第5話 陽野原のせいじゃね?

「新刊♪ 新刊♪」


 放課後、今日は月に一回の文芸部野外活動、新刊の購入の日。購入する本は部長に一任されているため、僕の独断と偏見でこの月一万円を超える部費を扱える、バイトをしていない学生にとって気持ちよすぎる日なのだ。


 最寄り駅の駅前にある品揃え抜群の書店、その入口すぐにある新刊エリアを確認する。


「おー、今日もいっぱい出てるね……ぇ?」


 ……なんか見られてる気がする。なんとなくだけど視線感じるんだよね。特にラノベ新刊の辺りに行った時。


「誰だ?」


 振り返ると、見られてるような感じはしなくなって、また本に向き直ると視線を感じる。


「んー?」


 一旦新刊コーナーから離れて、案内図を見に行く。


 さてさて、新刊コーナー全体を見渡せる位置で、すぐ死角に入れるとこは──と、この二箇所ですか。


 ……僕なら多分こっち選ぶし、こっちから行こうか。そもそも人が少ない哲学のゾーンの奥。丁度新刊コーナーだけ見れる絶好の場所。


 ──ただ問題なのは、後ろにも通路があること。そして、書店ということで、足音が鳴りにくいように床にマットが敷かれていること。


「こんなとこで何してんの?」

「わひゃ──んむ!?」


 見覚えのある白い髪に、後ろから声をかけると、叫ぼうとして慌てて口を塞いだ。


「それを考えられる常識があるのに何でこんなことしてんだよ」


 いつものパーカー姿に帽子をかぶってマスク、サングラスをつけた変質者スタイルの陽野原は、恨めしそうに僕を睨む。


「……見て分からないんですか」

「まさか初動十万部越え作家様が自分の新刊の売れ行き確認しに来るわけ」

「いっぺん死にますか?」

「脛蹴ってから言うことじゃないと思うけどね。それは断っとくよ」


 くっそ痛いわ。ちょっと涙目だよ僕。


「で、貴方は邪魔しに来たんですか? それなら帰っていただきたいんですけど」


 私は閉店時間までここにいますので、とまた新刊コーナーに視線を戻す。


「いや馬鹿かよ」

「あ゛?」

「馬鹿だろって言ってんの。そんな見られてたら買いたくても買えないでしょうが」


 オタクってのは臆病なんですよ。ほら、今だって。


「あ……」


 手に取ってもらったのに、キョロキョロと周りを見渡してその場に本を置いて帰っていく名も知らぬ地味めな高校生。


 そしてそれを見て悲しそうな顔をする陽野原。


「僕の言いたいこと伝わった?」

「……はい」


 そんながっつり凹むことかね。気持ちは分からなくもないけど。


「心配な気持ちは分かるけど、何事もやりすぎは良くないってことだな」

「……はい」

「今日はすごい素直なのな」

「三ヶ月に一回ぐらいしか発売日は来ませんからね」


 目の前で購入やめられたら凹みますって、と新刊コーナーから視線を外し、陽野原は変装を解いていく。


「帰るの?」


 僕の質問に、いつもの服装に戻った陽野原は、ため息をつきながら答える。


「えぇ、やることもなくなりましたから」


 テキパキと支度をしてもう店を出る準備もほぼ終わって、あとさよならって言って立ち去るだけって感じ。だがそうはさせん。陽野原には荷物持ちになってもらわねば!


「この後の予定は?」

「ありませんが」

「ふーん?」

「……何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうです?」

「本買うから荷物持ちして!」

「もったいぶってた割にすぐ言うしよく女の子にそんな事頼めましたねデリカシーも配慮もないんですか??」


 冷えきった目で僕を睨む姿に、先程までのしょげた陽野原の面影はない。完っ全に普段のクソ生意気な陽野原に戻った。……自分でやっといてあれだが、それはそれでどうなんだろうか。まぁいいか、うん。陽野原にボコボコに言われるのは俺だけだし。


「よし、いつもの調子に戻ったな?」

「……………………」

「ほら、本選ぶの手伝え〜」

「……この人なんでこんな不器用なんですかね」


 陽野原の独り言なんて聞こえなーい。聞こえなーい。


「はやくー、陽野原が選ばないなら僕が表紙えっちなの厳選して買うぞ」

「さっさとくたばれこの腐れ変態」


 あっはっは。──うん、僕が悪かったから頼むから脛蹴り続けるのやめてくんね!? ローファー硬いんすよ!?


「あの、すんませんまじで軽い冗談なんです許して……」

「ふんっ!」

「いっ!?」


 最後の一発本気じゃん! 腰からだったんですけど! 普通に折れるわ!!


「さて、どれ買います?」


 涼しい顔で、脛を押さえて蹲る僕を見下ろす陽野原。


 パーカーの裾から伸びる足が綺麗だが、残念ながら身長が低すぎてしゃがんでてもパンツが見えるなんてことはない。


「なんか失礼なこと考えてますよね?」

「いえ全く!」


 だからその蹴る寸前みたいなポーズで止まんのやめて貰っていいっすかね。


「……そうですか、じゃあこれでこの話はおしまいです。ここでずっとこんな事してるのは無駄です」


 それだけ言って、陽野原は新刊コーナーを回り始める。どうやら別々で集めようということらしい。まぁそっちの方が早いしな。時間の短縮にもなる。僕が無駄な時間使った分──


「いや、時間無駄にしたの陽野原のせいじゃね……?」


 僕の素朴な疑問は、書店の天井に吸い込まれていった。









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