順調な進捗
ファイブ、シックス、セーブン、エイト。
軽運動室では部員らが各々練習をしている。
僕もいつもの場所で振りの練習をしていた。
いつもの――か。
なんや、かんや言って二週間もここに通っている。
正直、不安要素しかない利華さんとのチーム練習だったが、意外にすんなり進んでいた。
「あたしは厳しくしか教えられない女だからな。
ふふっ、まずは崖から突き落とすことから始めようか」
「スパルタ王ですか、利華さん!」
「でも、安心しろ。
どうしても、上れないなら引き上げてやるから」
「お?
思いのほか、優し……」
「そして、また突き落とす!」
「よけい、酷いわぁぁぁ!」
などという、やりとりが初めにあったりして、絶対、きちんと教えてくれない。
その上、出来ないと暴力で訴える人だと思っていた。
が、意外に説明は丁寧で、出来なくてもねばり強く教えてくれた。
なんでも、将来はインストラクターになりたいので、教えることも勉強しているらしい。
「ただのダンスバカではないんですね、利華さん!」
と誉めたら蹴られた。
なぜだろうか?
セーブン、エイト。
何とか、ミスせずに踊りきり、安堵のため息が漏れた。
そこに、後ろから拍手が聞こえてくる。
振り向くと、にこやかな真理子さんと無表情の義也さんが並んで手をたたいていた。
二人とも、来たばかりなのか制服のままだった。
うう、何か恥ずかしい。
僕は少し、顔が熱くなった。
まだ、ぜんぜん自信がなかったからだ。
でも、真理子さんは、「凄いじゃない!」とほめてくれた。
「始めたばかりにしては、上出来よ。
というより、歴が二週間程度とはとても思えない!
実はダンスの経験、あるんじゃないの?
ふふふ」
「いやいやいや」
僕はあわてて否定した。
「ぜんぜん駄目ですよ。
本当に、まだ振りの形しか教えてもらってませんし」
振りの形――そう、僕が教わったのは、ほとんどダンスと言えるものではない。
振りの形だけを習ったのだ。
つまり、このカウントで足を上げる、とか。
曲のこの部分でターンする、とか。
ただポーズを繰り返すだけしか教わっていなかった。
名付けて、『踊れてないけど、踊れている振りをしよう作戦』である。(命名者、利華さん)
要するに、きちんと踊れてなくても振りさえ何となくでも出来ていれば、ダンスをやってるように見えるだろう(希望型)、ということだ。
非常に不本意だが時間がないからと、苦い顔で利華さんは言っていた。
苦肉の策って事だろう。
「それにしては」と義也さんが言った。
「そこそこ、様になってたな。
音も外してなかったし。
所々で、利華の雰囲気すら感じる動きもあった」
もちろん、まだまだ初級者の域は抜けてないがな、とも付け加えた。
それでも、誉められるのは悪い気がしない。
うん、気分がよい。
上達に関しては、正直、別に特別なことではなかった。
種も仕掛けも人並み外れた才能もない。
ただ、寝る間も惜しんで自主練をした。
それだけだ。
それを可能にしたのは、利華さんから貰った動画ファイルだ。
内容は二種類あり、一つは口でカウントを取りながら、利華さんが振りを踊っているもの。
もう一つは曲にあわせて踊っているもの。
帰宅後に、普段のルーティーン(食事とかお風呂とか授業の予習復習とか)を手早く終わらせて、それらのファイルを見ながら練習をしていたのだ。
それが、妙にはまってしまった。
初めの二、三日は、気づいたら外が明るくなっていたなんて事もあった。
確かに、凝り性だと自覚はしていた。
でも、それだけではない。
利華さんのダンスを見てるのが楽しかったのだ。
何回も繰り返し再生した。
それでも、ぜんぜん飽きていない。
アイレン少女隊の利華さんは踊ってはいなかった。
でも、その動きと踊っている利華さんはやっぱり同一人物だなとつくづく思った。
当たり前のことだけれども、同質の雰囲気があった。
武雄さんや義也さんは、利華さんのダンスはつまらないって言った。
でも、僕はそんな風には思わない。
好みにちょうど合うって事かな。
細かいことまではわからないけど。
あと、こんな事を思うとイヤラシい奴みたいだけど、やっぱり、利華さんは奇麗だ。
黒くて長い髪を揺らしながら、踊る姿には、ドキッとしてしまうほどの艶やかさがある。
普段しゃべってる時は、ちょっと、頭が悪そうだし、すぐ暴力振るうしで、ろくでもない人ではある。
だが、踊っている時はいつも、大人びた感じがした。
だから、暇さえあれば何度も繰り返し再生してしまう。
今では、スマホにも入れて、電車の中で見ている。
うまくなった要因は恐らく、そんなところだと思う。
真理子さんは嬉しそうに微笑んだ。
「これは一つの作品という意味でも、楽しみね!
……義也?」
と真理子さんは義也さんを見ながら小首を傾げた。
僕も視線を移すと、何やら、先輩は考え込んでいた。
「どうしたの?」と真理子さんが訊ねると、「いや、少しな」と姿勢を変えぬまま、義也さんは答えた。
「新太の成長が速まるのは良いことなんだが……。
しかし、それが元で悪い方向に事態が進みやしないかと危惧してしまってな」
「悪い方向、ですか?」
と僕が訊ねると、義也さんは首を横に振った。
「いや、考え過ぎか。
気にするな」
と、言いながら義也さんは離れていく。
「ちょっと!」
と真理子さんはその背中に声をかけた。
そして、僕の方に肩をすくめて見せた。
「なによ? あの人は。
意味深なことだけ言って、さっさと行くなんて」
「本当に」
と僕も苦笑いを浮かべた。
「ともあれ」と真理子さんは優しく微笑む。
「後は舞台の上で踊れるかどうかね」
「はい」と言いつつ、苦笑いの苦みが増す。
僕の場合、振りが出来る出来ないより、さらに根本的な部分が大問題だったのだ。
「前にも言ったけど」
と真理子さんは僕の手を包み込むように握った。
先輩の温もりが伝わってきて、心臓が壊れそうになるほどドキドキする。
「失敗してもかまわないから。
ううん。むしろ失敗してしまえって気持ちでいなさい。
それが出来るのは、今しかないんだから。
ね!」
「はい」
と僕はこの美しすぎる先輩に頷いた。
そう言ってもらえるのは嬉しい。
無論、真理子さんが許してくれても、利華さんは髪が天に突く勢いで、激高するだろうが……。
それでも、少し緊張がほぐれたし、心強くもあった。
失敗した文化発表会では、中心的な役割をしていた。
なので、こうやって落ち着かせてくれる頼もしい存在はいなかった。
……なにか近寄ってくる気配があると思ったら、つながっている僕と真理子さんの手が捕まれ、そのまま引き離された。
利華さんだった。
既に、黄色のジャージに着替えている。
「まあ、なあに?」
と真理子さんが目を丸くする。
が、利華さんは僕の方を向き、「何かさあ」とジトッとした視線を送ってきた。
「お前が真理子さんに触れているとムカつくってのもあるんだけど……」
な、なんて言いぐさ。
ただ、僕が文句を言う前に、利華さんは一言付け加えた。
「お前のためってのもあるんだよ。
周り見てみな」
何を言っているのか分からず、僕は周りを見て顔がひきつった。
なんだこれ。
ほとんどの男子が、こちらを見ているってのも、怖いのだが。
みんな、何となくではけしてなく、殺気立っていた。
危ない危ない。
すっかり忘れていた。
真理子さんファンはけして、部外者のみではなく、ダンス部の中にもいるということを。
「ありがとうございます。
利華さん、命拾いしました」
「ふむ。
これからは、気をつけるように」
「ちょっと、何の話?」
と真理子さんは、いまいちピンときていないようだった。
意外に鈍感なところがあるのかもしれない、この先輩は。
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