2,マゼンタとバン爺

──それから3日後


 マゼンタが目を覚ますと、見慣れない天井があった。


(ここ、どこ?)


 ベッドから上半身を起こすと、白いシーツがはらりとはだけた。彼女は裸だった。隣を見ると、同じく裸の男が寝ていた。状況を理解し、マゼンタは頭を抱える。


(やってもうたぁ……。)


 酒のいきおいとはいえ、行きずりの男と寝てしまっていた。しかも昨夜はそこそこイケメンだと思っていたその男は、朝日に照らされた今、まったく魅力的に見えなかった。

 マゼンタは自己嫌悪しながらベッドから起き上がると、早々に服を着た。

 すらりとした手足と大きめの胸は、地味な若草色のシャツにレザーのベスト、パンツスタイルという男装でシルエットが分かりづらくなる。さらにルビーのような赤髪をショートカットにしているために、マゼンタは女性というよりも少年のような外見だった。


「何だよ、もう出るのか? もう少しいいだろ?」


 目を覚ました男がマゼンタの手首を引っ張った。マゼンタはベッドに腰をかけなおす。女は酒の魔法がけていたが、男はまだ夢の中にいた。男はマゼンタの髪をなでると、体に手を回してベッドに押したおした。


とりガラみたいな体と思ったけど、良い抱き心地だったぜ。お前、着やせするんだな」

 男はマゼンタの上着の上から手をすべり込ませる。


「わぁ嬉しい」

 マゼンタは棒読みで答えると、男の手をふりほどきベッドから起き上がった。

「……雨やんでる」


「え?」


「屋根貸してくれてありがとう。じゃあね」


 別れの愛想笑いを男に捧げてマゼンタは部屋から出ていった。ドアの向こうから男が何かを言っていたが、彼女は一向に気にめることはなかった。



 外に出ると日は真上まで上っていた。マゼンタは雑貨屋や酒場、食堂がねられているシーカーの寄り合い所に足を運んだ。朝食兼、昼食兼、情報収集のためだった。

 マゼンタが雑穀のお粥を食べていると、掲示板の前がやたら騒がしいことに気づいた。何か割の良い仕事が入ってきているのかもしれない。


「おい、聞いたかよ、とんでもねぇおいしい仕事じゃねぇか」


「ああ、失踪しっそうした子供探すだけで5万バリィだってよっ」


 マゼンタは彼らの方を振り向いた。次に室内にある掲示板に目をやると、人だかりができていた。マゼンタは食事を残したまま、人が群がっている掲示板の前に行った。

 たしかに、彼らの言うように掲示板には少年を探し出すだけで5万バリィの報奨金が出るという依頼書が貼られていた。他にも貼られている、羊飼いからのダイアウルフの退治や、鍛冶屋からのセルムライト採掘の手伝い等の依頼書には誰も目もくれていなかった。


「すっげぇ……。」

 マゼンタは思わず口に出していた。5万バリィといえば、この国では3年は遊んで暮らせる金額だった。


 ギルドの寄り合い所の中では、シーカーたちが知り合いとパーティーを組みはじめていた。こんなうまい仕事を逃してはならない、マゼンタもさっそく見知った男たちに声をかける。


「ねぇ、あんたたち、あたしと組まない?」


「はぁ、冗談じゃねぇよ、5万バリィの大仕事だぜ? オメェみてぇなガキと組んでられっかよ。だいたい、パーティーの頭数増やしちまったら、取り分が減るだろう」


 男たちはマゼンタを邪険じゃけんに扱う。


「そうだぜ。それによぉ、マゼンタ、オメェ自分の事をシーフとか言ってるけど、単なるこそ泥だろうが。役に立ちゃしねぇよ」


 ガラクタのかぶとをかぶった男がマゼンタの肩に手を回す。

「まぁ、俺らが大金をせしめた時には、オメェを買ってやるからよ。それまで待ってな。楽しもうぜ」

 兜の男はマゼンタのベストの上から胸をさわった。


「娼婦じゃねぇし」


 マゼンタはその手をつねった。兜の男はその手をさすりながら笑う。


「そっちの方が向いてんじゃねぇか? まぁ、困った時はいつだって声をかけてくれよ、といこうじゃねぇか」

 

 男たちは笑いながら去って行った。

 マゼンタは席に戻ると、ふてくされてテーブルの上にドカンと足を投げ出し、そして足を組んだ。男たちの言うように、かけだし・・・・のマゼンタはまだ18歳と若く、実績もない、たまに声をかけられるのは、男装していても人目を引く容姿のためだった。しかし……


「腕には自信があるんだけどなぁ……。」

 マゼンタはふところから財布を取り出した。先ほど、彼女の胸に手を入れてきた男の財布だった。マゼンタは財布の中身を見る。

「……しけてんの」


「ほっほっほっ、ご機嫌ななめじゃのう」

 マゼンタの向かい側にひとりの老人が腰かけた。


「……バンじい


 やせこけた、茶色い肌のシーカーの老人だった。魔術師用のだいだい色のみすぼらしいローブを着ているその老人は、名前がややこしいので周囲からは本名をもじって“バン爺”と呼ばれていた。ここ最近この土地に流れてきたらしく、古い知人はおらず住まいも不明だった。シーカーだがギルドの仕事をしている様子もほとんどなく、周囲は身寄りがなく物乞ものごいになった老人なのだろうと陰でささやいていた。


「何、バン爺もあぶれたの?」


「こんなじじいと組みたがる奴なんておらんさ」


 バン爺は、禿げあがった頭をぺちぺちと叩いた。彼の毛髪は側頭部と後頭部に何とか白髪が残っている程度だった。


「バン爺さ、昔は魔術師だったんでしょ?」


「遠い昔な」


 バン爺の枯れ枝のような手首には7級魔術師を証明する白い腕輪があった。しかし、腕輪は7年ごとに更新しなければならない。年季の入ったその腕輪は、すでに期限が切れていることを意味していた。


「……ふーん」

 何かを考えながらマゼンタはバン爺を見る。


「……なんじゃい? じじいに色目使っとるんか?」


「じょうだん言わないでよ、じいさんこそ、あたしに変な気ぃ起こさないでよ」


「あと100歳若かったらそんな気も起りそうだがね」


「100歳? バン爺、いまいくつさ?」


「70じゃ」


「一周してんじゃん」


「生まれ変わったら趣味も変わると思うてな」


「……じじい」


「ほほ、気を悪くするな、さびしいじじいじゃ、若いもんと話がしたいだけじゃて」


「……たく」

 マゼンタは足をテーブルから下ろして、改めてバン爺に向き合った。

「じいさんさ」


「何だね?」


「あたしとパーティー組もうよ」


「何じゃい、やぶからぼうに」


「他の奴らはあたしと組んじゃくれないんだよ、美少女だからってバカにしてさ」


自信過剰じしんかじょうだしのう」


「うるさいなぁ。それでさ、あたしと例の子供を探そうよ。ひとりだと心許こころもとないし、じいさんでもいないよりはましだからさ」


「じじいと小娘でようやく一人前ということか」


「好きなように取りなよ。どう? ふたりで大金を山分けすんのっ」

 目を輝かせるマゼンタ。


「老い先短いというのに、大金を手にしてもどうしようもないがな……。」

 バン爺は乗り気ではない口調だった。


棺桶かんおけを豪華にすればいいじゃん」


「ならば墓穴も深く掘ってもらおうかの」


「そうそう、温泉がくくらいに深く掘ってやろう」

 上機嫌にマゼンタは言う。


「……お前さん、人を口説くのが下手過ぎやせんか?」


「え? そう?」


「そういうお前さんは、そんな大金を手に入れてどうしよっちゅうんじゃね?」


「そりゃあ一獲千金で一発逆転、そのためにシーカーになったんだからね、貧乏な村を飛び出してさっ。まぁ、あたしくらいなら? 村で待ってればお殿様に見初みそめられてそのまま玉の輿こしだってできただろうけど、待ってるのはしょうに合わないタイプだから男は自分から選びたいし、もうちょっとスリルのある人生だって送りたいし、ついでに歴史に名を残すくらいの偉業は成しとげたいし……」


「……業が深いのぅ」

 

 マゼンタは、テーブルをばんと叩いた。テーブルの上のお粥の皿が小さく跳ねる。


「とりあえず、こんな不味いお粥を毎日食べるような人生とはおさらばしたいのっ」


「それはワシも同感じゃ。……しかし妙な話じゃの。子供ひとり探すのに大げさじゃなかろうか?」


「そう? だって伯爵さまの子供だよ? 跡取り息子だったら当然さ」


「伯爵の?」


「何だい爺さん、こんだけの騒ぎになってるのに知らないの? アイリス伯のひとり息子なんだよ。しかも例の試験中の。そりゃ躍起やっきにもなるさ。……どうしたのバン爺?」


 アイリス伯の名前を聞いたとたん、バン爺の顔がけわしくなっていた。


「……あ、いや、何でもないわい」


「ねぇ、どうよバン爺? そりゃ大金はいらないかもしれないけど、金があるにしたことはないでしょ?」


「……分かった」


「え?」


「お前さんと一緒にその子を探すっちゅうことじゃ」


「やったぁ、パーティー成立ぅ。あれ、意外とあたしって人望あるかも?」

 マゼンタは寄り合い所の中を見渡し、目についた男に声をかける。

「ねぇ、おにいさん、あたしらとパーティー組まない?」


 男はマゼンタとバン爺を見ると鼻で笑った。

「冗談言うな、ガキとじじいのパーティーに誰が入るかよ。お守りなんぞゴメンだ」


「……ちぇ」

 マゼンタは下唇を出した。子供っぽ仕草だった。


「まぁ、あれが普通の反応じゃて。とりあえず、外に出ようかね」

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