結末
亜矢なんて、口をぽかんと開けながら真理子さんを見ている。
たぶん僕も、似たような顔をしていることだろう。
「どういうことですか!?」と亜矢が叫んだ。
まあ、当然だろう。
あのショーで負けって言われると流石に納得できないだろうし。
僕はといえば、どちらにしても負けを覚悟していたので不満はない。
でも、困惑はしてる。
しかし、美しすぎる真理子さんは、さも意外そうな表情で――というより、明らかに作って「あらあら」と小首を傾げた。
「そんなに意外だったかしら、亜矢?
わたしが部活見学会の時に二つのポイントから採点するって言ったの、忘れてしまったの?」
「え? え?」
と亜矢は必死で思い出そうとしている。
「それって、ダンスの構成などの完成度と、どれくらい出来るようになったかという成長度ですよね!
だったら、わたしは……」
あなた達は、と亜矢の言葉を真理子さんは制す。
「完成度で言えば、かなり高いレベルだったと思う。
仮に新太が間違えずに踊り切ったとしても、あなたたちの勝ちだったのではと思えるほどに。
でもね亜矢、あなたは成長したのかしら?」
「せ、成長しました!」
と亜矢は反論する。
「わたし、ロッキンに関しては、ほとんどやったこと無かったんですよ!
そのこと、真理子さんだって知ってるはずです。
そこは評価してもいいんじゃないですか!?」
「亜矢」
と真理子さんは諭すように言う。
「確かに、あなたはロッキンの技術は向上した。
でも、観客にとってはそんなこと、どうだっていいこと。
そうは思わない?」
「ど、どうだっていい……?」
亜矢は呆然としながら繰り返した。
「見学会でわたしが言ったことを良く思い出して」
と真理子さんが慎重に語る。
「わたしは、オアシスで見たあなた達のショーを基準に採点するって言ったでしょ?
あれは素晴らしかった。
技術的なものは今回の方が高いことをやっているかもしれない。
でも、一人一人の良さを十二分に出していた。
出すことを、念頭に置いた構成になっていた。
そして、何より見ている人たちを楽しませようという意図が見えた。
どう亜矢、今回の振りを作る上で、チーキーガールズの時と同じように作っていた? 技術を見せる事に、”完璧な構成”を見せることに、酔っていなかったかしら?」
真理子さんは――というより、ここの部の人たちは、本当にはっきりと指摘する。
亜矢は黙ってうなだれてしまった。
何だか、見ていると気の毒になってくる。
「技術力を上げることは」
と真理子さんはみんなに向かって続ける。
「とても、素晴らしいことだし、亜矢のその努力までは否定しない。
でもね、それだけにとらわれてはいけないと思うの。
技術とは――ショーとは――見てるみなさんを楽しませるためのもの。
それが大前提にあることを忘れないようにしなくては」
「だからね」と亜矢に優しく語りかける。
「二チームを比べたら、あなた達が勝ちだと思う。
それは、間違いないこと。
ただ、技術の向上のプラスは、チーキーガールズからのマイナス成長とで、相殺になりゼロ点。
二つの重要なポイントの一つが零点じゃあ、勝ちはあげられない。
だから、負けってこと」
それでもって、と真理子さんは僕の方を、優しい表情で向く。
「新太はダンスの技術的にも伸びたし、前回の失敗を乗り越えて踊ることに成功した。
それは、高得点だったんだけど、完成度で言えばやはり点数をつけることは出来ない。
振りは間違えず踊りきる。
これは、最低限出来なくてはいけないことだから。
だから、負けってこと」
「ただ」と真理子さんは利華さんと武雄さんに視線を送りながら続ける。
「二年生の二人はちょっとかわいそうね。
利華は新太のミスをしっかりとフォローしてたし、武雄は人に合わせて踊るのが苦手なはずなのに、亜矢のダンスにしっかりそろえて見せた。
だから、こうしようと思います。
今回の罰ゲームは双方の一年生でやってもらいます」
部員一同から、やや躊躇した感じながらも拍手が上がる。
亜矢はがっくりとうなだれたままだ。
僕はといえば、ちょっと納得できなかった。
やはり、亜矢がかわいそうだ。
そりゃあ、真理子さんの言っている意味も理解できた。
でも、亜矢は恐らく相当努力してきたのだと思う。
それは、踊り終えた後の彼女の表情で良く分かった。
それを、大失敗だった僕なんかと同じように罰ゲームをさせられるなんて、余りにも酷いと思った。
僕は真理子さんに指摘しようと思った時、
「ちょっと待った」
と利華さんが真理子さんに声をかけた。
「罰ゲームなら、あたしもやりますよ。
だって、チームを組んでやっていたのに、片方だけ免除ってやっぱり変だし」
「そうだな」
と武雄さんも亜矢を見ながら、彼女に近づく。
そして、真理子さんに微笑みながら、
「俺もやりますよ。
亜矢が減点したって言うなら、当然、相方である俺の減点でもあるし。
それに……」
と、驚いた顔で見上げる亜矢の頭を撫でながらきっぱりと言った。
「変な格好だろうがなんだろうが、こいつらと踊るのは絶対楽しいと思うから。
そうだろう? 亜矢」
「は、はい!」
と亜矢は顔を赤めながら頷いた。
先ほどと比べものにならない歓声と拍手がわき起こった。
まあ、本当に、何と言いますか。
かっこ良く締めるなここの人たちは。
――
「利華、あと、新太。
ちょっと付いてきて」と真理子さんが僕らを呼んだ。
しばらく、罰ゲームの内容についていろいろ盛り上がった後でのことだ。
導かれるままにぎわいでいる部員らから離れ、壁際までついていく。
真理子さんは振り向くと、壁にもたれながら話し始めた。
「利華、テレビ塔のイベントについて、あなたに話していないことがあるの。
いい機会だからこの場で言っておこうと思って」
「あのう」と僕は右手を挙げて訊ねた。
「僕もその話を聞いていいんですか?」
「いいのよ」
と真理子さんは静かに口元を緩めながら答えた。
「聞いてもらった方が良い話だと思うから呼んだの。
新太も既に、当事者の一人に組み込まれているのだから」
そう言われても、何となく不安だ。
僕は利華さんの方を向いた。
少し不安げではあるが「構わない」という返事が帰ってきた。
「あの日」と真理子さんは静かに話し始めた。
「覚えているかしら?
わたしは所用があって、少し遅れて会場に入った事を。
着いた時には、既にショーが始まっていて、わたしは舞台を横目に見ながら、騒々しく声援を上げていたストリートダンス部の集団への合流を急いだんだけど……。
早足で近づいたその時、わたしの目に意外なものが入ってきたの。
あの正輝さんが、驚いた顔でじっとあなたを見ていたのよ」
利華さんが困惑した顔で真理子さんを見ている。
それを、ほほえみで返しながら、真理子さんは続ける。
「本当に意外だった。
滅多に表情を変える人じゃなかったものね。
でも、何となくその理由は、あなたの演じている姿を見ているうちに分かったの。
ダンスをしている時には見せたことがない、
楽しそうに――本当に生き生きとした表情をしていたから。
踊っているときの、ともすれば凝り固まったと表現された姿からは想像できないほどリラックスした動きをしていたから。
だからわたしは正輝さんに言ったの。
利華、最高に良い表情をしてますねって。
そしたら、正輝さんは……」
真理子さんは言葉を切って、利華さんを少し切なそうに見た。
「あんな動きも出来るのかって。
知らなかったって。
呟くようにおっしゃったの」
利華さんは黙って、真理子さんを見ている。
「あの人は」と真理子さんは苦笑いを浮かべた。
「ちゃんと、説明してくれないから。
本心を喋ってくれるような人じゃないから。
でも、きっとあなたが思っているような、軽蔑したとか、失望したとかじゃなく、一緒に東京に行かない方があなたのためになる。
そう、判断したんじゃないかしら」
利華さんは目をつぶり、天を仰いだ。
そして、訊ねた。
「何で、今まで言ってくれなかったの?
酷いじゃない」
「言ったら――」と真理子さんは微笑んだ。
「信じたかしら?
適当に慰めてるだけとか、ささくれたんじゃない?」
「正解」と利華さんは苦笑いした。
「でも」と真理子さんは続ける。
「今なら、納得してもらえるでしょう?
新太と踊った後なら――あの時の声援、あなただって今までに受けたことがないぐらい大きかった事に気づいてるはずだもの」
「うん」
と利華さんは素直な子供みたいな笑顔を真理子さんに向けた。
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