冷めたパン

朝 目が覚めると 決まって頭痛がする

歳のせいか なかなか疲れも取れない

今日は 体の節々まで痛い気がしてきた


"良真!起きてー!"


台所から寝室に向かって そう叫ぶと

私は朝ご飯の支度をしながら皆んなのお弁当を詰めていく


彼は 10分おきに声をかけないと

なかなか起きてこない

何度も声を掛ける事によって 徐々に目を覚まさせる作戦で

一声目は、タイムリミット30分前からスタートする


それによって子供達がごそごそと起き出して

洗面所の争奪戦が始まった


"plulu plulu pluluplulu"


こんな時に また お義母さんからの電話

このところ 毎日のようにかけてくる

家事でバタバタしている時間帯だろうが

仕事中だろうが

こちらの都合などお構いなしだ


後でかけ直そうと 電話に出ないでいると

やたらと長いメールが何通も届き

返信が遅いと また怒られる。




"早希さん、男はね 外で戦ってるの!

女が全力で支えてあげないと"


"ちゃんと栄養のある食事作ってるの?"


"男に家事をさせるなんて もってのほかよ!"

早希さんは 良真を台所に立たせたりしてないわよねぇ?"


毎回 延々と続く説教に 正直うんざりしていた。


彼が俗に言うマザコンなのは間違いないのだけれど

何かそれだけではないような

正体不明の不信感が募る


この前の お義母さんからの電話の件だってそうだ


"あなた、この前 良真をパシリに使ったそうね。"

"パ、、パシリ?…いえ、あれは…"


決してパシリに使った覚えなどない

そもそも彼が自分から言い出した事だ。


それなのに彼は 私に買いに行かされたとでも言ったのだろうか?

"あれは、良真さんが 自分から買いに行ってくると言い出して…"




「まあ!嘘をつくの⁈」

「いえ、嘘なんてついてません!

あの日は 珍しく彼から そう言ってくれて、、」


「…どうだか、、、、

けどまあ良真は優しい子だから

貴方に気を遣ったのね。…それなのに

早希さん 何が気に入らないの?! 」


それでも お義母さんは私が嘘をついていると疑っているようだった


彼はわざと 私に買いに行かされたと言ったのだろうか?

わざとではなかったにしても

どうして こんな誤解を招くような事を言うのだろう…


しかも あの時の状況を話すわけでもなく

喧嘩の内容を伝えるわけでもなく

ただ一方的に 私の機嫌が悪かった事だけ話しているようだった


かといって 

あの時の話をしたところで

ただ単に中学生の小娘に私がヤキモチを焼いた話にかわりはないわけで


お義母さんが喜ぶような情報を 

わざわざ自分の方から提供するなんて

そんな事はしないほうがいいだろう

私が謝れば済むことだ




「すみません、、、感謝の気持ちが足りませんでした」


そう何度も謝って

その時は静かに電話を切ったのだった



plulu plulu plulu…



今回はまだ朝の7時前だ

私だってパートがあるのに

仕事前にお義母さんの電話に出てしまったら…


どうしようかと決めきれないでいると

"チン"

トースターの合図がなった

私は その着信を気にかけながらも

音量をオフに切り替え

コーヒーを注ぎ 朝ご飯を食卓に並べていく


すると身支度を終えた子供達が 次々と台所にやってきた


"パパ、まだ起きてこないの?そろそろヤバくない?"

長女が言う


"そうねぇ〜"

私は 呆れながら寝室まで様子を見に行った


"ちょっと!もう7時になるよ!起きて!"


少し強めの声で

布団を剥いで彼の体を揺さぶる


"ん〜ん、あと5分"

私が剥いだ布団を また頭から被りなおす


"もう!時間なくなるよ!遅刻しちゃうよ!

私もパートなんだから構ってる時間ないよ!"


もう一度 その布団を奪う


が、それも虚しく 足元の方までめくれた布団に うずくまるように体を縮める


"もう 知らないからね!"

それだけ言い残すと台所に戻った



数分が経ち やっとのことで起きてきた彼は

ダイニングテーブルの椅子に腰掛けると

テーブルに用意されたトーストを一口かじり こう言った


"俺のパン もう焼かなくていいから"


"?どうして?食欲ないの?"


"冷めてかたくなってるから 美味しくない"



"それは 貴方が なかなか起きてこないからでしょう?!"


そう言い返したけれど

彼はまるで 

朝ご飯を与えてもらえなかったかのような暗い顔をして

わざとらしい溜息をついた。


どこの旦那もこんなもんだ。

男の人のあるあるだ

人はみんな 良いところもあれば

悪いところもある。

それは彼も私も同じだ

そう自分に言い聞かせる



結局、彼は 朝のニュースを観ながら

コーヒーを半分だけ飲むと

仕事着のポケットに財布や手帳などをしまい

玄関口に向かう

そして私もそれに続き 玄関まで見送る



すると彼は

靴を履き ドアを閉める瞬間、


"…お腹すいた…"


そうボソッと呟いたのだった




………






パートに向かう途中

何度も立ち止まり

良真の事を考えていた


時々苛立ちと虚しさと

底知れぬ孤独感に襲われる


私が悪いのだろうか?


キリキリと痛む胃を押さえながら

それでもなんとかパート先までたどり着くと

ちょうど会社の社員の人と顔を合わせた


"おはようございます。あれ?なんか顔色悪いっすね?大丈夫ですか?''


大山くんが声を掛けてきた


大山くんは 私より10歳ぐらい年下だけど

よく気が利くし 仕事ができる頼れる上司だ。



"おはよう… え、そ、そう?

やつれてるだけかも、もう歳だから"


そう軽く挨拶を交わし タイムカードを押しにいく


社員の人達と違って

私の仕事といったら

伝票整理や顧客カードの管理

在庫の確認など ほとんどが雑用だ


それでも私は 神経質な性格もあってか

誰がみてもわかりやすく分類したり

在庫の陳列棚も 必要以上に 

整理整頓を心がけてきた

この職場での仕事は 自分にあっていると思っている




"中谷さん これ 凄くよかったよ

参考にさせてもらった"

作業場で いつものように 仕事を始めた時同じ部署の阿部部長がやってきた


前に 社員の人達が企画書の案を出し合っていた時

人手が足りないと駆り出され

私も参加した事があったのだ


色々と試行錯誤しながら

コンセプトの提案やデザインなどを手伝ったりしたっけ


"え、本当ですか?恐縮です。あまりお役に立てなかったですけど、、"


"いやいや、なかなか 鋭い感性だよ

30代女性というターゲットの狙いどころも良かったし 

何より その層の人達の心を掴むのがうまい!

このキャッチフレーズがいい!"



あまりに褒められて くすぐったい感じがする


"そんな、とんでもありません…

褒めていただけるなんて、とても光栄です。

ありがとうございます"


照れ笑いで 御礼を言うと

ちょっとだけ気分が晴れた気がした


自信などなかったのだけれど

自分も何かの役に立ちたくて 

一生懸命 情報を集めた甲斐があった



良真とお義母さんには


"女は外で働くもんじゃない"

とか

"女は男より活躍してはいけない"

とか

"女の幸せは 家庭を守る事でしょう"


とか


さんざんパートに出る事を反対されたけど

ここで働き出してよかった



よし。仕事頑張ろう!


そう気持ちを新たに

いつにも増して 仕事に励む事で

自分の中に湧き起こる負の感情を

私は抑えもうとしていた



この時 すでに38度の熱があった事に気づかずに…







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