣士という噂だ。ディニアとは国同士が仲が良いとは言い難く情報がそれ程入ってくるわけじゃない。



「剣聖に会って稽古でもつけてもらうのか?」


「よくわかりましたね。私の師から剣聖に学べと言われたんです。東方の剣士が西国の剣を学ぶというのも変な話ですが」


「いいや、何ごとも必要なことは学ぶべきだよ」


 僕は力の探求については否定しない。それが誰かを傷つけるものではないのなら。



「そう言われると安心します。故郷から出るときは皆に白い目で見られたもので……あそこは鎖国気味な風潮があるのが嫌なんです」

「まぁ、どこの国にも問題はあるよ」



 それは国だけではない。細かいことを言えば父が支配するこの領地もだ。年々税金が高くなり領民は苦しんでいる。その領主家族が……と言っても父と弟と義母だけだが贅を尽くしている。税金がそんな事に消えていくなんて許し難いことだ。だが僕には何も出来ない。貴族は民があってのもので民を守るべき存在だというのに。そんな貴族も今は少ないということが嘆かわしい。



「さて、そろそろ休もうか」

「どちらが先に見張りをしましょうか?二人でいるなら片方が見張りをした方が良いでしょう」

「いや、これがあるから大丈夫だ」



 僕は鞄から結界石を取り出した。これは簡易的な結界を作り出す魔道具で一人旅には欠かせないアイテムだ。強い魔物には効かないがこの森なら問題ないだろう。



「あ、結界石ですね!便利な物持ってますね。ちなみに私も持っていましたが最近落としちゃいました。てへ」



 舌を出して可愛く言ってはいるが命に関わることなので説教しておこう。というかカグヤは結構なポンコツなのではなかろうか。



「じゃあお休み」

「はい、お休みなさい……あの、その、仮面の下のその痕は……あ、いえ、すいませんちょっと気になってしまって」


 気付いていたか。恐らく戦闘中に仮面が少しズレた時にでも分かったのだろう。


「……顔を顔を焼かれてね」


「……すみません」


「いや、気にしないで。これは僕自身の問題なんだから。さぁもう夜も遅い。早く寝よう」


「そ、そうですね。あの……私は人を見た目で判断しませんからね?」

「その割には怪しいって言ってたけど?」

「ぐっ!?だって仮面だし全身真っ黒だし……」

「あっはっは、まぁその通りだね。じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 輝夜はそのまますぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。会ったばかりの僕を信頼しすぎではなかろうか……人を疑うことも大切なのにな。



 それにしても……久しぶりに笑ったな。

 笑えたんだな……僕は。

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