罰ゲームの詳細決定
「自由に座っていいから」
とドアを開けつつ、先導する真理子さんは指示を出した。
軽運動室と同じフロアーにある小さな部屋に、僕らは連れてこられた。
普段使っている教室の、半分ぐらいの大きさで、どうやら、ミーティングルームとして使われているようだ。
中央には長机が二つ、長辺を重ねて置かれていて、それを囲むようにパイプ椅子が並べられていた。
部屋の奥に置かれたホワイトボードには「新入生の勧誘について」と女性らしい優しげな文字で書かれていた。
ひょっとしたら、真理子さんが書いたのかもしれない。
今回、真理子さんに連れてこられたのは、イベントで対戦する面々および美希音さんだ。
何で美希音さんも? と一瞬思ったが、よくよく考えてみると、この小さい先輩は例の罰ゲームの発案者であった。
偉く上機嫌で、美術部とかが持っていそうなクロッキー帳を大事に抱えている。
ああ、いやな予感しかしない。
利華さんは不機嫌そうな感じで戸口から一番遠い――長机の広い側面にある席に向かい、また、便宜上ということで、僕もその隣に着席した。
机を挟み、対面にある椅子を引いたのは武雄さんと亜矢で、僕らの垂直面にある――ちょうど、ホワイトボードを背にする位置に座ったのは真理子さん、美希音さんだった。
さて、と真理子さんはニコニコしながら、美希音さんからクロッキー帳を受け取った。
そして、それを開くと、「うふふふ」とおかしくてたまらないといった風に笑った。
「うわー、いやな感じー」
と利華さんが顔をしかめながら漏らした。
武雄さんは平然と、亜矢は苦々しい顔だ。
そして、僕の顔も同級生と同じようなものが、恐らく浮かんでいるだろう。
真理子さんは半笑いのまま、話し始める。
「罰ゲームの内容は既に周知の通り、フラで行きます。
ただ、そのままフラをするのであれば、何の罰ゲームにもならないのは目に見えています。
新太を除く三人にとって、未経験のジャンルとはいえ、人前で踊ることなど朝食前にでも出来る簡単な仕事でしょうから」
そりゃそうだ。
昨日はああいう環境下で聞かされたので、とんでもない罰ゲームではないかと思いこんでいたけども、よくよく考えてみると、フラダンスってハワイでは神に捧げる踊りだ。
それに、日本でも多くの愛好家がいるポピュラーなものといっていい。
僕の僅かばかりの知識というか記憶ではあるが、別段、変な踊りというわけではない。
ウクレレの音に合わせて波を手で表現したりする優雅なダンスだ。
ダンスのダの字も関わったことのない僕にとっては、まさに罰ゲームではあるが、ダンスの玄人である三人にとっては苦にもならないだろう。
「そこで」
とクロッキー帳をこちらに向けながら、真理子さんは吹き出しそうになる。
「こ、こんな感じでやることにしました!」
「……なにこれぇぇぇ!」
「えええ!?」
「はあぁぁぁ!?」
異口同音の叫び声が部屋中に響く。
それは、利華さん、武雄さんらしき人がフラダンスをやっている絵だった。
利華さんのスカートや首にかける花の首飾り――確か、レイって呼ぶもの――など、それらしい装備はされていた。
だがしかし、何故かスクール水着で猫ミミ! しかも、女子である利華さんだけではなく、男の武雄さんまで付けていた。
絵の中の両先輩を、わざわざ恥ずかしいそうな顔で描いているところに、悪意が見て取れた。
「流行物で攻めてみました」
「どこのブームを持ってきてるのよぉぉぉ!」
「昔、とある恩人から聞いた、『センセーショナルは必要だ』という言葉に胸を打たれて」
「誰よ!
この人にいらぬことを吹き込んだのは!
っていうか、そんなんで、胸を打たれないでよ!」
真理子さんのとぼけた発言に、利華さんがつっこむ。
いけない、このままではいけない。絵にある武雄さんは――っていうか、本物もそうだろうが――無骨になりすぎない程度にガッチリとした体格だから、まあ何とか見られたものになっていた。
しかし、しかしだ。
ヒョロ白い(ひょろくて色白な)僕があんな格好をしたら……。
おかしさを通り越して、哀愁すら漂ってしまう。
ただでさえ、人前で踊ることなんて考えられないのに、ハードルが高すぎだ。
ここは、きちんと異論を述べる必要がある。
僕は姿勢を整え、真理子さんを見た。
それに気づいた先輩は僕に微笑みかけてくる。
「どう?
これ、わたしが描いたのよ。
うまくかけているかしら?」
「え? えぇ?」
先手を取られて、僕は動揺する。
「す、すごく上手く描けていると思いますよ。
うん、描写の確かさもそうですが、恥ずかしさを押し隠そうとする利華さんの――」
「そんな話はどうだっていいぃぃぃ!」
と利華さん、亜矢の突っ込みが入り、我に返った。
恐るべき、真理子さん。
危うく、話を別の方向に進められるところだった。
「真理子さん」
と武雄さんが苦笑いをしながら発言をする。
「俺としては罰ゲームなので、この格好でも構わないですが……」
「え? 僕は構い……」『ますが』と続けたかったが、武雄さんは手の平を僕に向けて、それを制した。
そして、利華さんと亜矢を交互に見て話す。
「こいつらの場合、騒ぎになりやしませんか?
特に、利華の場合は面倒なファンが多いので」
面倒なファンと聞いて、僕はクラスに押し掛けてきた生徒らを思い出した。
確かに、あの人らに今回の罰ゲームの内容が知られたら、大変なことになるだろう。
亜矢だって、利華さんほどではないにしても、校内外でそれなりに有名人らしいから、妙な気を起こす輩が出てきてもおかしくない。
不安になり真理子さんを見ると、「大丈夫よ」と笑顔が返ってきた。
「大丈夫ったら、大丈夫。
内容はここにいるメンバーにしか知らせないから。
罰ゲームがあるってことは、一応、部員には伝えるけどね。
詳しくは当日まで内緒ってことで。
当然、あなたたちには箝口令、誰にも言っては駄目よ」
それから、撮影の禁止も徹底するから、と付け加えた。
男子を取るだけという理由も認めないとのことらしい。
例外を出して禁則事項を曖昧にするのを防ぐためのようだ。
よくよく考えたら、面倒なファンや盗撮などの危険性を誰よりも熟知してるのは、この人だ。
美しすぎる真理子さん。
アイドル気質過多な真理子さん。
恐らくは、数多くのそういったトラブルに巻き込まれてきたことだろう。
それはつまり、それらを回避する術を誰よりも知っているということだ。
利華さん、亜矢の二人をトラブルに巻き込むようなことを、よもやしないはずだ。
武雄さんもその話を聞いて満足したのか、何もいわなくなった。
あとは、利華さんと亜矢が悪あがきをしたが、
「なにが不満なの?
負けるつもりはないのでしょう?
だったらいいじゃない。
どうせ罰ゲームは相手がやるのだから」と一蹴された。
確か、昨日も出てきた台詞だが、勝ち気の強い二人には黄門様の印籠並に威力を発揮した。
チーム対決なので、相方の責任で負けるかもしれないと言えばよいのだが、亜矢は武雄さんのせいで負けるなんて絶対言わない。
また、利華さんが僕のせいでと言ったら、後輩に責任を負わすなんて何事かと、お説教を食らうだろう。
まだ、会って二日間しか経っていない。
だが、恐らく真理子さんはそういう人だろうと分析していた。
そして、利華さんはそのことが分かっているからこそ、
「そうだけれどさぁ」
と口を尖らすだけなのだろう。
……ひょっとしたら、僕のせいにするってことを思いつかないだけかもしれないが。
それはそれで、ありえそうだ。
「どこに行ったんだろう?
利華さん」
僕はぽつんと取り残されていた。
いざ、練習することになったのだが、あれほど、時間がないと言っていた利華さんは何処かに行ってしまった。
なので、軽運動室の奥、大鏡の脇で僕はボーッと座っていた。
今回、チーム練習をするに当たり、練習場所を決めようということになった。
対戦チームに練習を見られるのは落ち着かないし、出来云々も当日まで知られたくないというのが理由だ。
そこで、僕らは昨日、今日と使っていた軽運動室――正式名は軽運動室1で、武雄さん、亜矢チームは上の階にある軽運動室2で練習することになった。
軽運動室1では、部員たちが小さなグループに分かれていた。
各々違う曲を流して練習をしているので、色んな音がごちゃごちゃになって流れている。
R&BであったりHIPHOPであったり。
洋楽が多かったが、時々Jポップも聞こえてきた。
あまり、体験したことがない状況なので、少し面白かった。
ほぼ一年生しかいなかった先ほどに比べて、人数が倍増している。
話によると、僕ら対戦組がバツゲームについて打ち合わせている時に、二、三年生が加わったそうだ。
そして、姿見を必要とするからだろう。
基本的には壁に沿うように人が集まっている。
みんなの練習を何となく見渡していた僕だが、少し退屈になってきた。
右隣に目を移せば、僕の鞄と共に、利華さんのスポーツバックと、青くて長方形の板みたいな携帯用スピーカーとポータブルオーディオプレーヤーが置かれている。
利華さんは自由に使っても良いと言っていた。
とはいえ、使っても良いといわれてもなぁ~ などと考えてしまう。
真理子さんに教わった例のアップ、ダウンの音取りをするために曲を流してみようかなとも思った。
だが、まだまだ、全然自信がないのに、みんながいる中、一人で練習するのは恥ずかしかった。
なので、結局座ったままでいた。
「新太」と声をかけられたので視線を前に移すと、武雄さんと亜矢が近寄ってきた。
二人とも軽運動室2に移動するために、スポーツバックを肩に掛けていた。
武雄さんは柔らかな笑顔で、「お互いがんばろうな!」と右手を差し出してきた。
「は、はい!」
と僕は立ち上がり、ぎこちなく手を出して握手をした。
その手は堅く、とても温かかった。
離れ際に亜矢が、「まあ、頑張りなぁ」と振り向きもしないで手を振ってきた。
何で、先輩より偉そうなんだ、あの子は。
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