厳しい指摘

「な、何言って……」

と利華さんはそこまで言って絶句した。義也さんは続ける。

「真理子は言ったはずだ。

 成長の度合いで優越を決めると。

 だとしたら、新太と亜矢の内、どちらが成長しやすいか考えて見ろ。

 答えは簡単だ。


 亜矢がどれだけ才能があろうとも、高いレベルまで上がってしまっている所から、さらに成長させるのは相当努力が必要だ。


 それは、お前が一番よく分かるんじゃないのか?

 だが、新太は違う。

 ……ここまで言えば、分かるだろう」


 そう、僕は全くのゼロからだ。


 もし、基礎中の基礎と真理子さんが言っていたアップダウンを覚えたとする。

 それでも、成長の度合いから考えると、結構なプラスということになる。

 これは、かなり有利だ。


 利華さんも理解したのだろう。目を泳がせている。


「真理子は」

と義也さんはさらに続ける。

「明白に、公平に、物事を進めることを尊ぶ人間だ。

 あらかじめ天秤を一方に傾ける勝負など認めるはずがない。

 もし、新太と組むことでお前が有利になると判断した場合は、何らかの処置をしたはずだ。

 どうだ?

 少しでもそういうリアクションを、あいつはしたか?」


 取っていない。


 あの時は確か、利華さんに人気がないとか何とか言って、打ち切りにした。

 でも、どうだろうか。

 もし、均等になっていないと判断していたのなら、もう一度、参加の有無を確認したのではないだろうか?

 一人だったら心細いが、僕というド素人が参加することになって、ひょっとすると挑戦してみようという気になった一年生もいたかもしれない。

 利華さんのファンと言いつつヘタれた例の女の子も、やってみようかなという気になったかもしれない。

 でも、しなかった。


「ようするに」

と義也さんはきっぱりと言う。

「真理子の中では、それだけ実力が違ってるってことだ。

 そして、それは俺の見解とも一致している。

 今のお前では、武雄には勝てんよ」

「そんなの、納得できない!

 武雄とあたしとじゃあ、積み重ねてきたキャリアが違うんだ!」

 怒鳴る利華さんに対して「そうだな」と義也さんは肯定する。

「そこまで否定する気はない。

 ダンスのスキルを点数に変えるとしたら、お前の圧勝だろう。

 いや、武雄だけじゃない。

 全国のダンサーをひっくるめても、そんなにいるものじゃない。

 それだけの物をお前は持っている」


「じゃあ」と言う利華さんを、「しかしだ」という言葉で義也さんは遮る。


「三つの理由で、お前は武雄にはかなわない。

 俺はそう確信している」

「んだよ!

 それ?」

 利華さんはイライラしながら訊ねた。


「一つは」

と義也さんはそれに答える。

「リズム感だ。

 サウンドバーをやっているんだったよな?

 あいつの父親」

「そうだよ!」

と利華さんはそっぽを向きながら答えた。

 非常に忌々しそうなので、なにが言いたいのか分かっているのだろう。

「武雄のダンス歴はお前に比べて確かに短い。

 だが、あいつは毎日のように、父親の職場に遊びに行っていた。

 大音量でソウルミュージックが流れる箱に。

 そして、小さいながらもダンスフロアーがあるそこで、年季の入ったソウルダンサーが踊っているのを見ている。

 常にそういう空気を吸って育ってきたあいつは日本人離れした、黒人寄りの感覚でリズムが取れる」


 亜矢が似たようなことを言っていたのを思い出した。


 僕ではまあ、踊っている姿を見ただけでは分からなかった。


 ただ、理屈は分かる。


 音楽に合わせて行うのがダンスだ。ならば、子供の頃からずっと音に親しんでいた人が圧倒的に有利だ。

 いわば、ホームグラウンドだから。

「二つ目は」

と義也さんは続ける。

「あいつにはロッキンという絶対的な武器がある。

 だが、お前はどうだ?

 お前には何かあるか?

 何でもそつなく踊れる。

 だが、これなら誰にも負けないっていうものがないんじゃないか?」


 僕は、浩一君が利華さんを称した時の言葉を思い出した。


『オールジャンル、ほとんどのジャンルをそつなく踊れる』

 彼はその時、ほめ言葉として使った。


 だが、義也さんは弱点として挙げた。


 利華さんは何か言おうとして、結局言わなかった。

 その代わりに、「もしもだ」と義也さんが追い打ちをかける。

「バックダンサーであれば、お前は優秀だろうな。

 何でも出来るってことは、どんな要望にも応えることが出来るってことだ。

 どんな曲でも合わせらるだろう。

 だけどな、お前が前に立った時はどうする?

 お前が自分をアピールする時はどうするんだ?

 お前はなにをもって武雄のロッキンに勝つと言うんだ」


 義也さんは探るように利華さんを見た。


 利華さんは目を閉じて義也さんの言葉に耐えていた。


 そして、「三つ目は?」と促した。


「三つ目は」

とそれに義也さんは答える。

「お前のダンスは面白くない」


 恐らく、利華さんはなに言われても耐えようとしていただろう。


 だが、目を見開くと、「なんだよそれ!?」と怒鳴った。


 お前のダンスは面白くない、は武雄さんが言っていたことと同じだった。

 義也さんもそれに同意してるのか。義也さんは繰返す。

「面白くないんだよ、そうなっちまってるんだ。

 奇麗に、完璧に、踊れてはいても、つまらないダンスになってる。

 お前が否定しようとしてもだ。

 今のお前の踊りでは、誰の心も動かさない。

 上手いと思っても、胸には響かない」


 利華さんは苦しそうな、悲しそうな顔をしている。


 自分を根底から否定されたようなもんだ。


 それは、きついだろう。


 誰一人、心が揺さぶられないなんて……。


 なんて……。


「そんなことはないと思います!」


 誰かが叫んだ。

 義也さんは無表情で、利華さんは驚いた顔で僕を見た。


 誰かって――僕だ。


「利華さんのダンスは見ましたけど、すごく感動しました。

 凄いなって。

 もちろん、ド素人の意見ではありますが……」


 勢いで、言っては見たが、後半からは自信が無くなってきた。


 昨日より以前は、ダンスなんてろくに見たこと無かったし。

 それに、すごく感動したのはアトラクション研究部のパフォーマンスの話だし。

 相当的外れな気がした。

 会話に割り込んだことへの叱責や、素人への冷笑を覚悟した。

 だが、義也さんは特に気にする様子も見せなかった。

 ただ、「そうか」と僕に答えた。


「お前がそう感じたのであれば、それだけのダンスを利華は見せたのだろうな。

 実際、その場にいなかったから何とも言えんが。

 俺の意見は、あくまで主観だ。

 ひょっとしたら、間違ったことを言っているかもしれない」


 そこで、義也さんは利華さんを見た。

 利華さんもそれを見返す。


「ただな、俺は自分が間違っているというリスクがあっても、お前に感じたことを伝える。

 それが、先輩として、仲間としての責務だと考えている」

「分かってますよ」

と利華さんは少し視線を外し、すねたように答えた。


 次に、義也さんは僕に視線を送りながら、「やるんならしっかりやれよ」と声をかけた。

 そして、僕らから離れて行く。


「あたしはさあ」

と利華さんが気まずそうに苦笑いを浮かべた。

「あの人苦手だ。

 気のないそぶりのくせに、最終的にはずけずけと言ってくる。

 実にうっとうしい」

「なんか、昨日、今日とさんざん言われてますね、先輩たちに。

 なにか、悪い事でもしたんですか?」

「知るかっての」と利華さんは不機嫌そうに言った。

 そして、表情を少し緩めながら、「まあ、いいさ」とペットボトルのキャップを外した。


「評判だろうが、前評判だろうが、悪いのには慣れている」


 そして、スポーツドリンクを一口飲んだ。

 そこで、僕も渡されていたことを思い出した。

 手に持っていたペットボトルは、すっかり温くなっていた。

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