第2話 二回目も最悪?

「げ」

「顔を見るなりその反応は酷くない?」


 一週間ぶりに部室に顔を出した後輩の第一声が嫌悪感を隠しもしない一文字だった件。


 絶対売れないわ。どう足掻いても駄作の予感しかない。


「そこ、どいてください」

「なんで?」

「私の場所ですので」

「最初の一回来た時に座ってただけだろう?」

「だから私の席です」

「僕は君が来る一年前からその席に座ってるけど?」

「……実力が全てです。そこを空けてください。底辺作家」

「日本は実力主義じゃなくて年功序列を優先してるけど?」

「創作の世界は別では?」

「……はいはい、仰せのままに、百万部作家様」


 立ち上がって席を譲ると、不満げに鼻を鳴らして、僕がさっきまで座っていた席でPCを起動してタイピングを始める。


 こんな傍若無人で礼儀もクソもないやつでも実力はあるんだから腹が立つよなぁ……。僕なんかより全然活躍してるし。


 野原悠。本人が言ってた通り、想井望がもし成功していたら、の世界線をなぞる作家。事実、彼女は『再来』なんて言われるぐらい文章や表現は似ているし、ストーリーも想井望が得意とした失恋から始まる恋愛モノ。


 本物よりずっと、本物らしいってのが世間からの評価だ。


 ま、実際そうなんだけどね。


 いつまでも立っているわけにもいかないので、正直嫌だが空いている陽野原の隣の席に座る。


「なんでそこに──」

「この椅子を動かして向かい側にやったとしたら、ここには本の山ができて君は出られなくなるけど?」

「……すいませんでした」


 こっちだって好きで隣に座ってる訳じゃないからね。下手に文句言われる前にその可能性は潰さないと。お互いの平穏の為に。


 スマホの電源を入れて、主戦場としているウェブ小説サイトを開き、通知欄にある大量のコメント通知をスルーして執筆ページに移動する。


 二ヶ月以上更新ができていない未完の作品をタップして、キーボードに手を置くが、僕の指は動かない。


 プロットはある。流れも覚えてる。でも、何をどう書けばいいか分からない。どうしても、指が、動かない。


「今日も、ダメか」


 作者ページからお知らせ機能使って、僕のアカウントをフォローしてくれているフォロワーさん達に『本日も投稿はありません』とお知らせする。


 隣から通知音が鳴って、陽野原が人じゃない速さでカバンからスマホを出して通知を確認、そして落胆。この間わずか三秒。タイムアタックでもしてんのかよ。


「……いつまでも、お待ちしてます、と」


 行動の速さと相対的に、とても女子高生とは思えない、遅すぎるスマホでの文字入力を披露する陽野原を眺めていると、鋭い目つきで睨まれる。


「……なんですか」

「いや、今どきの女子高生らしくないなと」

「……悪かったですね」


 ……あれ、これで終わり? さっきまでキレッキレの返ししてたのにこんなすぐ終わんの?


「返しにキレがないよ?」

「うるさいですね。今は貴方みたいなちゃらんぽらんに構ってられるような心情じゃないんですよ」


 ため息をついて、両手で祈るようにスマホを握る陽野原。パッと見好きな男子にLIME送って返信待ちしてるようにしか見えない。


「女子か」

「あ?」

「いや何も?」


 これ以上は危険な気がする。元々ずっと人に圧かけて来てるようなものだけど、今のはマジでヤバかった。


 てか女子って言われるの嫌なのか。いや、多分僕に言われるのが嫌なだけだな。悲しい……!


 ……とまぁ、そんなことは置いておいて、とりあえず本でも読みましょうかね。今の僕に出来るのは色んな作品読んでインプットする事だけですし?



 ──────────



「……あの、ひとつ質問に答えてください」


 本を読み終わって、顔を上げたとほぼ同時に、陽野原にそんなことを言われた。


「……もう一回聞いていい?」

「ひとつ質問に答えてください、と言いましたけど」

「答えてくれませんか、ではなく?」

「だって答えない理由がないでしょう?」

「えぇ……?」


 それ言ったら答える理由もないんだけど……。まぁ答えるけどさ。答えるけどさ!!


「で、質問とやらは?」


 僕がそう言うと、意外にも陽野原は何度か躊躇った後に、口を開いた。


「筆を折る理由って、なんですか?」


 ……一番聞かれたくない質問だったな。


「…………それは、僕が答えて何になるんだ?」


 君が知りたいのは、『想井望』が筆を折った理由で、僕のじゃないだろう、という言葉は、多分言わなくても伝わっている。


 それでも何も言わないってことは、黙って答えろって事なんだろうな。こいつが真実に気づいてるかどうかは分からないけど。


「僕が今、小説を書けないのは、書く意味が無くなったからだよ」


 意味がわからない、というような感じで僕を見る陽野原。……まぁ、普通は分からないよな。


「陽野原が小説を書く理由は何?」

「想井先生の小説が褪せないようにできるからです」

「じゃあ、それが叶ったら?」

「え?」

「晴れて想井先生が復活しました。その後は?」


 良くも悪くも、『野原悠』は『想井望』のコピーだ。場を繋ぐことは出来ても、本物が戻ってきた時には、きっと淘汰される立場に追いやられる。


 陽野原の顔が歪む。何かを否定したい、認めたくない。そんな顔。


「……そんな、そんな未来のことなんて──」

「……今この時だけは、エゴを捨てて考えろ現実主義者。未来のことなんて分かりません、なんて逃げは許さない。ちゃんと、自分の言葉で答えろ」


 今までの言動からしてなんとなく分かってたけど、陽野原の反応見る限り、どうやら合ってるらしい。言葉にして数秒で気づくぐらいの痛々しい言葉遣いしてんのに、間違えてたら恥ずかしいから合っててよかった。


「……私、は……書くのを、辞めて、しまう……と、思います」


 陽野原が力なく答える。うん、まぁそうだよね。そういう結論になるよね。


「その結果が僕だよ。書く理由がない。だから、続きを書くこともできない。……読者のため、なんて気持ちが少ない僕みたいなやつなら尚更だよ」


 どうやら陽野原は自分で認めていないだけで読者のためって気持ちが強そうだけどね。たった二日間の付き合いでもわかるぐらい。……自分の気持ちすら認められないって、酷な性分だね。


 じゃなきゃ、書くのを辞めるってワードをあんな苦しそうに言えないって。


「これで質問は終わり? なら僕帰るけど」


 いい時間だし、この話を続けるのは僕自身嫌なこと思い出すからね。


「……はい、ありがとうございました」


 小さい体を、九十度に曲げて僕を見送る陽野原。それだけなのに、違和感がすごい。頭の中での陽野原像が真逆で完成しているせいで、なんというか、気持ち悪い。


「……うん、こちらこそ、力になれたなら」


 それっぽい、中身のない返事をして、僕は部室を出た。


 ……でもまぁ、陽野原が本気で小説が好きそうなのがわかったのは良かったかな。

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