第8話

 あれから数日。私たちは結構仲良くなった、と思う。私はアミュ様って呼ばれるようになったし、アニスはアニスだけど、ヴィーゲンシュタットは長いからヴィーって呼ぶようになったし。

 え? 何が問題なのかって?

 ……それはね、やることが無さすぎる! ってこと。今だって部屋の机に向かって座ってるだけだし。

 え? 教主のくせに鉛筆を口突き出して鼻と挟むなって?

 いやいや、そんなことしてないってぇ。

 ばたん!

 扉が開き、アニスが私の顔を見るなりこう言う。


「アミュ様! 鉛筆を口突き出して鼻と挟むのはおやめ下さい! 」


 ものすごい形相である。


「……はーい」


 バレてた。




「朝っぱらから変なことはおやめ下さい。教主としての威厳が無くなるでしょう」


 部屋のカーテンを明けながら、やれやれとアニスは首を振る。陽の光が差し込んで、私は目を細める。

 いやまぁうん、分かるよ。トップがこんなんだったらまずいよね、うん。でもさ? でもさぁ。


「暇すぎて」


 ほんとう、これに尽きる。間髪入れずにアニスが反応する。


「前回のロスタ教の歴史のテストは」

「満点とった」

「次回の授業の範囲の予習は」

「してある」

「……お勉強、得意なんですね」

「得意って訳じゃないけど、覚えればいいだけじゃん? 」


 この言葉にアニスは絶句。衝撃を隠せない様子だった。がっ! とわたしの肩を掴んで


「いいですかアミュ様。その言葉を私以外の前で言ってはいけませんよ。絶対、絶対に、です」

「うん……、わかった」


 アニスの表情は逆光で見えなかったが、勢いが怖すぎて、反論する気にならなかった。




「で、どこ行くの? 」


 無理くり部屋を出された私はアニスの後に続いて歩いていた。ちなみに目的地は伝えられてない。


「……城内の聖テルミアの像がある、テルミャ教会に行きます」


 聖テルミアはロスタ教の創始者で、テルミャ教会は一般公開されているラヴィーエビト城内の教会だ。


「あそこに行くのか」


 ふっとロジトが現れた。


「あ」


 アニスが振り返り、「どうしました? 」と言う。


「あ、いや、外に鳥が飛んでいて」


 確かに、よく晴れた雲ひとつない空には一匹の鳥が飛んでいた。それをアニスは確認し、「そうですね」と言った。上手くやり過ごせたことを確認し、私はひそひそ声でロジトに話しかける。


『急に来ないでよロジト』

「なんだ、別にいいだろう」

『私が困るの』


 私の顔を見て、ロジトは首を傾げる。


「そんなにか? 」

『いやだって、急に来たらビックリするし、なにより他の人には見えないし聞こえないから変に思われるんだって』


 てくてく、テルミャ教会へアニスの後に続き、歩きながら話す私と、浮遊しながら話すロジト。じっと私の目を見ながら、ロジトは何かに気がついた。


「お前、髪も目も赤いんだな」


 私はパッとロジトから目を背ける。

 気にしてるのに。


『……何か悪いんですか』

「いや、綺麗な色をしているなと思ったんだ。……テルミアを思い出す」


 綺麗? この色が? いつも怖がられてたのに?

 ロジトの言葉に、少し嬉しくなる。柔らかく笑うロジト。

 しかし私の頭の中には疑問も生まれる。

 創始者テルミアを思い出す? 彼女もこの色だったの?


「そうだ。テルミアも赤色だった。しかしまあ、お前はもっと真紅の方が近いな」


 そうなんだ。って話してないのになんで


「一応考えは読めるからな」


 それ先に言って欲しかったなぁ……。

 と、突然アニスが止まり、私はそれにぶつかりそうになる。が、ギリギリ耐える。


「着きましたよ」


 アニスが私にそう言った。




 ぎぃぃ、と大きく重い木製のドアを開ければ、目の前には大理石で出来たせいなのか、静かで厳かで、ほんのちょっぴり寒い空気が私を出迎えた。ステンドグラスを通った日光が真っ白な床に絵を描いている。

 周りを見れば、教徒たちは教主に気づかず、一心不乱にロジトを模した神獣、ガクと言われる白い毛に金色の目をした狼の像に祈っている。似てるな、ロジトに。


「それにしても、私に気づかないんだね。一応教主なんだけどな」

「ここに来るものたちは皆何か願い事を聞き入れてもらう為です。アミュ様に会いに来ている訳ではありませんから」


 ……まあまぁそうだけどさ。

 やっぱりアニス毒舌と思いながらも、ガクの右にある聖テルミア像を見る。像に色はついておらず、彼女が一体どんな髪色でどんな目の色だったのか確認することは出来なかった。まあでもきっとロジトが言うんだから、そうなんだろうな。


「間違いないぞ」

「! 」


 びっくりするなぁ。心臓に悪い。


「テルミアは橙と赤を混ぜたような色をしていた。髪もそのような感じだった。とても真面目で、人を救うにはどうしたらいいか、いつも悩んでいた」


 そうなんだ。


「髪色と瞳の色は似てても性格は違そうだがな」


 おい、言って良いことと悪いことがあるだろうロジト。ギロりと睨みつけるようにすれば、さっとロジトは目を背けた。


「今日は少ないですね」

「え、これ少ないの? 」

「多い時はこれの十倍ほどはいるかと」


 ほええ。


「国教ですし、影響力はありますからね」

「……そっか」


 ロスタ教はここ、ヴィリアリム公国の国教だっけな。そういえば習ったわ。


「ああ、そういえば明後日に国王陛下と皇太子殿下がおいでになるそうです。アミュ様を見に」


 え?


「それほんと? 」

「本当です」

本気まじで? 」

本気まじです」


 うそやぁあああん!!!!

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