失恋クリーナーと恋する乙女たち

第1話

　スチームクリーナーを知ってますか？

　水を入れると筒先から、高温、高圧のスチームが出て、汚れを落としてくれるあれです。

　僕は、このクリーナーが好きで、飽きずに、汚れが流れて行く様子を見続けていたものです。

　良く出来ていると思う。

　高温で、汚れを溶かし、高圧で、吹き飛ばす。さらに汚れを水が、流してしまう。

　元々、水なので、水洗いと同じ。危険も何もない。文字通り「水に流す」そのものだ。

　自称発明家の僕は、この様に優秀な物を作りたかった。

　そこで作ってみた。

　名付けて、失恋クリーナー。

　失恋して、傷ついた心を元通りの元気な心に戻す。魔法の様なクリーナーだ。

　このクリーナーを胸に当てて使うと、あなたを泣かした相手の事をさっぱりと忘れてしまう。

　使用は、お風呂。

　大きさは、500ミリリットルのペットボトルと同じ。

　湯槽（ゆぶね）の中にクリーナーを入れて、本体から出ているホースを胸に押し当て、スイッチオン。

　お風呂のお湯を吸い込み、噴射されたお湯があなたの胸に当たって、心地よいマッサージ効果と共に、憎くて愛しい相手の記憶を溶かして、吹き飛ばす。　　

　お湯に流された思いは、お風呂のお湯に混ざってしまう。

　最後に、お湯を流して、捨ててしまえば、きれいさっぱり。

　ほら、私って何で泣いていたんだろうと首をかしげます。

　自分の発明ながら、これは売れるぞと思った僕は、特許を取り、全財産を使って、宣伝して、売り出した。

　結果？

　結果は、今の僕を見れば分かるでしょう。

　人生の勝ち組が、こんな時間から公園でブラブラしてる分けないですよね。

　売れましたよ。そこそこにはね。

　いや、売れた数だけ、損害賠償を求められて、この様に、破綻寸前になるしかなかったのです。

　性能？

　ちゃんと説明書通り、出ていましたよ。

　買ってくれた人は、ほとんど女の人です。

　過ぎ去った恋に未練は、残さない。女の人は、よくそう言っていたので納得かと…。

　結果は、ジャンジャン電話が、かかってきて、お風呂の水を流せなくなった人が続出、ほらニュースになったでしょう。浴槽満水症候群です。

　彼氏の事は忘れても、恋に依存して生きていたので、お湯を流す事が出来なくなった様です。

　おかげで、警察に事情聴取される、風呂会社から損害賠償を請求される、捨てられないお湯のタンク代は、請求される、お湯の処理までやらされました。

　破産するかどうか悩みました。

　しかし、最近新たな発明をしたのです。浴槽満水症候群の画期的な治療法です。捨てられないタンクのお湯を凝縮して錠剤化する事に成功したのです。

　五百円硬貨よりやや大きいこの錠剤の名前は、ラブ。

　この凝縮した錠剤をお風呂にポン！

　たったそれだけで、細かな泡があなたを包み、その夜の夢は、素適な彼氏との熱い恋です。

　浴槽満水症候群の人に、試していただきました。治療は、成功です。

　恋に恋する乙女たちにも、安く売ろうと思っています。

　大丈夫。夢みるのは、一晩だけです。次回使用時には、新たなお湯が、必要です。

　浴槽は、洗ってから使って下さい。

　身体に悪い事は、何もないのです。

　ただし、恋愛依存症の人は、御用心です。いくら安くても大量に買うと、お値段は、それなりにしますからね。

　注意書を良く読んで使って下さい。

　　　　　　　　終わり