母親の存在
「田村さん、これって ここに置いてていいですか?」
そう言いかけた時
俺は 運んできた仕事用のワゴンを
田村が座っている椅子の角にぶつけてしまった。
「ああ、すみませーん!」
もちろん即座に謝った
が、当ててしまった事で田村の椅子が動いて
位置がズレてしまったようで
それを元の位置に戻してやろうと
俺は田村の椅子の背もたれをポンと押した
押したはいいが今度は勢い余って
田村は机の奥にドンっと押し込まれた感じになってしまった
「あ、ごめん。そんなに邪魔だったか?」
と田村
「いえいえ、いいんですよ、すいませんねえ」
と俺は再び謝った
謝ったのに それに対して
あからさまに不服そうな顔をする田村。
なんだよ、、謝ったじゃんか、、、
どこにでも嫌なやつはいるもんなんだろうが
田村もその1人で
俺のする事にやたらと口出ししてきては
その日一日中 機嫌が悪い
昔から手先が器用だった俺は
仕事を覚えるのが早いし
7〜8コ年上の田村より 営業成績だって上だ
それなのに この田村というのが
同じ事を何度も言ってきて、やたらと話が長いんだ
とにかく口うるさくて小言が多いもんだから
俺はいつも適当に話を聞き流している
こういう時も やり過ごすのが1番だ
何か言われる前にと 田村宛ての荷物を渡すと
「じゃ、俺 取引先行ってきますね」
と 逃げるように事務所を後にした
営業車に乗りこむと ちょうど俺の携帯の着信音がなる。母親からだ。
俺の母親は いつも俺の事を気にかけてくれて
こうして よく電話をかけてくる
ホント、親の存在とはありがたいもので
仕事や早希の愚痴を聞いてくれる
良き相談相手だ。
母親も いつも周りに俺の事を自慢しているようで
友達からも羨ましがられているそうだ
高橋のおばちゃんから
「 うちの息子なんて 20歳過ぎてからは
ほとんど口なんか聞いてくれなくなったわよ、
いいわねぇ、あなたのところは仲がよくてー。」
なんて言われたそうだ。
だから俺は 包み隠さず何でも話すようにしている
「あ、もしもし かあさん?」
「良真、仕事はどうだい?頑張ってる?」
「ああ、頑張ってるよ。けど今日も
嫌な顔してくる先輩がいてさあ、気を使うのが大変だよ〜」
「あらそおぉ〜、大変ねえ。
きっと あんたが仕事ができるから嫉妬してるのよ!
だけど、人は人、自分は自分。そんなの気にしなくていいわよ!」
かあさんのアドバイスはいつも的確だ。
俺に口出ししてくるやつは 大抵 俺に嫉妬している
仕事ができるうえに 社長からも気にいられてるからだ
こんな話を早希にすると
「良真が自慢話ばかりするからじゃないの?」とか
「何か変な態度をとったりしてない?」とか
俺の方が悪いみたいな言い方をしてくる
「…それはそうと 早希さんとは うまくいってるの?」
「うーん、、、まあ、普通。喧嘩もするけど…」
「喧嘩?何か言われたの?」
「 言われたって言うか…
この前な、早希が小麦粉買い忘れてたって言ってさ
俺が買いに行かされたんだけどー
わざわざ買ってきてやったのに、帰ったら機嫌悪くてさ、もう意味わかんないよ、」
あの時 何時間かして帰ってきた早希は
話しかけても素っ気ない感じで
その後2〜3日 あまり機嫌がよくなかったのは事実だ
「何それ、人に買い物頼んでおいて、感謝の気持ちのかけらもないわね」
「そうなんだよ!何、その態度って感じでさあ!あいつ、何か気に要らない事があると
いつもそうなんだ!」
かあさんと話すと 気分がすっきりする
かあさんは俺の事を否定しない
俺の事を本当にわかってくれるのは やっぱり かあさんだけだ
それからしばらく早希の愚痴を聞いてもらい気分を取り直し俺は取引先へと向かった
取引先では みんなが俺に気を使ってくれる
中にはパチンコ好きなおじさんがいて
たまに気晴らしに "残業だ"と嘘をついて
仕事帰りにパチンコ屋に寄る事があるんだけれど
行くと このおじさんも来ている事が多い
「おう!兄ちゃん!最近 調子はどうだ?」
「まあ、ぼちぼちですかねぇ、昨日は2万負けちゃいましたよ。カミさんには内緒ですけどね。はははっ」
こんな風に パチンコの話で盛り上がる
「じゃあ、取り返しに行かねぇとなあ、
今日も行くか?」
「いいですねぇ!行きましょう!」
俺は この手のタイプの扱いがうまい
そんな約束を交わしながら
俺は取引先での仕事を なんなくこなし
その後も いくつか外回りの仕事を終え会社へ戻った
その日は そんなに忙しくなく
19時にはすべての業務を終えたのだが
あれ?田村さん まだ残って 何かしてる
まあ、あの人仕事遅いからなあ、、、
自業自得ってやつだろ
俺は ちょっと小馬鹿にしながらも
気付いてないフリをして
"今日は10時コース"
っと早希にメールを送る
よし準備万端。パチンコ屋に急いだ
「大山さん、早いっすねー!」
タバコの煙たさと大音量の音楽が響き渡る店内に入ると
昼間の取引先のおじさんも来ていた
俺は しばらく出そうな台を物色すると
"昨日の二万円 上乗せしてかかってくれよ!"と願掛けをし、
適当な台に目をつけると勝負に挑んだ。
結局、出たり注ぎ込んだりして時間だけが過ぎ
閉店近くまで居たのにプラスマイナス0。
くっそ!ついてないな。
はあ、、疲れた。ずっと座りっぱなしで腰も痛い。
早く帰って飯でも食うかな、、
30分かけてやっと自宅に戻ると早希が洗い物をしていた
「遅かったね…」
「ああ、まあな。田村さんがまたやらかして
俺まで連帯責任だよ」
俺は 酷く疲れた顔を見せて腰を摩りながら
テレビの前のソファーに腰をおろした
「そう…仕事だから仕方ないけど
それって ちゃんと残業代ついてるの?」
残り物のおでんを皿に盛るとテーブルまで運んできた早希が聞いてくる
「残業代?ついてるよ、何で?」
俺は 腹が減っていたせいか
好物の大根を口いっぱいに頬張りながら
そう答えると
「先月も残業多かったでしょ?なのに
あまり残業代ついてないような気がしたから」
玉子に箸を伸ばしたところで 早希が嫌味を
言い出した
「はあ?何?俺の稼ぎが少ないって言いたいわけ?」
「いや、そうじゃなくて…サービス残業でもさせられてるんじゃないかと思って。」
旦那が疲れて帰って来たって言うのに 労うどころか給料の話を出してくる早希
こういうところが 早希の悪いところで
もう少し気を使えよって思う
「それから… 」
俺の顔色も伺わず まだ話を続ける早希
「…お義母さんに何を言ったの?」
「…何も言ってないよ…」
「けど、今日も お義母さんから電話があって
あれこれ言われたのよ?良真が何も言ってないはずないよね?」
「…この前の喧嘩の事だよ…」
「何でそんな事言うの?私達の喧嘩は
お義母さんには関係ないじゃない!」
俺が正直にそう答えたのに
急に早希の息づかいが早くなる
「関係なくはないだろう。俺の親なんだから。
喧嘩したのは事実だし。」
そう吐き捨てると
「!!!喧嘩した事までいちいち報告しなくてもいいでしょ!!!」
早希の顔はみるみる赤身を帯びてきて
興奮で声を震わせている
女ってやつは 何でこうもすぐに怒りはじめるのかわからないが
だからって俺だって 今日は負けてはいられない
「じゃあ、俺に嘘をつけって言うのか?!
喧嘩したのに喧嘩してないって言えって??
だいたい かあさんは心配して電話かけてきたんだろ!!
親が子供の心配するのは当たり前!
なのに お前は かあさんの悪口か?
マジで 最低な女だな!!!」
早希に言いくるめられる前に
俺が先手をとった
「……」
早希は急にだまりこみ
それから何も言い返してこなくなった。
俺の言う事に反論できなくなったんだろう。
「もう、いい!飯がまずくなった」
久しぶりに喧嘩に勝利した俺は
ざまあみやがれと思いっきりリビングのドアを閉め 寝室に閉じ籠もった。
パチンコにも負け 早希からは文句を言われ
憂鬱な気分で布団に入ると
その日1日の疲れがドッときたのか
急激な睡魔に襲われ 10分もしないうちに
眠りについた
これで早希が少しは反省してくれるといいんだが…
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