勝負の行方

 僕は利華さんのけりを胸で受けて仰向けに倒れた。

 軽運動室で言い合った末に、蹴られた時と同じように。

 もちろん、その時とは違って、軽く押すだけのものだ。


 それでも、僕は強い衝撃を受けた。


 アイレンの敵キャラと同じだ。

 最後の攻撃を受けた時、彼らは苦痛ではなく、幸せそうに消滅していく。

 僕もそんな温かい一撃を味わいながら寝ころんだ。


 感嘆の声と、拍手が土砂降りの雨のように振ってきた。


 すごく気持ちいい。


 舞台の照明が点灯して、まぶしさのあまり眼を細めた。

 とそこに、「新太!」と男子の声が聞こえたと思ったら、誰かに抱きつかれた。

 さらに、数人駆け寄ってきた。


「よくやった! よくやったな!」


 プチら、ブレイキング軍団だった。

 僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でるプチは、何となく、目に涙を浮かべていた。

 だから、僕もジワジワっと来てしまった。


「よかったよ!」

と女子の声がしたと思ったら、一年の女の子達も舞台に上がってきていた。

 例のヘタれた女の子もそれに混ざっている。


 みんな、僕に手の平を向けてきた。僕はちょっと照れながら、それぞれにハイタッチをしていった。

 そんな、女子らの後ろから亜矢も近寄ってきた。


 少し、気まずそうにしながらも、「ま、まあ、あんたにしてはよかったんじゃない?」と手を振りあげた。笑いながら僕も手を挙げると、がっちり握手した。


 そして、言ってやる。


「なにそれ? ツンデレ発言?」


 当然、むっとした顔の亜矢にすねを蹴られた。


「一年生のみんなぁ」と真理子さんが呼びかける。


「全員舞台に上がったかな?

 早く、早く!」


 僕の左側から、笑顔のプチがヘッドロックをしてきた。「痛いって」と言う僕も笑っていた。

 真理子さんの声が響く。


「以上、新入生チームショーケースでしたぁぁぁ!

 みなさん、大きい拍手をお願いしまぁぁす!」


 別に決まり事があったわけじゃなかった。

 ただ、何となくみんな、隣にいる人の手をつないだ。

 僕の場合は、左に落ち着きのないプチ、右には澄まし顔の亜矢だ。

 僕らは両手を挙げると、拍手喝采の観客に向かって深々とお辞儀をした。


――

 目の前では、ストリートダンス部のメンバーがそれぞれ自由に騒いでいる。


 今日は、前日のイベントの打ち上げ会(IN 軽運動室)である。

 みんなで、お菓子やらジュースやらを持ち寄って談笑していた。

 音楽も当然のように大音量で流れているし、唐突に踊り出す輩もいて、かなり騒々しいことになっていた。

 日曜日で、当然学校は休みなのだが、全員揃っているようだった。


「さて」と真理子さんが満身笑みを彼らに向け、しきり直すように言葉を発した。


 すると、かかっていた音楽がゆっくりとボリュームを落とし、動きがあったのを察したのだろう。


 みんなこちらを注目する。


 ちなみに、僕は真理子さんの左隣にいる。

 その、逆には余裕たっぷりの亜矢が、一年女子に手を振っていた。

 言わずとしれた対決メンバーだ。

 ちなみに、二年生の利華さん、武雄さんは呼ばれていない。今回のイベントはあくまでも一年生のものだからと、先ほど真理子さんは笑っていた。


「みなさんお待ちかねのぉ~」と真理子さんは指を指揮棒のように振った。


「利華&新太VS武雄&亜矢の罰ゲーム内容、及び、結果発表と参りましょうかぁぁぁ!」


「おー!」と拍手喝采、大爆音で。やめてほしい……。


 はっきり言って、結果は見えている。

 利華さんは踊れていないとか何とかと、非難していた武雄&亜矢ペアーだった。だが、客観的に見たらもちろん、希望的観測を一生懸命しようとしたところで、明らかに負けていた。

 引き分けと言うことすらおこがましい。

 後半はともかく、前半は振りを間違えるし、固まるしでよいところを探す方が難しい。

 最後の方は何となく感動的に終わったので、自分自身勘違いしそうではあった。がしかし、あれは部外の人から見たら、本当に酷かったと思う。

 舞台裏を知っているメンバーだけが、要するに感動していただけなのだ。

 そう考え始めると、徐々に落ち込んで来た。


 真理子さんは人差し指を立てて告げる。

「まずは、罰ゲームの内容を発表します!」


 そして、手を前に伸ばす。

 美希音さんが黒子のように例のクロッキー帳を差し出した。

 受け取った真理子さんは、「罰ゲームは」と例の絵を見せつつ上に掲げた。


「スクール水着でフラダンスです!」


 おぉぉぉぉ!


 先ほどのものを遙かに凌駕する歓声や拍手が軽運動室に響き渡った。

「武雄さんには勝って欲しいけど、欲しいけどぉぉ!

 見たいのぉぉぉ!」

と、ぎゃあぎゃあ喚く女子がいたり、

「利華さんと亜矢のコンビで良くない?

 マジ、良くない?」

とかいう、もう罰ゲームとか関係なく願望を口にする男子がいたり、


「武雄×新太、最高!

 武雄君が攻めて攻めて攻めまくるの!」


とかいう――いや、聞こえなかったことにしよう。


 とにかく、すごい反響で立ちくらみが起きそうになった。

 なにこれ、実は本番よりも大変なのでは……。


「さてさて」と真理子さんはクロッキー帳を美希音さんに返した。この美しすぎる先輩、本当に楽しくてしょうがない様子だ。


「負けたチームには、今から一時間後にやってもらいます。

 どのチームが罰ゲームを受けるのでしょうか?

 気になるところですね~

 ふふふ」


「ふふふ、って真理子さん、もういいですから、発表しちゃってくださいよ」


と僕が懇願すると、「順序ってものがあるから、もう少し待ってね」と微笑まれた。


 そうか、微笑まれたら――もとい、順序ってものがあるならしょうがない。うん、しょうがない。と、納得の表情で何度も頷く。


 すると、「最低ぇ」とボソリとつぶやく声が聞こえてきた。


 な、なんてこと言うんだ、と声の主へ目線を移せば、真理子さん越しの亜矢が、まるでゴミ屋敷を眺めるような目でこちらを見てきた。

 全く、そんな要素などないのに、酷い話だ。

 そんな僕ら二人に向かって、「ほらほら、先進めるよ」と真理子さんが声をかけてきた。

 そして、まずは両チームの講評から、と全員に向かって話し始めた。


「まずは、武雄&亜矢チームから。

 うん、そうね。チームとして、とても完成度が高かったと思う。

 二人の動きがピッタリと揃っていて、そして、それを生かした振りの構成は目を見張るものがあった。

 しかも、見せ所を十二分に押さえたものになっていたしね。

 凄く良かったと思う」


 やはりというか、何というか。とても、高評価だ。同感なのか、多くの部員らが真理子さんの言葉を頷きながら聞いていた。

 こりゃ、やっぱり負けだな、と分かっていたことなのに、少し凹んだ。


「ただし」と真理子さんは亜矢に微笑みながら続けた。


「惜しい部分もあった。

 それは、武雄のポテンシャルを引き出しきれなかったって所ね。

 また、あなた自身の良さも同じ。

 それが、これからの課題かな」


 亜矢は苦笑いをした。それは、利華さんが言っていた部分のことだったからだろう。

 最後に一点、ケチは付いたけど――まあ、僕ほどのマイナスではない。

 僕は本当に駄目だったのだから。


「次に」と真理子さんは優しい視線を僕の方に向けた。


「利華&新太チームね。

 そう、みんなも知っての通り、新太は半年前の舞台で失敗してしまい、それが大きな負担になっていた。

 前半の失敗はそれが要因なのは間違いないわね。

 ただ、後半はそれを克服した。

 それだけじゃなく、普段の練習より大きく、力強く踊れていた。

 これは、凄いことよね。

 そして、ラストになると本当に楽しそうに踊っていた。

 見てるこっちも熱くなるようなダンスをしていた。

 うん、いいものが見られたと心から思えた」


 何か、熱くなってきた。

 凄い恥ずかしい。たぶん、真っ赤っかな顔になってるだろうな。

 そして、何より嬉しかった。たとえ、身内びいきな劇甘評価でも、とても嬉しかった。


「では」と不意に僕の手を柔らかい何かが掴んだ。


 何事かと見てみると、真理子さんが僕の右手を握っていた。

 胸がどきりと高鳴ったが良く見てみると、亜矢の左手も掴んでいた。

 あ、なるほど。ボクシングの判定を下す審判みたいにやりたかったのか。

 真理子さんは美しすぎる人だから、妙な勘違いを起こさせないで欲しいものだ。と、僕は目を逸らした。亜矢の冷めた視線を受けそうになったからだ。

 危ない危ない。まあ、根本的な解決にはなってないけれど。


 ドラムロールが足元で鳴り響く。


 ……っていうか美希音さん、デッキ片手に黒子役、お疲れさまです。しかし、一年生の誰かにやらせれば良いのでは?

 なんて、思っていると、徐々に僕の手が上がっていく。

 視線を真理子さんに戻すと、同時に亜矢の手も挙げていた。

 分かっていますよ、先輩――僕らの負けなんでしょう?

 演出とかいいですから。

 音がぷつりと止まった。だが、二人の手は上がったままだ。


「両チーム!」と真理子さんが声を張り上げた。


 まさか、引き分け!?

 それとも、どっちも勝ちってオチ!?


「負け!」と、両手を下ろした。


 一同、しばし沈黙する。


 そして、「負けぇ!?」という声が重なった。

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