厄介な先輩
「無理に決まってるじゃないですか!?」
なにを言っているんだこの人は。
あんな動き、いきなりやれって。
だけど、逆ギレなのか何だか分からないが、義也さんの表情が険しくなる。
……怖い。
背筋に冷たいものが走った。
同じ状況でも利華さんの場合は、一応女子なのでまだ、ましだった。
だが、筋肉質で目つきが鋭い義也さんは洒落にならない恐ろしさがあった。
突っ込みがキツすぎたかなと錯乱気味に思っていると、義也さんは語気を強めて言う。
「お前は何かをする前から、出来ないとあきらめる人間なのか?
練習する前から、放棄してしまうような奴なのか?」
「え、ええ?
今、やれってことじゃないんですか?」
義也さんは声を荒げる。
「はあ?
練習もしないで出来るわけないだろう!」
え? え? 僕の勘違いかな?
でも、さっきのだと今すぐって感じだったし。僕はますます焦る。
義也さんは鋭い感じに眉を寄せる。
「おい!
やれるのか、やれないのかはっきりしろ!」
「いや、練習すればやれるとは――思います。
でも……」
とたん、義也さんの表情は真顔になる。そして、僕の肩に手を置くと、「よし」と頷いた。
「だったら、今からブレイキンの練習をやるぞ」
「で、そうなるんですか!?」
と僕は突っ込んだ。
いかん、この人かなり厄介だ。
っていうか、ここの部活、真理子さんといい、無理矢理都合の良い方向に持って行こうとする人ばっかりなのか!
とにかく、僕は何とか立て直そうと、頭を働かせ始めた。
その時……。
「やりませんよ」と、後ろから女子の声が聞こえてきた。
振り向くと、利華さんがうんざりした顔で立っていた。
左手には青色のペットボトルを二本、器用に持っている。
「ほれ」とペットボトルを僕に向けて突き出した。
「え、あ、ありがとうございます」
と僕は条件反射で一本受け取った。
見ると、昔からよくあるスポーツドリンクだった。
まだ、買ったばかりなのだろう。ボトルとその周りに付いている水滴がひんやりと冷たかった。
利華さんは僕と義也さんの間に立ち、
「ブレイキンなんてやりませんよ、こいつは」
ときっぱり言い切った。
そして、僕の方を向くと、「この人さぁ」と説明する。
「無理矢理上げさせた足を取って、自分の都合がいい場所に着地させるんだ。
相手にするな」
おおぉ、なんだろう。
昨日今日で一番頼もしい。
諸先輩方に、さんざんやられっぱなしの利華さんだが、強面の義也さんに対しても堂々としたものだ。怖そうな人に免疫がない僕にとっては尊敬に値した。
「なんだ?」と義也さんはどちらかというと、淡々とした声で利華さんに言う。
「俺は、ブレイキンをやる一年生を増やそうとしてるだけだ。
お前には関係ないだろう」
「あぁ」と利華さんはめんどくさそうに頭を掻く。
「あんたはさぁ、昨日いなかったし。
あたしとこいつはチームを組んでイベント出ることになったんですよ」
そして、促すように僕の方を見た。
……説明するのが面倒になったか。
もしくは、どう説明してよいのか分からないとか。
真理子さんや武雄さんなら雄弁でいて、無駄なく説明しただろうに……。
僕はため息が漏れるのを我慢して、義也さんにこれまでの経緯を説明しようとした。
が、それを制すように義也さんが、「知ってる」と言った。
「はぁ?」と利華さんは訝しげに声を上げた。
それに対して義也さんは、「知ってると言った」と特に感情を込めずに繰り返した。
「真理子から聞いてる。
武雄らと勝負するんだろう?」
利華さんはイライラしながら言う。
「だったらさぁ、やらない理由ぐらい分かるでしょう?
あたしがブレイキンを得意としないことは、あんたは知ってるはずだし」
「お前が得意じゃなくても――」
と義也さんは僕を見る。
「こいつには、合ってるかもしれないじゃないか。
どちらかというと、男向きのダンスだからな。
……さっき、俺がこういう動きをしたの、覚えてるか」
と、義也さんは軽く飛んで、僕の前で腕を振った。
威圧するような、あの動きだ。
っていうか、利華さん、「だからさぁ!」とぎゃあぎゃあ言っているが、完全に無視されている。
哀れだ。
「これはな」と義也さんは続ける。
「ナイフで相手を威圧する動きを摸したものだ。
刺してやるぞ、殺してやるぞと見せつけているわけだ」
「そうなんですか?」と僕は答えた。
雰囲気は確かに出ていた。
でも、そういう意味合いがしっかり込められているとは少し驚いた。
「そこからも分かるように、このダンスは相手を”倒すため”のものだ。
喧嘩の代用と言っていい。
殴り倒す代わりに、自分の方がすげえし、強いし、格好いいと言う所を見せつけて、威圧する。
屈服させる。
それが、ブレイキンだというのが、俺の持論だ」
まあ、それだけってわけでもないがな、とも義也さんは付け加えた。
そして、「どうだ?」と訊ねてくる。
「お前も男だから、何となく分かるだろう。
バトルって聞くだけで、血が騒ぐ感覚を。
それを、実際相手を傷つけるやり方ではなく、ダンスでやろうっていうんだ。
面白いぞ!」
……確かに、聞いてる分には面白そうだ。
僕みたいな、殴り合いの喧嘩なんてろくにしたことがない人間でも、格闘技だったり、アクション映画だったりで、胸が熱くなったりする。
たぶん、多くの女子には分からない感覚だろう。
野蛮だと言われるかもしれない。
でも、男の性というか、本能的なところで、それを求めたりする。
しかも、ダンスでってところが肝だ。
直接暴力を振るわない分、抵抗も少ない。
……まあ、だからといってやろうとは思わないけど。僕はあくまで、『見る』のが好きだ。
とはいえ、一点気になることがあったので聞いてみることにした。
「昨日もバトルのジャッジについ……ゲホ!」
利華さんに横っ腹を蹴られた。
この先輩は本当に躊躇無く蹴る。
「お前も相手にするな!」と利華さんは怒鳴ると、僕の胸ぐらを掴んだ。
さすがに頭に来て、この凶暴な先輩を睨んだ。
「ブレイキンが得意じゃないとかいって、その実、バトルになったらダンスより前に手が出るからじゃないですか!
ダンスってより、リアルファイトになるからじゃないですか!?」
「うっさい!
今出したのは足だ!」
……小学生レベルの返答が返ってきた。
利華さんは、僕を義也さんに突き出すと、「ブレイキンに誘うのは勝手だけど」と言い放つ。
「イベントが終わってからにして!
その後のことは、あたしは知ったことじゃないから」
「ちょ、ちょっと!
なに勝手なことを言ってるんですか!」
僕は首が締まって苦しかったが、必死に声を出した。
イベントが終わったら、僕はアトラクション研究部に戻るのだから。
「今だからこそ、そいつを誘ってるんだ。
後輩思いだからな」
義也さんは静かな口調で言った。
「はあ?」
と利華さんは僕を突き放し、義也さんにくってかかった。
「何言ってるのか、意味不明なんだけど!?」
「なにって」と義也さんはきっぱりと言う。
まるで当たり前のことのように。
「入学早々、負けると分かっている勝負をさせられるんじゃあ、可哀想だろう。
だから、俺と一緒にブレイキンをやろうって誘ってるんだ」
……固まった。
僕も利華さんも。
軽運動室に流れる雑多な曲や、他の部員たちの声がやけに耳に届く。
おそるおそる、僕は利華さんの表情を覗く。
険しい表情の先輩は義也さんをじっと睨んでいた。
「なんだ、不満か?」と義也さんは不思議そうな顔で利華さんを見た。
「よく考えたら、わかりそうなもんだがな」
「んだよ」
と利華さんの体がふるえ始める。
「ふざけるな!
何で、あたしが負けるんだよ!」
周りにいる部員の視線が一斉に集まった。
さっきまでも、結構騒いでいたが、珍しくも何ともないといった感じで無視されていた。
だが、流石にこの怒声は聞き流せなかったらしい。
「利華さん、落ち着いて」と僕は恐る恐る声をかけた。
今にも、義也さんにつかみかかりそうだったからだ。
でも、「おまえは黙ってろ」と一睨みされてしまった。
とはいえ、義也さんの方を向き直すと、利華さんは軽く深呼吸をした。
本人もカッカする気持ちを押さえようとしているようだった。
武雄さんとは違い、相手は先輩だ。
さすがに、喧嘩腰にはなれないってことだろう。
「そりゃあさぁ」と利華さんは頭を押さえて、耐えるように言った。
「新太ってハンデはあったりするし。
あいつの実力だって、知ってますしね。
だからって……」
「お前は勘違いしてるな」と義也さんは利華さんの口上に割り込む。
「はぁ?」と利華さんは訝しげな顔になった。
僕は義也さんの指摘が分かった。
昨日、真理子さんの話で気づいたことだ。
「逆だよ」と義也さんは言い切った。
「新太はお前のハンデじゃない。
武雄へのハンデだ」
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