二
S駅から三時間ほども電車に揺られて、ようやく目的のT駅に到着した。T市は風光明媚な観光地としてその名を知られている。
余はここで、その全ての人々の人生をここに写し取るような無粋な真似は敢えてせぬ。その代わり、人生は別様ではあるけれどもその究極においては多様ではない、と申し上げる。全ての人間がお互いを理解し合えるとは
宿に着くと、早速女将が出迎えてくれた。女将とは言っても、歳は大変に若く見える。恐らく、まだ三十にも満たぬであろう。和式に髪を結っており、当然の如く和服にてその
余の手には大して荷物もなかったが、一応形式的にバッグを預けて部屋へと案内してもらう。部屋に辿り着く間、
「さぞかしお疲れでしたろう」
等と女将が言うので、いや、動くのは電車であって余ではないから何の事はないという主旨の返事をしておいた。女将はオホホと笑い、
「おやまあ、ご冗談の上手い方ですこと」
と言った。
部屋に着いてまず目に飛び込んできたのは、壁に沿ってピタリと設置されたアップライトピアノである。宿には和室のみと聞いていたので、このような西洋の楽器がこの場にあるのを知って余は大変に驚いた。しかも、ボディーはよくある黒や茶系の色ではなくて濃い青であったから、ますます意外の念に打たれたのである。
「ほう、ピアノですか」
「ええ、二年前に亡くなった主人が買ったものですわ。無理を言ってイタリアから取り寄せたものらしいのですけど、詳しい事は存じ上げませんの。でも、こんな和室にピアノなんて少々意外でしたろう」
「そうですねえ。僕はピアノは弾けないが、女将さんは弾けますか」
「いえ、ただの飾りですわ」
と言って、再びオホホと笑った。亡き主人の所有であった物であるとすれば、思いの
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