無礼キング軍団
「じゃあ、一通り踊ってみるぞ」
と利華さんはスマホの再生ボタンを押した。
真理子さんはイベントの打合せをするため生徒会室に行くと言って、もういない。
もともと、部の様子を覗くためだけに来たらしい。
ハイテンポな曲が流れ始める。
見学会の時に美希音さんが流したものだ。
S.SUZUKIというアーティストの作品だと、利華さんが教えてくれた。
ファーイブ、シックス、ファイブ、シックス、セーブン、エイト!
右足でキック。溜めてから大股で一歩前へ。両手を振りながらサイドステップ。
鏡を見ながら、慎重に踊っていく。
本当はノリとかまで考えて踊らなくてはならないそうだが、正直、そこまで手が回らない。
一緒に踊る利華さんが鏡に映っていた。
それを見ながら、何となく似た感じになるようにするのが精一杯だ。
ファイブ、シックス、セーブン、エイト!
終わった。
呼吸が荒い。
たったの三分だが、よけいな力が入っているからだろう、疲労がずっしりのしかかってくる。
僕は両膝に手を当てて、息を整える努力をする。
とにかく、振りは間違わなかった。
今は、良しとしよう。
利華さんの判断は分からないけど。
僕はチラリと隣にいる利華さんを見た。
何やら、考え込んでいる。
マズいところでもあったのかな? と心配になり始めた頃、後ろを向いた利華さんが、「おーい、お前ら!」と叫んだ。
突然のことに驚き振り返ると、見覚えがある一年の男子が三人、こちらに向かって走ってきた。
しかも、すごい勢いで。
そして、なぜか利華さんの足下近くにヘッドスライディングで突っ込んできた。
「うぉ!?」
思わず声を上げてしまった僕のことなど無視して、三人組はブッダが寝転がるような格好で、利華さんを見上げる。
そして、「遂にですか」と熱っぽく叫んだ。
「遂に出番ですか!?
ようやく俺たちの出番ですか!?」
「そうだよ」
と利華さんはうっとうしそうに、手前にいた男子を蹴り飛ばそうとする。
それを、やたらとオーバーアクションでかわすと、三人とも立ち上がった。
そして、僕の方にがんがん近寄ってきた。
顔がひきつるのを感じる。
そして、一言、「結構です」と、断った。
「断るな!」
と後頭部に衝撃が走った。
犯人は言わずとしれた利華さんだ。
「まあ、まあ」
と三人組の一人、背の低い男子が声をかけてきた。
「俺らに任せば、心配なしぃ。
お前は踊れや、根性出しぃ」
何故か韻を踏んでいた。
しかも、どや顔してるし。
ああ、この人ら苦手だなあ。
典型的な派手でお調子者で、妙に人気のある三人組だ。
前に自己紹介されたことがある。
確か、いま話しているのが、プチだ。
そういう風に呼んでくれと、自分で言ってた。
ちなみに、チビとは呼んでくれるなと懇願された。
何が違うのかは、よく分からない。
「お前ら、そこに座ってろ」
と利華さんが三人に指示を出した。
そして、僕に向かって、
「これから三十分ほどだが、ここにいる、無礼キング軍団がお前の踊るところを見学するからな」
と説明をする。
無礼キング軍団とは、この一年生三人組が名乗っているチーム名(?)で、まあ、ダンスのジャンルでいうブレイキンとかけているわけで……。
っていうか――。
「け、見学ですか!?
む、無理ですよ!」
と、僕は叫んだ。
とてもじゃない。
目の前に、しかも、こんな気が散る連中がいて、まともに踊れるわけがない。
「あほぉ!」
利華さんに頭を叩かれた。
「本番は五百人近くいるんだぞ!
三人にビビってどうする」
ご、五百人!
立ちくらみがしてきた。
沢山の生徒が見に来ると聞いてはいたが、具体的な数を言われるとかなりビビってしまう。
今からでも、辞退って出来ませんか?
「だから!」
と利華さんは僕の目の前に人差し指を突き立てた。
「まずは、この人数から慣らしていくんだろう。
こいつらだって、練習しなくちゃいけないんだぞ。
それを、わざわざ申し出てくれたんだ。
ありがたく思え!」
そう言われると、なるほどと思えた。
そして、三人に対してもありがたくも、申し訳ない気もする。
だが、しかし……。
「新太、マジビビりだなぁ~!」
「でもいいな~
利華さんみたいな美女と踊れてぇ」
「うらやましい。
っていうか、ムカつくわぁ」
「し~ね! し~ね! し~ね!」
「やかましい!」
と三人に怒鳴った。
「だったら、代わってよ!」
ちなみに、僕が哀れにも利華さんに目を付けられた日に、この三人はいなかったそうだ。
「だってなぁ」
とプチが残念そうな顔を、半笑いで作った。
「俺ら生粋のブレイカーだからなぁ。
その他のジャンルはやらないぜ全然。
その方が完全、かっきーぜ断然」
「あー ラップって人によってはこんなにうっとうしくなるんだね」
と僕は嫌みを言った。
ちなみに、ブレイカーとは、ブレイキンを踊る人のことだそうだ。
っていうか、だったら、ムカつくとか言うな、とか。
僕なんか、どのジャンルも踊れないんだぞ、とか。
色々突っ込み、非難したかったが、利華さんに頬を思い切りつねられた。
「痛いですって!」
と文句を言うと、「うるさい!」と利華さんは怒鳴った。
「何でも良いから練習するぞ!
時間がないんだから!」
時間の浪費は自分に返ってくる。
だから、そう言われると何も言えなくなる。
「頑張れよぉ」
とプチがにやにや笑いながら、僕らが使っていた姿見の前に座った。
他の二人もそれに習う。
利華さんがプチの前にCDデッキを置き、合図をしたら、再生するように頼んだ。
そして、立ち位置について僕に軽く指示を出す。
本当に踊るのか?
人前で……。
胸の鼓動が強くなり、だんだん息苦しくなってきた。
チラリと、プチ達の方に視線を向けてみる。
三人とも、ニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。
たったそれだけのことだ。
それだけのことなのに、一つ一つの行動をするのにプレッシャーがかかる。
何か間違ったことをしていないか、怖くなる。
そして、浮かんできたのはあの舞台での光景だ。
一人、立ちすくんだあの……。
「くそっ!」
僕は何とか落ち着こうと、自分の後頭部を軽く叩いた。
「新太」
と利華さんが声をかけてくる。
「とりあえずは、気楽に踊ればいい。
踊るって言うか、振りをなぞる程度でいい」
「はい」
と僕は自分でも分かるぐらい強ばった顔で頷いた。
三人組がいる所を正面の中心位置と設定する。
それに併せて、立ち位置に着いた。
まあ、二人だけなので難しいことはない。
等間隔になれば良いのだ。
利華さんが手を上げて、プチに合図を出した。
いよいよ、始まる。
僕は唾を飲み込んだ。
男臭いラップが流れ始めた。
もう、繰り返し聞きすぎて、飽きてしまった曲なのに、どこか聞きなれない感じがした。
音は一緒でも、心の持ちようが全然違うって事だろう。
やるしかない。
僕は心の中でカウントを数える。
ファイブ、シックス……。
「し~んた~!」
と三人組がなぜか、各々叫び始めた。
何やら、楽しそうに。別に、呼んでいるわけでもないのに。
なんだろうか? これから踊るというのに。
ファイ……。
「しんた~!」
何か、うっとうしい。
……ブ、シックス、セー……。
「しっんった~!」
「うるさいよ!
あ……」
振りに入れなかった。
当然のように「あほぉ!」と左足に衝撃が走った。
もちろん、利華さんに蹴られたのだ。
地味に痛い。
っていうか、それどころではなく、「ちょっと!」と僕はプチらを指さした。
「どんな嫌がらせ!?
それ、どんな嫌がらせなの!?」
「おいおい、新太君」
とプチは憎たらしいくも不満げな顔で答える。
ちなみに、他の二人も同じような表情をしている。
「嫌がらせとは失礼だなぁ。
僕らは君に声援を送っているだけじゃないか」
全くですなぁ。そうですなぁ。などと、好き勝手に言っている。
だがしかし、「明らかに嫌がらせであると、確信持って言える」のであった。
無礼キング共が、ぶー! ぶー! と親指を下に突きおろしながら、ブーイングをしてくるので、頭に来た僕もやり返した。
三対一の勝負だったので、とりあえず、両手で思い切り。
そして、やはりだが利華さんに頭を叩かれた。
叩かれるのが僕だけとは不公平だ。
「とにかくだ」と利華さんは僕を睨む。
「前にいる三人を気にせず、踊れるようになれ!
まずはそこからだ!」
気にするなと言われても、気になってしまう。が、そんなことを言っていても始まらないことぐらい分かっていた。
「もう一度お願いします」
と利華さんに頭を下げた。
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