完璧なダンス
一年生が出演するのは計七チーム。
僕ら対決組に、二年生が数人混じった五人から十人程度の組が五つあった。
ジャンルも結構バラバラで、僕らがやるヒップホップが二チームに、武雄さんらがやるロッキンが二チーム。
義也さん一押しのブレイキンが一チームに、美希音さんのフラが一チーム。
そして、変わり種としてはアイドルダンスというのもある。アイドルが踊るダンスを体得するのだとか。
今踊っている、そのアイドルダンスが終わると、次は三番目のチーム、武雄さん、亜矢の出番だ。
舞台袖で亜矢が軽くジャンプをしている。
気持ちを落ち着かせようとしているようだった。
顔は強ばっていないが、リラックスはしてなさそうだ。
舞台慣れしてるはずだが、それでもやはり緊張するのか。
そう思うと、それが移ったかのように鼓動が強くなってきた。
僕らのチームはラスト、つまり七番目だ。
一チームが踊るのは三分~五分程度らしいので、まだまだというわけではないが、十五分ほど空きがある。
今から、緊張してたら身が持たないのではないかと心配になってきた。
「さてと」と言う男子の声が聞こえてきた。
振り向くと、亜矢と同じ衣装姿の武雄さんが、肩を回しながら近寄ってくる。
当然、僕にではない。微笑みながら亜矢の前に立つと、右手を大きく振り上げた。
亜矢もそれにならい、うれしそうに手を上げて、下ろす。二人はがっちりと握手をした。
「よろしくな」と武雄さんが言うと、「はい!」って亜矢は力強くうなずいた。
何と言いますか、二人して絵になることといったらない。
利華さんはともかく、僕ではあんなにスマートでかっこいいオーラは出せないもんな。
「見せてもらおうじゃねーか」と隣で女子の声が聞こえた。
利華さんだ。僕と同じ衣装に、真っ赤なキャップを被っていた。
武雄さんはニカッと笑い、亜矢はそっぽを向いてそれに答えた。
やはりというか、利華さんは武雄さんの態度が気に入らなかったようで、
「何、ニヤニヤしてやがる。
気持ち悪ぃなー」となぜか僕の足を蹴った。
本当に、ひどい先輩だ。
歓声が上がった。
アイドルダンスが終わったようだ。
女の子たちがキャッキャ言いながら、こちら側に戻ってくる。
いよいよ、武雄さん、亜矢の出番だ。
武雄く~ん!
女子の甲高い声援が体育館中に響きわたった。
武雄さんへの黄色い声には圧倒されそうな力を感じる。
観客を背にうつむき加減で立っている武雄さんが、軽く手を振った。
すると、失神するんじゃないかってくらいの勢いで、女の子たちが絶叫した。
実力はあっても、一年ってことで亜矢の声援は聞こえない。
ひょっとすると、混じっているかもしれないが、武雄さんファンに消されている。
恐るべき、武雄さん。
校内人気ランキング二位は伊達じゃない。
普段なら、うんざりした顔をするだろう亜矢だが、本番前だから無視しているのか、それとも、それどころじゃないのか、表情を変えない。
武雄さんと同じ姿勢で立っている。
そういえば、亜矢のダンスは真理子さんレッスンの音取りぐらいしか見たことない。
凄く、楽しみだ。
軽快なトランペットの音が鳴り響く。
その音にハメるように、二人が大きめにアップのリズム取りをしながらポーズを取る。
後ろを向いたまま、四回、五回繰り返し。
独奏が終わった瞬間、はじけるように振り返った亜矢が、無邪気な――愛らしい感じに笑みを浮かべて前に出た。
いきなりソロみたいだ。
壁をノックするようなロッキン独特の動きから、肘を軸に腕をクルりと回し、膝から床に落ちた。と、同時に、手を地面に突く。
そして、操り人形が背中にある糸だけ引っ張られたような感じで体を起こし、また、腕を回した。その勢いのまま手を腰まで持っていき、肘を少し曲げつつ上半身を折って動きをガチっと止めた。
凄い。
聞くところによると、亜矢が得意とするのはロッキンでは無いらしい。
なのに、ストリートダンス部内の上級生を含めても、亜矢のダンスはトップレベルじゃないかと思えた。
もちろん、素人の見立てなので厳密には分からない。
だけど、僕は素直にかっこいいと思った。
「ふん」と利華さんが隣で、面白くなさそうに声を漏らした。
ケチを付けようが無いということだろう。
亜矢は笑顔のままで右手を挙げる。
クルリと回して武雄さんを指した。
するとまた、トランペットのソロが始まった。
先ほどと同じく、その音にハメるように、二人がアップのリズム取りをしながらポーズを取る。
そして、今度は武雄さんが前にでた。
武雄さんファンがもの凄い勢いで盛り上がる。
武雄さんは壁をノックするようなロッキン独特の動きから、肘を軸に腕をクルりと回し、膝から床に落ちたと、同時に、手を地面に突く。そして……。
しばらくして気づいた。
亜矢のソロと全く同じだ。
でも、凄い。
性別も体型なんかも全く違うのに、似た雰囲気がきちんと出ている。
コピーしていることが、すぐに分かった。
ところがだ。
「なんだそりゃ?」
と、なぜだか利華さんは、小馬鹿にしたように言った。
利華さんにとっては、それほどのこととは思っていないようだ。
しかし、今は質問している場合じゃない。あとで、訊ねてみよう。
静止していた亜矢がリズムを取り出す。
そして、武雄さんのダンスに”乗る”ように突如同じ動きを始めた。
ソロからチームダンスに移行――絶妙な間だった。
しかも、二人は全く乱れていない。
完全に同じ動きをしている。
手を挙げる角度、ジャンプする高さ。ステップする時の足運び。
シンクロしてると言っても過言ではない。
「おおお」と僕は声が漏れてしまった。
僕も初心者なりに練習してきて、利華さんの動きと揃えようと努力してきた。
だからこそ、このチームがやっていることの高等さが分かった。
とてもじゃないけど勝てない。
分かっていたことだが、僕なんかではまだまだ先っぽも見えないほど遠い位置に二人はいる。
利華さんは同等だろうが――一人だけでは、このダンスには届かない。
勝てませんね、こりゃ――ともちろん口には出さなかったが、苦笑いしつつ利華さんを見た。だがそこで、意外なものを見る。
利華さんは苛立っていた。
始め、勝てそうにないので悔しがっているのかと思ったが、そうではなさそうだ。
何か、えらく腹を立てている様子だった。
どういうことか、よく分からなかった。
もう一度、武雄さんらを見る。きれいにそろったダンスは、一向に乱れる気配を見せず、観客を大いに盛り上げていた。
「武雄&亜矢でしたぁ!」
と言う真理子さんのMCを背に、武雄さんらが舞台袖に引き上げてきた。
舞台に向かうチームに声をかけつつも、亜矢は興奮冷めやまぬという感じで、静かに微笑む武雄さんに話しかけている。
恐らく、会心の出来だったのだろう。
そこに、利華さんが近づいていく。
嫌な予感がした。
僕が止めるまもなく、利華さんは武雄さんに蹴りを入れた。
女の子の悲鳴が聞こえた。近くにいた子が声を上げたのだ。
亜矢も驚いた顔で利華さんを見る。
武雄さんは……。
特に表情を変えぬまま、腕で防いでいた。
付き合いが長いだけに、慣れているということだろか。僕だったら、まともに食らって床に転がっていたと思う。
それだけの勢いがあった。
次のチームの曲が流れ始めた。
そんなイベントの最中で、「なんだあれ?」と利華さんは苛立ちを隠さなかった。
武雄さんの胸ぐらを乱暴に掴むと、「お前ふざけてるのか!?」と怒鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます