突然の決定! マジですか!?
「それで、一年生は何人ぐらい参加させる予定なんですか?」
と武雄さんは右手を挙手して訊ねる。
「そうねえ」と真理子さんは思案顔で答えた。
「あまり、多すぎても困るけど。
ある程度の人数――二、三人は欲しいかしら」
「とりあえず、一人ずつ選んでいくってのはどうですか?」
と、武雄さんが更に発言した。
「そうね、それで構わないわ。
利華はどう?」
と、真理子さんは利華さんに振った。
利華さんはまわりを囲む一年生を眺めながら、「構わないですけど」と答えた。
「じゃあ」と真理子さんは訊ねた。
「誰か組みたい人はいる?
この中でも、今日来てない人でもいいけれど」
「じゃあ俺は――」
と武雄さんは意味ありげな笑みを浮かべながら、右手を上げ、すぐ近くに立っていた女の子の肩に置いた。
「適当に選んだ彼女にします」
適当でいいの? と僕は人ごとながら思ってしまった。
が、すぐにその子が先ほど武雄さんに親しくまとわりついていた色黒の女の子だということに気づく。
その茶色い髪を細かく編み込んだ女の子はニッコリと微笑みながら、「適当に選ばれちゃいましたぁ」なんて、武雄さんの方にしなだれかかった。
まわりにいる女の子たちが不満そうに彼女を睨んでいる。
「ちょ、ちょっとぉ」
ついに、武雄さんのファンが声を上げた――訳ではなかった。
それまで、黙って事の成り行きを見ていた実沙さんがくってかかった。
多分……。
口調が、何となくのんびりした感じなので激しさは伝わらなかったが。
「その子を選ぶなんてずるいじゃない」
と苦言を呈す実沙さんに、利華さんは不思議そうにしながら、「どういうこと?」と訊ねた。
「利華、その子のこと知らないの?」
「知らない」と小首を傾げた。
「あっ!」と僕の隣にいる浩一君から声が漏れた。
実沙さんが「その子はねえ」と説明した。
「
「はぁ~!?」と利華さんは血相を変えた。
亜矢さんという女の子は、生意気でいて得意げな笑みを浮かべた。
「チーキーガールズってのはな」と浩一君が声をひそめて教えてくれた。
「三年連続でジュニアの全国大会で優勝した超有名三人組チームだ。
そういえば、あの子は名古屋出身だったな。
そりゃあ、うちの学校に来てもおかしくないかぁ。
迂闊だったぁ」
「そうなんだぁ」
と明らかに白々しい態度で武雄さんが驚いた。
「いやぁ、君、有名人だったんだね。
何となく、右側にいたから選んだだけだったんだが、運がいいなぁ、俺って」
「いえいえ、必然でしょう~」
と亜矢さんは武雄さんの周りにいる女の子を高慢な態度で見渡す。
「一年で、武雄さんの相方が勤まるのって、わたし以外に考えられないしぃ。
それともぉぉぉ、我こそは、って名乗り出られる人がこの中にいるのかしらねぇ」
女の子達は顔を引きつらせ、一斉に目を背けた。
全国一に対抗できるほどの自信がないのだろう。
亜矢さんは満足げな顔をしている。
性格は余り良くなさそうだ。
「なにが偶然よぉ」と実沙さんは一生懸命非難する。
「彼女って、武雄と同じスタジオに通っているはずでしょう!
先輩後輩の仲じゃない」
「まあな」
と武雄さんはあっさり認めた。
実際、本気で騙そうとは思っていなかったようだ。
「スタジオでは、っていうより、ダンスでは亜矢のほうが先輩だけどな。
まあ、学校では最下級生だ。
構わないはずだろ?」
「で、でも……」と、実沙さんはなお、食い下がろうとする。
人のことなのに本当に一生懸命だ。
当事者である利華さんは、話に入り込むタイミングが計れないのかおろおろしている。
「それにしたって、不公平じゃない。
利華が誰と組むことになっても、相方同士のレベルの差で勝敗が決まってしまうのは間違っていると思うよぉ。
そういう、たぐいの勝負じゃないでしょう?」
「実沙」と真理子さんが微笑んだ。
「わたしを侮らないで。
そこら辺を全く考慮していないとでも思ってるの?」
「あ、えっ、そういうつもりは……」
と実沙さんはしどろもどろに答えた。
「ふふふ、あなたは優しいから、論じることに疎い利華が不利にならないように頑張っているのでしょうけど。
でも大丈夫。
この勝負はわたしが取り仕切るのだから、どちらかに圧倒的有利な勝負などさせない。
当然、勝敗を決める方法も、きちんと公平になるように考えているから」
「ほう?」
と武雄さんが興味深そうに声を上げる。
「して、その方法とは?」
「その前に」
と真理子さんは利華さんの方を向く。
「利華、次はあなたが決める番よ。
とりあえず、一人決めなさい」
「はあ」と利華さんは少し間の抜けた声を上げた。
かなり置いてきぼりを食らっていた感じだ。
しかし、すぐに気を取り直すと、迷いなく後ろを振り向いた。
そして、ビシッと指さす。
「あんた、一緒に出なさい」
指の先にはおしゃれにジャージを着こなしている女の子が立っていた。
先ほど、利華さんに声をかけていた中の一人だ。
「わ、わたしですか?」と利華さんに指名された女の子は怯えた顔で後ずさんだ。
そして、腰が引けた状態で両手を前で振る。
「わたしなんて、無理無理、絶対無理です!」
「はあ?」と利華さんが眉をひそめた。
「あんた、あたしと一緒にチーム組んで踊りたいって言ってたじゃない?
ダンス暦だってそこそこあるんでしょう?」
「今すぐじゃなくって、将来の話です!」
女の子は首を思いっきり横に振り、涙目で断った。
「無理なんです!
とにかく、無理です!」
「利華」と真理子さんが声をかけた。
「嫌がっている子に無理強いは駄目よ」
「ちっ!」と利華さんは忌々しそうな顔で舌打ちをした。
そして、別の子を選ぼうと視線を他の一年生に向ける。
が、サァーっという波が引くように一年生らは避けた。
「ちょっと!?」と言いながら強引に捕まえようとするも、みんな必死で逃げる。
なんか、コメディー映画みたいだ。
面白いは面白いけど、なんか違うなぁ。
どうせ、女の子を追いかけるのなら、『マリ○様が見ている』の赤バラ姉妹さん達みたいな、美しさが欲しい所だ。
容姿とか、派手さでは、利華さんも負けてないハズなんだけどなぁ。
などと、当事者ではない僕は、暢気に思った。
まあ、当人にとってはそれどころでは無いだろうけど。
「あらあら」と真理子さんは苦笑いをしながら苦言を呈す。
「すっかり、怖がられちゃったみたいね。
あなたが悪いのよ、不良みたいな態度を取るから。
どうするの?
このままだと、実にくだらない不戦敗よ」
利華さんはイライラしながら、誰彼構わず捕まえようとしている。
だが、そんな態度をすればするほど、みんなは怯えて逃げていく。
それに、利華さんが怖い、怖くない以前に、日本人はこういう場面では消極的になってしまう民族である。
とてもじゃないけど、手を挙げる人はいないと思われた。
利華さんが必死になっているのを見て、亜矢さんは武雄さんの腕にしがみついて一生懸命笑いを堪えている。
真理子、武雄両先輩は呆れた顔をしている。
実沙さんは落ち着かせようと利華さんに声をかけている。
利華さんはそんなのはお構いなしに、右に行っては一年生に逃げられ、左に行っては一年生に避けられ、こちらに来ては一年生に避けられていた。
……ちょっと待った。
だれかれ構わずって……。
利華さんの険しい顔が徐々にアップになってくる。
僕の手首ががっちりと捕まれた。
そして、利華さんの整った顔が至近距離で止まった。
微かに甘い匂いが鼻をつく。
「あんたにする」
「はぁ?」
と僕は間の抜けた声を上げた。
利華さんの顔が更に険しくなる。
「あんたにするって言ってる!」
「いや、あのう……」
と僕は浩一君に助けを求めた。
だが、隣にいたはずの彼はいなかった。
正確にはまわりにいた一年生が誰もいなくなっていた。
利華さんは僕の手を思いっきり引っ張った。
「イタタタ、痛いですって」と僕が非難するのもお構いなし。
先輩らのいる場所まで引きずり出された。
そして、利華さんは宣言する。
「真理子さん、あたしはこいつと組む事にします」
「ふ~ん」
と真理子さんは興味深そうに、薄茶色の瞳で僕を見つめた。
「おぉぉ!」と武雄さんが面白そうに笑った。
「なかなか、いい男を選んだな」
いや、皮肉以外の何ものでない。
僕は恥ずかしくて顔が熱くなった。
「黙れ!」と忌々しそうに利華さんは武雄さんを睨んだ。
なんだこれ、と僕は動揺する。
そこに、突然大音量で曲が流れ、体がビクッとしてしまった。
そちらを見ると、CDデッキの前に満足げに座っている美希音さんがいた。
この人、まだやっていたのか。
しゃがれた声が部屋中に響き渡り、ラッパーが煽るように叫ぶ。
『おめぇ、踊り通し、俺の、思い通り。
抗えるわけねぇ、マジでぜってえぇ。
Y'all cannot but dance! according to my thought!
止まらねぇ、止まらねぇ、止まらねぇ、止まらねぇ』
ま、マジですか!?
心の中で僕は思わず突っ込みを入れた。
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