勇者と呼ばれし者達

T.ko-den

勇者と呼ばれし者達

私は平民だ。


両親は、領主様よりお借りしている畑を耕す農民をしている。

全ての土地が、貴族である領主様の持ち物だけに、この世界では借りる以外方法はない。

そして、作物を育て借り賃と人頭税を支払い生活をしている。

常にギリギリで生活が成り立っている状態で休みもなくひたすら働いていた。

当然のように私もそれを手伝い生きていた。

特別自分になにがあるわけでもないだろうが、日々こうしてこれからも生きていくのかわずかばかりの違和感を感じていた。


『きっかけさえあれば、私のこの世界は変わるのでないのか?』


そう感じていたある日、国中に国王よりひとつの御触れが出る。


『我こそはと思う勇者よ。この国を脅かす魔物を一掃し、魔王を討伐されたし。』


領主様より領内全土に告げられたその国王よりの御触れに私は血が滾るのを感じた。


___これだ。


私の待ち望んでいたきっかけが天より告げられたのだと思った。

正直、それまで魔物など見た事もなく、実際にどんな被害が出ているのかすら耳にする事はなかった。

ただ、魔王を討伐する事は当然のように感じた。


___悪は討たれるべきだ。


いちもにもなく、両親へ魔王討伐へと赴く決心を告げた。

なにかを言いたそうにし、黙り込み…そして精一杯やりなさいと絞り出すように言ってくれた。

…泣き笑いのような両親の微妙な表情は今も忘れられない。


魔物の森まで案内が出るとの事で近隣の領地を巡り魔王討伐を志す者達で長蛇の列を作り先頭の騎乗した案内人へと続いた。

皮の胸当てと槍を与えられ道中は水と干し肉が配られた。

もう数えきれない程の若者達が次々とその列へと加わり歩き続けた。


10日程歩いた頃だろうか、魔物の森の前へとその夥しい数が集まると5人1組へと分けられ、涙ながらに『貴方達こそ真の勇者であり人々の希望なのだと!』と、『この戦いに名乗りをあげた者達を国王は誇りに思っているのだ!』と、何度となく聞かされた。


これから全てがはじまるのだと胸の高鳴りを覚え、回りの若者と同じように槍を突き上げ私達は吠えた。


___魔王を討ち果たすのは私だ!


高揚感が全身を包み、なにか見えない大きな波に取り込まれたかのように、そこに集まった者達はその時確かにひとつになった。

その熱を吐き出すかのように突撃の号令が至る所で叫ばれ、魔物の森を埋め尽くす程の勇者パーティーが雪崩れ込み、動く者全てを無我夢中で突き殺した。

『倒れた敵は止めをキチンと刺せ!』と叫び声があちらこちらで上がり、それに従うように気を付けて何度も突き刺したのを思い出す。

その勢いに恐怖したのか、数に圧倒されたのか逃げ出す敵全てを飲み込み薙ぎ倒すようにして突き進む。

気がつけばパーティーメンバーが何人かいなくなっていて、全身血まみれになっていた。


辺りが暗くなりはじめた時、水場を発見しそこで夜を明かすようだった。

浴びるように水を飲み興奮したまま干し肉をかじる。

誰もが素晴らしい戦いだったとお互いの健闘を称え合った。


夜が明け、皮袋に水をパンパンに詰めるよう指示があり、追加の干し肉が配られた。

そして、森を抜けるまで道がなく食料が届けられないと告げられる…。

そこから先は昼夜問わずひたすら突き進んだ。

まるでイナゴの大群のように動く者全てを蹂躙しながら進む。

水場があれば皮袋に補給し、メンバーが足りなくなれば自分達で再編し、5人1組でひとつの敵に殺到する。

糞尿を垂れ流し全身血まみれのまま時折干し肉をかじり水を飲み奥へ奥へと足を動かす。


ドンドン上手くなっていくのを感じる。

実感出来る程の成長は楽しい。

…沸き上がる楽しさ。

それは耐え難い興奮だった。


次は突き刺す瞬間だけ脇を閉めよう、その方が力が逃げない。

常に力を入れてると疲れてしまう、出来るだけ力を抜こう、指先まで意識して…。

息が切れたらコンパクトに凪払うのと同時に下がって深く息を吐き切ると少し楽になる。

相手が動く限り慎重に気を引き締めて。

どこかに視点を集中すると視野が狭くなる、ぼんやり相手を見る方が広く見えてより安全だ。

思考もなにかひとつに囚われるのは危ない、むしろ空っぽがいい。

骨の位置に気を付けないと武器が絡まり取られる。

相手も動くから動くであろう先に突きを置きにいく。

疲労が溜まると手足が伸びきってしまい動きが悪くなる、対峙してる際は腰を落とす事を意識して足首は柔らかく…。

などなど…実戦から得られる情報は体感としてまるで染み込むように血となり肉となる。

もっと上手くやれる…降り注ぐ有り余る情報…それは、天啓のように体を突き抜ける快感だった。


疲労から目を背け、皆が皆、洗練されていく自分に酔いしれ熱に浮かされるように獲物を求め前へ前へと突き進んだ。


ここにはケガを治療出来る者はいない。

ケガをした仲間は勇者として想いを受け取り長く苦しまないようにとひと突きに殺した。

水と干し肉を貰い進むが、遂に誰しもの干し肉が無くなった。

…まだ、森は抜けてない。


渇きに耐えかねた者が死んだ仲間の血をすすっていた。

それを真似るように仲間が死ねば皆で血をすする。

…たった10日程度。

しかし、魔物の森での連戦は、確かに我らを歴戦の勇者へと変えた。

パーティーメンバーはとうの昔に全員入れ替わっている。

しかし、連携も一人一人の戦闘力も明らかに洗練されていた。


そして、遂に我らは森を抜ける。


あちらこちらで、『食料も水も眼前の集落にある!』と叫び声があがり、『魔物は皆殺しだ!』と、次々と叫び声が飛び交う。

そこからは集落や街などを次々と襲い、女子供家畜に至るまで皆殺しにしては、水と食料を得、しばしの睡眠を取り進んでいった。

道が分かれる度に全体が半分に分かれあちらこちらで集落を襲い魔王城を目指した。

どこの集落でも数百人単位の精鋭と思われる敵兵がいたが、強い敵こそ欲する相手とばかりに誰もが殺到するように蹂躙を繰り返した。

地を覆い尽くす程いた勇者パーティーも、魔王城に到達した時、1/10にも満たない数に減っていた。

それでもまだまだ凄い数だ。

いよいよ魔王城を目の前に皆の興奮もピークに達していると感じた。


___ここまで来て、魔王の首を取らずにはいられない。


野生の獣のようにギラギラと目を輝かせ、染み込んで取れない血まみれの勇者パーティー。

皆が皆、取り付かれたように強敵を…血の沸き立つ戦いを欲している。

あちらこちらで奇声とも思える叫び声が上がり突撃が開始する。

あちらもいよいよ大詰めとばかり戦闘は熾烈を極めた。

見る見る内に敵も味方も数を減らしていく。

敵は、ここを死に場所と決めているかのような命を省みない防戦…。

数で優位な勇者パーティーが狂気をちらつかせ烈火のごとく押し通る。

まさに地獄絵図と言える光景が広がっていた。


玉座の間へと押し入った際、目が合った女子供がなにかを一斉に飲み込んだ。

数十人は居たであろうか…女子供が血を吐き生き絶えた。

それを見届けた魔王が玉座を離れ、宝剣をゆらりと抜き放ち我らへと歩みを進めた。

玉座の間まで辿り着いた勇者パーティーは20人程度…。

全身を鎧で固めた魔王はまるで避ける事を放棄したか如く不用意に近付き一刀の元、勇者を真っ二つに両断してみせた。

静かに立ち上る覇気…。

恐怖を押し殺すように次々に絶叫に近い叫び声を上げ勇者パーティーは飛び込んで行った。

体から何本も槍を生やした魔王は恐るべき太刀筋で勇者を輪切りにし続けた。

常軌を逸した力…、信じられない強靭な意志、ただただ魔王は宝剣を振り続けた。


それはさながら嵐のように…。


突然、プツリと糸が切れたかのように魔王は動かなくなった。

体から伸びる槍に支えられ立ったまま絶命したのだとしばらくして、思い当たった…。


回りを見渡せば動く者は、私を含め3人だけ…。

腰が抜けたようにその場にへたり込み、気が抜けたのか漏らし始めた。

力を振り絞り這うように生きてる者同士近づき抱き合いながら泣き叫んだ。


…それは達成感であり、歓喜の叫びだ。


『私達は遂に魔王を倒したのだ!やりきった…きっと、世界を変えたのだ!!』


ありとあらゆる体液が流れ出るような快感に感情まるごと押し流され、血の海と化したその場所で私達は確かにこの世の全ての祝福に包まれていた。



しばらくすると補給を担当していた貴族様が到着し、賛辞を賜った。

その夜は、魔王城にて湯浴みと綺麗な衣服、酒と豪華な食事…。

この世の者と思えぬねぎらいを受け、翌朝各自の領地まで馬車で送り届けてくれると言う。

誰もが乗った事のない馬車に浮かれ、我々はひとり1台ずつの馬車へと乗り込んだ。


何日も馬車に揺られ領主様の館の前で停まると門の前まで領主様自らが足を運び、この度の褒美の言葉を賜った。


『この度の働きに感謝を授ける。今後も国の為に励んで欲しい。』


その場で馬車も引き上げ、門も閉ざされた。

当然だが、徒歩で家路についた。

久しぶりの我が家に辿り着いた時、わずか2ヵ月程の事だったんだとしみじみと思った。


家は暗く、両親はいずれも過労に倒れていた。

自分が抜けた作業をこなせなかったのだろうか…。

床から聞こえる、『畑が…。畑が…。』とのうわ言…。

私は両親が生きている事をこの目で確かめると、一目散に畑に走った。


雑草が生え、水やりの不足からか枯れていた。

なんとか生きている物を探し水をやり、雑草を抜いた。


それからは忙殺されるようにただがむしゃらに看病と畑仕事に明け暮れた。

このままでは生きてはいけない。

数日は寝る間もなく、何日か後、ようやく眠る時…自分が何者かを思い出した。


___あぁ、そうだ…平民だった。




数日後、魔王討伐を祝して王都でパレードが行われると聞いた。

魔王討伐の英雄として補給を担当していた貴族様が王族の姫と結婚するらしく王都はお祭り騒ぎらしい。


そこで私達は良いように使われたのだと実感した。


確かに、これは『軍としては』おかしい事ではない。

指揮をした大将が手柄を受けとる。

今回で言えばあの貴族様なのだろう。

文字通り剣すら抜かず魔王討伐と言う結果を出した訳だ。


なぜならあの貴族様は補給でしか会ってないし、戦闘などしていない。


…これが貴族。


国王の呼び掛けの元、集まった勇者…志願民兵を従え、魔王を討伐した貴族様という形になるのだろう。

風の噂で志しある勇者は平民の若者達10万人を越える数が集まったと聞いた。


そのほとんどはもういない。


その夜は、死んでいった勇者達を思って泣いた。


翌朝、頭が少しスッキリすると…、今度は死んでいった勇者が羨ましくなった。


あの興奮が煮えたぎる最中死ねたのならば…、こんな上手く使われたなどと知る事もなく勇者として終わる事が出来たのに…。


別に己が成した事が変わる訳ではない。

変わる訳ではないが、成すべき者が成すべき事をしなければ評価には至らない…この世のルールとはそういう事だと理解した。


それを示すように結局、命を賭けて得た物は領主様からの褒美の言葉…。

あの貴族様から言わせると、変えがたい体験そのものとでも言うのだろうか…。


"フッ"


失笑が思わず漏れ出る。



冷静になると魔王とは明らかに人だった…。

今となっては、なぜ魔王などと呼ばれし者を殺さなければならなかったのかすら知るよしもない。


きっとこの国の王族貴族にとって邪魔か、あるいは利があったのだろう。

勇者だ魔王だと騒ぎ立て、平民を煽てて引きずり出すには、それなりに理由がきっとあるのだ。

偉い人達にしか判らない理由が…。


少なくとも私を取り巻く環境は、魔王が居た時も居なくなっても変わりがない。



『俺が魔王を討ったのだ!』


そう叫びたい衝動にかられる。


しかし、理性がギリギリで押し止める。


褒美に言葉しか賜ってないのに、同じ平民からやっかみにあってもおかしくない。


嘘つき呼ばわりされるだけならまだ良い…。

なにか褒美があるかもと、家に強盗を招く一助にすらなる。

果ては、村八分にされる可能性だってある。

貴族様の耳に入れば羽虫を払う様に殺されるかも知れない。

きっと、良い事などなにもないだろう。

…その後の不安しか残らない。


真実を知る者はこの世界にたった3人…。


平民など取るに足らないのか、出した結果に満足しているのか、そんな真実に価値などないのか…あれ以来なんの接触もなく、口止めすらされていない。


…まぁ、きっと全部だろう。


"平民が魔王を討った。"


既にそんな出来事そのものを忘れていてもおかしくない。



あの時、両親の微妙な表情の理由が判った気がした。


国王の呼び掛けである以上、それに答える者を邪魔する行為は反逆罪に問われる危険がある。

そして、呼び掛けに答えても望むものは手に入らないと…きっと知っていたのだ。

戦いの中、燃え尽きる事が出来たならそれも素敵な死に様だと若き想いを飲み込んでくれたのかも知れない。

そして、そんな息子を送り出す事しか出来ない無力な己を失笑したのだ。


…きっと、そうだと今は判る。



正規兵をほぼ失わず魔王領を滅ぼした。


___浅慮な若者達を煽動して。


当然、若者を大量に失った事で国として今後大変な事もあるだろう。

しかし、その全ての大変さは、残された平民達に結局皺寄せがいくだけだ。

王族貴族にとってはまさに妙案と言う訳だ。


あの貴族様にしたら、死んだ若者達に『勇者になる夢を叶えてやったのだ!』とすら、心の底から言いそうだ。

そして、死んだ者達にしてみれば覚めない夢を見たまま逝けた。

…あながち嘘でもない。


まさに真の勇者とでも言うべきは貴族様か…。


"フハハハハ"


考えれば考える程、乾いた笑いしか出ない。

少し泣き出したい気持ちになる。


優秀な者の手の中で見事踊り狂ったのを喜ぶべきか…。

生き残った不運を嘆くべきか…。

少なくとも私の心に染み広がるこれは、浅慮な自分への情けなさだろう。


貴族以外武器を持つ事すら許されないこの世界で戦闘技術が今後生かせるとも思えない。

そんな技術、不和の種にしかならない。


一生涯、あの時の事をきっと思い出す。


…ただ、誰かに話す事はない。


『私は、勇者と呼ばれ魔王を討った事がある。』


その苦い記憶は、戒めとしてきっとこれから幾度となく私を助ける。


私は平民だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と呼ばれし者達 T.ko-den @likexholiday

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ