第三章

新参パーティー開始!

 体育館中が金切り声混じりの歓声に溢れていた。


 舞台裏にいてもその迫力に流されそうなんだから、観客の中に入ったら、いっぱいになった声援で溺れちゃうんじゃ無いか――なんてしょうも無い事が頭に浮かんだ。


 それほど、凄い状態だった。


 イベントの第一部――上級生チームのラストは二、三年生のオールスター揃い踏みだ。この状態は当然といえば当然なのだ。

 舞台袖で待機していた僕は、踊り終えた先輩らを、「お疲れさまです」と出迎えた。


「おう!」とその中の一人、武雄さんが僕の肩を叩く。


 先輩は、青のだぼついたTシャツに、桜ヶ丘西ストリートダンス部のイニシャル――SWSCのロゴが入った、ピンクのスウェットパンツを履いていた。


 しかし、男の人でピンクのズボンが似合うのはすごいな。


 顔が派手だし、スタイルがいいから行けるんだろうなぁ。

 なんて思っていると、武雄さんはあわただしく外に出ていった。

 亜矢とのチームの出番が前の方になっているので、急いで衣装を代えなくてはならないのだ。

 僕の隣にいる亜矢が、物悲しげに見送る。


 いや、すぐに一緒に踊ることになるんだから、そんな顔をしなくても良いでしょう。


 因みに、利華さんも既に更衣室に向かったようだ。

 僕らの出番は最後ではあるが、早めに準備しておこうということかもしれない。

 亜矢はすでに衣装姿だ。

 白くて太めのズボンに光沢のある黒シャツ、そして、黒のハットを被っていた。

 何となく、ギャングっぽいねって先ほど言ったら、「それを狙った」と返ってきた。


 まあ、亜矢自身は小柄な女の子なので、かわいらしさが全面に出ているのだが。


 かくいう、僕も衣装を着ていた。

 白のXLサイズのTシャツに、紺色の太いジーンズだ。

 そして、黒くてNYのロゴが入ったキャップを被っている。


 すべて、義也さんのお下がりだ。


 昔、利華さんも含めた部員でイベントに参加したことがあり、その時の物だとか。

 そのイベントぐらいしか使っていないとのことなので、お金を払おうとしたら断られた。

 というか、「いいから、めんどくさいから、貰っておけ」と凄まれた。


 ありがたいけど怖かった。


「新太、それに、亜矢」

と真理子さんが近寄ってきた。

 さすがに踊ったばかりだったので、美しすぎる先輩の息は少し荒かった。

 顔は汗で光っていたし、前髪が額や頬にくっついていた。

 しかしまあ、それでもというより、むしろそのことでことさら、この先輩は輝いていた。


 ふむ、まずは一言、言わなくてはならない。


「真理子さん、その衣装とても似合ってます!

 最高に美しい、というか、キュートというか!

 もちろん、ダンスも良かったです!」

「まあ、ありがとう」

と真理子さんはうれしそうというより、楽しそうに微笑んでくださった。


 すると、僕の心も熱くなる。


 僕の心も高ぶってくる。


 さすが、美しすぎる先輩だ。


 ……ともあれ、隣にいる亜矢が腐ったリンゴを発見した主婦の様な目でこちらを見ているので、そろそろやめておくことにした。

「あなた達」

と真理子さんが優しく微笑む。

「もうすぐ本番ね。

 他のみんなとは違って、勝負がかかっていることだし……。

 二人に関しては、なかなか気楽にとか、楽しんでとか、そんな心境になるのは難しいかもしれない。

 でもね」


 そこで、僕と亜矢の腕をそれぞれ触れてから、話を続ける。


「このイベントは新入部員参加強制パーティー。

 あなた達が自ら望んで出演するってわけじゃない。

 要するに、失敗してもあなた達には責任を問わないってことよ」


 そういうことか。


 はじめ聞いたときは相当無茶な話だと思った。

 ど素人を一ヶ月やそこらで舞台に立たせるなんて。

 だけど、このイベントにはそういう意図があったのか。

 だからこそ、僕を引き込んだのかもしれない。


 真理子さんはさらに続ける。


「このイベントを何のためにやるのかを考えたら。

 この場がどうしてあるのかを考えたら。

 勝つとか負けるとか、成功するとか失敗するとか、そんなの考えずにおもいっきりやってほしい。

 それが、今後につながるはずだから」

 そして、真理子さんは最後に、「頑張ってね」と声をかけて舞台に向かって歩き始めた。

 部員の一人が真理子さんにマイクを渡す。

 真理子さんは今から、舞台の上でこのイベントの趣旨とか説明する予定になっている。

 それが終わったら、始まってしまうのだ、一年生の部が。

「いよいよかぁ」

と僕は緊張を紛らわすため、亜矢に声をかける。

「そっちはどんなダンスをやるの?

 覗くのを禁止されていたからってのもあるけど、どんなのを踊るのか全然知らないんだけど」

「あんたさぁ」

と亜矢は少しあきれた顔になる。

「あと数分後に踊るんだから、別に良くなぁい。

 ……まあ、あんたはダンス初心者だから、教えておいた方が親切かもしれないけどぉ」


 そして、手首をクルっと回して指を斜め上に指した。


 真理子さんレッスンがあった日に見た、武雄さんのダンスにもそんな動きがあった気がする。

 つまり……。


「ロッキン」

とポーズを決めたまま、亜矢はニカっと笑う。

「武雄さんとやるんだから、やっぱりロッキンでしょう。

 今回は、わたしが振り付けも担当したしぃ。

 もう練習の時点から最高ぉぉぉに楽しかった!」


 なるほど、本当に楽しかったのだろう。


 幸せそうにニコニコしている。

「あんたらは?」

と逆に返されたので、「ヒップホップ」と答えた。

「良く分からないんだけど、ミドルスクール寄りのヒップホップだそうだ」

 またも、呆れられるかと思いきや、どうも、あきらめられているようで僕に対してのコメントなし。

「ああ、あの人そっち系が得意だからね」

と亜矢は頷く。


 あの人って、もうそろそろ利華さんと名前で呼ぼうよ、亜矢さん。


 そんな話をしていると、無礼キング軍団をはじめとする、ブレイカーが舞台に向かって歩いていく。

「頑張って」と声をかけたら、無礼キング軍団三人はピースサインを満身笑みと共に返してきた。


 何かもう、彼らの辞書に緊張の文字はない。そんな感じだ。


 舞台の上では真理子さんのMCが続いていた。

「SWSC!」

と真理子さんは観客に向かって笑顔で叫んだ。

 それに対して、観客からも同じ言葉が返ってくる。

「SWSC!(SWSC!)

 SWSC!(SWSC!)

 桜ヶ丘西ストリィィィートダンス部! (SWSC!)

 SWSC!(SWSC!)」


 真理子さんと観客は曲一つかかっていない体育館で、語り合うように――合唱するように、声を張り合った。


 そして、徐々に大きくなったそれが最高潮に達した時、真理子さんは声を振り絞って叫んだ。


「楽しむ準備は出来てますかぁぁぁ!」


 体育館が揺れるんじゃないかってぐらい、声援が轟々と響いた。


「新参パーティー、一年の部、始めたいと思いまぁ~す!」


 真理子さんの開催の合図と共に、アップテンポの曲が響き、ブレイカーらがアクロバチックな技でド派手に踊り始めた。


 ついに、始まった。

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