新参パーティー?

 突然、戸口から女の人の声が聞こえてきた。

「あなた達、何をやっているの?

 説明会もやらずに」

 そちらを見ると、女子というより、女性と言ってもおかしくはないほど大人っぽい人が中に入って来た。

 薄茶色い瞳が印象的だ。

 色白で小さな顔に、黄色がかかった茶色い髪は緩くウェーブをしている。

 それが、うなじのあたりで一本に縛られ、背中まで伸びていた。

 そして、体にフィットした橙色のTシャツに白のスウェットズボンをはいている。


「おお!

 ストリートダンス部の部長、真理子まりこさんだ。

 三年生でジャンルはソウルダンスだ」

と、そこでいったん切り、とても幸せそうな笑顔をこちらに向けて、付け加えた。

「ついでに言えば、学内でもっとも人気のある女子だ。

 マジ、奇麗だな」


 非常に納得できた。


 利華さんや実沙さん、少し、趣向が変わるが美希音さんだって美少女で人気がありそうだ。

 だが、真理子さんには落ち着きのある女性という雰囲気があった。

 その点では二年生の三人では到底かなわないだろう。

「あなたたちに聞いてるのよ。

 いったい何をやっているの?」

 真理子さんは少しきつめの口調で二年生の二人に話しかけた。

 まるで、舞台役者のように一字一句はっきりとした話し方だ。

 利華さんは一瞬、気まずそうにした。

 だが、すぐ思い直したように武雄さんを指さし、何かを言おうとする。

 が、武雄さんがそれに割り込む。

「本当のことを言ったら利華が怒りだしたんですよ」

「本当のこと?」

と真理子さんは、武雄さんを睨みつけている利華さんに近づき、落ち着かせるように、その肩に手を置いた。

「本当のことです。

 利華のダンスは上手いがつまらないって言っただけです」

「あらあら」

と真理子さんは首を横に振ってため息をついた。

「それで、利華が怒りだしたと。

 武雄、あなたって場をわきまえてる人だと思っていたけど、案外子供じみてるところがあるのね。

 わざわざ、一年生が集まっている所で伝えることでもないでしょう?」

「ダンスについては嘘がつけないんですよ」

と、にこやかに答える武雄さんに、真理子さんはあきれ顔で、「訂正します」と前置きをして言った。

「子供じみてるんじゃなくて、子供なのね。

 もう、勘弁してよ。

 あなたたち二年生になったんでしょう」


 そして、利華さんに視線を移し、鋭く睨んだ。


「で、頭にきたあなたはどうするつもりなの、利華?

 殴り合いでもするつもりかしら?」

「ちょ、ちょっと」とその視線を恐れながらも、利華さんは不満げに言った。

「何であたしが睨まれるのよ!

 誰もそんなこと言ってないじゃない!

 あたしだってもう二年なんだだし、殴り合いなんてしないって」

 でも、さっき殴りかかっていたような……。

 武雄さんが口元に手をやり笑いをこらえているのは、僕と同じことを考えているからだろう。

「あら、それは失礼」

と先ほどとは一変して、真理子さんは優しく微笑む。

「じゃあ、あなたは武雄を許すことに決めたのね?

 立派よ」

「待ってよ、本当に!」

と利華さんが慌てた感じで叫ぶ。

「勝手に話を進めないでよ!

 殴りあわないって言っただけで、許すとは言ってないでしょう」


 学内の人気者、真理子さん。

 その実、かなり狡猾な人なのかもしれない。


 利華さんはかなり振り回されている。

「こいつとはバトルで決着をつけるの!

 美希音!

 音はまだ!?」

 真理子さんのペースにはまり、話をうやむやにされることを良しとしないのか、利華さんは美希音さんを急かす。

「S.SUZUKIのCDがあったでしょう!」

「ちょっと待てぇ、ちょっ~と待てぇ」

 急かされているのに、美希音さんはかなりマイペースにCDを選ぶ。

「落ち着きなさい、利華」

 真理子さんが言い聞かせるように声をかける。

「乱暴なことをしないのであれば、まして、ダンスで決着をつけるのであれば、邪魔なんてしないから安心しなさい」

「そうなの?」

 利華さんは意外そうな顔で真理子さんを見た。

「そうよ」と真理子さんは苦笑いをする。

「無論、時と場合ってものについては、あなたたちに物申したい所だけどね。

 でも、ここに至っては……」


 そこで言葉を切り、真理子さんはまわりを取り囲んでいる一年生を眺める。


「これで打切りってするほうが、今後のために良くないでしょうから」

「よっしゃ!」と利華さんは嬉しそうな声を上げ、胸の前でこぶしを手のひらにぶつけた。

 武雄さんは悠然と笑みを浮かべたまま構えている。

 一年生が先ほどよりも大きくざわついた。

「まじかよ、利華さんと武雄さんのバトルが見えるのか……」

と隣で浩一君が呟く。

 彼の方を見ると、つばを飲み込みながら興奮している様子だった。

 かくいう、僕も興奮していた。

 利華さんの本気でするダンスが見えるのだ。

 落ち着けと言う方が無理であった。

 が、真理子さんがそれに待ったをかけた。


「待ちなさい。

 バトルをするのは構わないけれど、勝敗は誰が判断するの?」


「それは……」

と利華さんが落ち着き無く考え始める。

 そんなことより、さっさとダンスバトルを始めたいって様子だ。

 でも、真理子さんが言うように勝敗の決め方はあらかじめ明らかにしておいた方が良いと僕も思う。

 十秒ぐらい考えた利華さんは、結論を出す。


「お互いが判断するってのでいいんじゃないですか?

 相手に負けたと思わせればそれでOKみたいな」


「なに言っているの」

とやや冷たく真理子さんは答える。

「ダンスで負けるぐらいなら、二階の窓から飛び降りた方がましだと、以前、言ってたじゃない。

 そんなあなたが、負けを認めるなんてできないでしょう」


 ぐの音も出ず、利華さんは顔を引きつらせた。


「俺はできますけどね」

と武雄さんは当然のことのように言い切った。

「ダンスのことに関して、俺は絶対に嘘をつかないですから」

 が、真理子さんは武雄さんにも冷めた視線を向ける。

「お子様の言う事なんて信用できるわけ無いでしょう」


 これには、さすがの武雄さんも苦笑いをしながら肩をすくめた。


 そして、「だったら」と提案する。

「観客ジャッジでいいんじゃないですか?

 バトルのジャッジとしては定番ですし」

「却下」と真理子さんは一蹴する。

「ダンスにそれほど親しんで無い子も多いから、ジャッジをさせるのは無理よ。

 下手をすると、どちらのファンが多いかって勝負になりかねないし」

「じゃあさあ」

と利華さんは少し面白くなさそうに言う。

「真理子さんがジャッジしてよ」

「そうねえ……」

と真理子さんは少し考え込む。

 そして、パチンと指を鳴らした。

「どうせなら、もっと面白くしましょう」

「はぁ?」

と、真理子さんの発言に利華さんは眉をひそめる。

「面白く?

 なにそれ?」

「我ながら、ナイスなアイデアよ。

 ふふふ」

と、心の底から楽しそうに真理子さんは手のひらを前に合わせた。

「この勝負、新参パーティーまで持ち越します」

「はぁ?」

と利華さんは訳が分からんというように声を上げた。


「新入生の皆さんの中には知らない人もいると思うので説明します」

と真理子さんは一年生に向かって説明をし始める。


「新参パーティーの新参は新入部員参加強制の略。

 つまり、新入部員は経験者だろうが未経験者だろうが、強制的にショーに参加させられるダンスパーティー、それが、新参パーティーです。

 皆さんもストリートダンス部に入部するのであれば、ゴールデンウィーク明けに行なわれる、このイベントに必ず出演してもらいます」


 ざわめきが起こる。


 かなりの数の一年生がイベントについて知らなかったようだ。

 もちろん、僕も知らない。

 浩一君をちらりと見たが、特に驚いた様子ではなかったので、恐らく、知っていたのだろう。

「で、本題」

と、真理子さんはニッコリと微笑む。

「二年生の二人は、それぞれ任意の一年生と組み、当日、そのチームでショーをしてもらいます。

 そして、その内容で今回の勝敗を決することにします。

 つまり、ダンスショーケース対決ね。

 ジャッジはわたしがやります。

 以上」


「なによそれ!」と利華さんが苦情を言った。


「何でわざわざ、そんなめんどくさい事をしなくてはならないのよ!?

 一年生、関係ないじゃん!」

「関係ない?」

と、真理子さんはすっと目を細める。

「そんな関係ないことに一年生を巻き込んでおいて、そんなことを言うの?」

「ま、巻き込んでなんか……」

「巻き込んでる」

 利華さんの反論を真理子さんは打ち消した。

「本来であれば、見せる必要もないくだらない喧嘩をくどくどと下級生に見せつけたのはあなたたち。

 まさか、今さら二人だけの問題とか言わないでしょうね?

 あなたたちは彼らの大切な時間を侵害してるのよ」

 利華さんが顔を引きつらせる。

 武雄さんは自分の腰に手を置き、困った顔をした。

「巻き込んでしまったことは仕方がない。

 ただし、それ以上、自分勝手な行動をするのは許しません。

 上級生としての責任を持って、この場を有意義なものにしてもらいます」

「なるほど」と武雄さんが少し笑みを浮かべた。

「この勝負に一年生を含めることで、彼ら、彼女らの成長を促そうというわけですか。

 効率がいいですね」

「ご不満?」と真理子さんは微笑む。

 武雄さんは降参の意を示すように両手を挙げて首を横に振った。


 真理子さんの視線が利華さんに移る。


「どうせさ」

と利華さんは口を尖らせた。

「あたしがご不満でも言い負かすつもりなんでしょう。

 もう良いわよ、それで!」

「ふふふ」

と真理子さんは楽しそうに笑った。


 意地悪な感じがしない、春の日射しのような優しい笑顔だった。

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