リスペクト
「利華さん!」
と僕は止めに入ろうとしたが、「引っ込んでろ」と怒鳴られ、止まってしまった。
「あ、あんたさぁ、ふざけないでよ!」
と、亜矢が突っかかって行こうとしたが、それは武雄さんが制した。
「ちょ、ちょっとぉ、やめなさいよぉ」
と騒ぎを聞きつけたのか、実沙さんが止めに入った。
まるで、見学会の時の再現だ。
鋭く睨みつける利華さんは、その時の――自分がけなされた時よりも怒っているように見えた。
「なにが不満なんだ」
と武雄さんが小馬鹿にしたように言う。
「俺たちは完璧だった。
少なくとも、現時点で最高の踊りをしたと思うぞ」
「はあ!?」
と利華さんが吐き捨てるように言った。
「最高?
ふざけるな!
くだらないことしやがって。
少なくとも――でいえば、お前は全然踊ってやしない」
「踊ってない!?」僕は声に出してしまった。
あれだけの動きをしていたのに。
あれだけ、完璧に踊っていたのに。
亜矢も理解できないって顔をしていた。
武雄さんは――変わらない。
むしろ、可笑しそうにしていた。
そして、再度訊ねた。
「なにが不満なんだ。
あれが駄目だって言う奴は、そうそういないと思うぞ。
現に観客はあれだけ盛り上がっていたしな」
「そうよ!」と亜矢が叫ぶ。
「なにケチ付けてんの?
ムカつくんだけどぉ!
わたしらは完璧に揃えて、完璧に踊った。
そんなのも分からないの?」
「お前は黙ってろ!」
と利華さんは怒鳴った。
「あたしはこいつに言ってるんだ!」
「はぁ?」と亜矢が表情を険しくゆがめ、つかみかかろうとした。
それを、実沙さんがあわてて止める。
「あんたらは完璧だったさ」
と利華さんが武雄さんに向かって人差し指を突き出した。
「完璧に踊った。
奇麗に、完璧に、文句なくな。
だけど、奇麗なだけだ。
ただ、そろっているだけの、つまらな……」
突然、利華さんは言葉を詰まらせた。
そして、一向に続きが来ない。
どうしたんだろう?
僕は訝しげに利華さんをのぞき込んだ。
利華さんは目を大きく開き、口をパクパクさせながら、次の言葉を紡ぐことができずにいた。
「続けないのか?」
と後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと義也さんが、静かに立っていた。
「どうした利華、言ってやれよ」
利華さんは――僕と同じく振り返っていた。
苦いものを誤ってかみ砕いたようなしかめっ面で、義也さんを見ている。
「こう言いたかったんだろう?」と、義也さんは言った。
「つまらないダンスだ。
つまらなくて退屈なダンスだ」
これは、聞き覚えのある
そう、武雄さんが見学会の時、利華さんに向かって言い放ったものだ。
奇麗や完璧も含めて一ヶ月近く前のものを、利華さんはそっくりそのまま武雄さんに言ったことになる。
「お前が感じた通りだよ」と義也さんは淡々と続ける。
「さっきのは亜矢のダンスだ。
亜矢のノリに合わせたダンスだ。
そこに、武雄はいない。
武雄が強く出るはずのリズムが、体から全くわき上がっていなかった」
「え?」という声が聞こえてきた。
視線を移すと、呆然と義也さんを見る亜矢の姿があった。
義也さんに視線を戻すと、先輩の目に力がこもっていた。
「……それはお前も同じだ、利華。
お前のは正輝さんのダンスだ
そこにお前は無い」
正輝さんは、利華さんが前に所属していたH.S.Sというチームのリーダーで、つまるところ利華さんを首にした人でもある。
義也さんは続ける。
「精密機械、女版正輝……。
誰よりも我が強いお前だが、ダンスにおいては、それが全く表に出ていない。
だからつまらないと言われるんだ。
今のお前なら――武雄のダンスに怒りを覚えたお前なら、それが理解出来るだろう」
アトラクション研究部まで武雄さんに送ってもらった時、僕はこう訊ねた。
『何で、心無いことを言ったんですか?』
それに対して、武雄さんは怒りをあらわにした。
その意味――その理由――それがここにあるのだろう。
先ほど、利華さんが激高した時と同じだったのだろう。
他人なのに、自分のことではないのに――それでも許せなかった。
認めているからこそ、腹が立った。
そういうことなのだろう。
「お前」と利華さんは困惑した顔を、武雄さんに向けた。
「わざとか?
わざとなのか?
新入生の説明会から――これら全て……」
「何のことやら」
と武雄さんは微笑む。
「お前が俺らのダンスをどう感じたかなんて知らない。
それを踏まえて、お前らがどう踊るのかもだ。
だが、一言だけ言っておく」
そして、愕然と立ちすくむ亜矢の肩に手を置くと、きっぱり言った。
「俺たちのダンスは完璧だった。
つまり、お前らはこの高い壁を越えなければならない。
それが出来るのなら、やって見ろ」
「ふざけた野郎だ」と利華さんは言った。
ニヤリと、強気な表情で。
「あんな程度の――あんなふざけた程度のダンスなんかに、あたしらは負けない。
負けるはずがない。
この勝負、うちらの勝ちだ!」
勝手に勝利宣言なんてしてほしくなかった。
でも何か、本当になんか、すっきりした顔を利華さんはしていた。
だから僕は、その顔を眺めていることしかできなかった。
五番目のチームが踊り終えた。
「行くよぉ!」
と、実沙さんのかけ声が上がり、一年生が七人、強ばった声で返事をした。
これが終わったら、僕らの出番だ。
今更ながら、二人で出るのは心細い。亜矢以外の他のチームが羨ましい。というか、恨めしい。
鼓動がやけに気になった。
緊張しすぎて、気持ち悪くなってきた。
武雄さんや亜矢ら既に出演し終えた面々は、観客に混じって見るために出ていった。
利華さんは裏方の仕事もやらなくてはならないので、いろいろ動き回っている。
その中で、僕はパイプいすに座って、何とか心を落ち着かせようとしていた。
「大丈夫かっ?
だいじょ~ぶかっ?」
と五番目のチームで踊っていた美希音さんの声が聞こえてきた。
視線をあげると、いつもは、おちゃらかしてばかりのちっちゃい先輩が、アロハの衣装のままで心配そうにこちらを見ていた。
「ええ、まあ」
と答えてみたが、ひきつった笑顔しか出来なかった。
何か言おうとした美希音さんだったが、視線をちらりとずらした。
何かを見つけた雰囲気だったので、そちらを見ると、利華さんが真顔で僕を見ていた。
両先輩に相当心配されているだろうなと、少々情けなくなった。
だが、どうしようもなく、気持ちが沈んで行き、うつむいた。
何でこんなに辛いのに、僕は舞台で踊らなくてはならないのだろうか?
舞台に対する苦手意識を克服しよう、とか。
必死で練習してきた成果をきちんと出したい、とか。
色々助けてくれた真理子さんや利華さん達に、格好いい所を――出来るようになった所を――見せたい、とか。
そういう、多くの思いやそれに対する意気込みとかが、しぼんでいくのを感じる。
自分が余りにも情けなくって、呆れてしまう。
自分には舞台とかは向いていないのだと痛感した。
両肩に手を置かれた。利華さんの甘い香りが、そっと鼻に触れた。
「新太さあ」と利華さんの声が聞こえてくる。
「勘違いしてるかもしれないけどさぁ。
みんな舞台で踊る前は怖いんだよ。
武雄だって、亜矢だって。
真理子さんや、美希音、実沙、たぶん、義也さんだって。
本気であればあるほど、完璧に踊りたいと思えば思うほど、どうしようもなくだ」
なんか、信じられない話だとぼんやり思った。
「もちろん、あたしだって怖い」と利華さんは言い切る。
「いまだにだ。
泣きたくなる時だってある。
実際、泣いちまったことだってある。
別にお前が特別、弱いんじゃない。
お前が思うほど、そこまで情けない奴じゃない。
そればかりか、あたしはお前を尊敬している」
僕は驚き、顔を上げた。
利華さんの力強い目が、僕をじっと見つめていた。
利華さんは続ける。
「そうだ、あたしはお前を尊敬する。
失敗を引きずっているにもかかわらず、立ち直る努力をするお前をな」
そこで、利華さんは優しく微笑んだ。
「それに、お前が恥じている舞台のことだってだ。
お前は失敗したかもしれない。
台無しにしたかもしれない。
でもさあ、舞台に向かっていったのは確かだろう?
幼なじみの為に、成功させようと努力したのは確かだろう?
そんな努力を、あたしは尊敬する。
誰が何と言っても、それを否定したりはしない。
……今回はストリートダンスでの初舞台だ。
だから、お前の失敗は全て、あたしが背負ってやる。
どんなミスも、あたしがすべて被ってやる。
だから、お前は音に合わせて踊ればいいんだ。
練習した時と同じ気分で。
軽運動室で無礼キング軍団の前で踊った時と同じ気分で。
怖くなったら、あたしを見ろ。
振りが飛んだら、あたしを見ろ。
心細くなったら、あたしを見ろ。
あたしがお前を導いてやる」
まっすぐで力強い目が、僕を見つめている。
そうか……。
僕は今更ながら思い出した。
すぐに暴力を振るうし。あまり頭は良くないし。
わがままだし。言葉使いは荒いし。
喧嘩っ早いし。それでいて、真理子さんに叱られると、すぐ泣いてしまうし。
最悪の先輩だと思ったこと数知れず。
ひどい先輩だと思ったこと数知れず。
ろくでもない先輩だと思ったこと数知れず。
だけど……。
僕はこの人に救われたんだ。
僕はこの人にあこがれたんだ。
利華さんは、本当にかっこいい先輩なんだ。
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