積み上げし者

T.ko-den

積み上げし者

俺は、ただただ剣のみに生きて来た。


幼少の頃より、父から剣を教えられた。

その父がある日、道場巡りをしてる際打ち所が悪かったと遺体となって帰ってきた…。


仇討ちとかそんな高尚な考えでは無かったと思う。

ただ、それ以来取り憑かれたように剣を振るった。

野山から獣を狩り、山菜を摘み、腹を満たしては一心に剣を振るう。

裏山を師とし、家とし、日々を剣と共に生きた。

来る日も来る日もより速くより強く、あらゆる角度から剣を穿つ。

常に剣に己に問いかけ、体の使い方を学び、…日々成長を感じていた。


その時の俺はこの苦痛の先になにかあると疑う事なく信じていた。

一時すら無駄に出来ないとなにかに追われるように剣を振った。


そんな全てを捨て去り欲望を削り切った生活を20年…。

それは言う程簡単ではないし、短くもない…。


…20年。


確かに実感出来る剣との一体感。

一片たりとも自分に嘘なく貫いた自信。

積み上げたそれは純粋な痛みと精神を蝕む苦痛に屈せず勝ち取った物だった。


歳も30手前で今がピークだろう。

…ようやく俺は山を降りる決心をした。


そう、あの日の父を遡るように道場を巡る。




村一番と言われる道場へと訪れる。

道場破りと言う訳ではないが、手合わせを望む兵法者らしき流れ者は定期的にあるようで、慣れた様子で道場へと通される。


"いよいよだ…。"


世に手に入れた強さを知らしめるこれが一歩だと、血が沸騰するような熱を感じる。


「手合わせですので木刀を使用しますが、当然ケガもしますし、最悪もありえます。その所をご了承願えますか?」


道場の中央に進み出た覇気を纏う壮年の男は静かに告げる。


「当然、覚悟の上です。」


俺は落ち着いてそう語った。


「危険だと思えば止めますので、その指示には従って頂きたい。こちらとて無駄にケガを負いたい訳ではありません…。」


声もなく俺は首肯く。


「…では、万が一の際、骸はどちらへ?」


壮年の男は問うた。


「ここで死ぬつもりはありません。」


俺は考えもしなかった思いに気がついた。

そう、ここへ辿り着いて尚、負けるなど想像すらしなかった。

俺の覚悟とは打ち倒す覚悟だ。

自身の積み上げた強さに疑う余地は無かった。


壮年の男は目をそっと伏せ中央より身を引いた。


「某が相手を努めます。宜しく手合わせ願います。」


壁際よりすっと立ち中央に進み出た男は、俺よりも若く見える。

てっきり、覇気を放つ壮年の男が手合わせすると思った俺は舐められたと頭に血がのぼる。


"まぁいい、討ちのめしてやればいい。"


木刀を受け取ると中央に進み出る。


いつものように脱力し、ダラリと自然体に立つ。

右手に剣を持ったまま、ただダラリと立つ。

それが俺が行き着いた構え…。


「よろしいか?」


構えをとらない俺に対し、若く見える男は気を使ったのか声をかけた。


答えのかわりに歩を一歩進め間合いを詰める。


心得たとばかりに若い男は上段へと構えをとった。


相手は、ダンッと一足飛びに勢いよく踏み込んで上段から振り下ろさんとする。

かなり乱暴に間合いを潰すもんだと思うも、その先を考える余裕も時もない。

俺はダラリと下げた剣を振り下ろされるであろう剣筋へと払うように剣を最速で振るう。

返す刀で首を討つとその先の動きまで予見した所で、若い男の振り下ろしが来ずに、こちらの剣が空振りに終わった事を知る。


勢いのある踏み込みと上段の誘いにのってまんまと剣を振らされたと思った刹那、凄まじい風切り音を響かせ相手の剣は頭上でピタリと止まった。


「双方、そこまで…。」


壁際の壮年の男が静かに告げる。


俺はなにが起きたのか呆然とした。

"こんなにもあっさり負けたのか…俺は。"


「待ってくれ!もう一番!もう一番頼む!!」


気がつけば叫びに近い声を上げていた。


「では、私が…。」


更に若そうな男が壁際から立ち上がる。

まだ背丈も体付きも子供に見える…15,6か?

しかし、落ち着いており堂々と中央に進み出るとスッと頭を下げた。


「どうぞ、手合わせ願います。」


正眼に構えた姿は見た目と違い揺るぎない体幹の良さを感じさせる。


"…落ちつけ…落ちつけば負ける訳がない。"

深く息を吐いて自分に言い聞かせる。


相手は、ゆっくりと間合いを詰めてはゆっくりと剣を動かす。

それは、まるで格下の手合わせの練習と言わんばかりに感じられた。


"ふ、ふざけるな!"


自身最速の剣を斜め下から振り払う。

無から動へと転じた渾身の一撃。


"カン"


まるで判っていたと言わんばかりにキレイに受けられる。

キレのある体捌きでスッと側面に回り込んでお返しにとばかりの打ち下ろし。

しかし、剣速は明らかに緩やかだ。


"カン"


今度はこちらが受けさせられる。

いや、受けろと言わんばかりの斬撃…。

余裕かに思える子供は、顔に晴れやかな笑みを浮かべていた。


"見てろ!その顔を蒼白に染めてやる!"


歯噛みをしながら打ち返す。

しかし、またもキレイに受けられる。


その繰り返しが、少しづつ速くなる。

まさに指導か練習とも思えるやりとり…。


"カン………カン……カン…カンカンカンカカカ"


こちらは最速の剣を振るっている。

なぜ、受けられる…なんでだ?


ドンドン速くなる剣戟の応酬…。


"カカカカガガガ"


もう、訳もわからずがむしゃらに受けては打った。

思考を挟む余地などない。


"ゴツッ"


気がつけば相手の打ち下ろしを受けきれず頭に食らって目の前に火花が散っていた。


「それまで!」


俺は、無様に尻もちを付いたまま項垂れる。



"…も、もしや、俺は弱いのか?"


そこで初めてそう思った。

20年、剣しかやってこなかった…。

それでも、…弱いのか?

…一片の嘘も無く全てを剣に打ち込んできたのだ。


なんなんだ…なんでそんな事がありえる?


足元が崩れるような感覚…背中には冷たい汗が吹き出す。

なにが起きているのか理解が出来ない。

それでもしがみつくように言葉を紡いだ。


「も、申し訳ないが、もう一番だけお願いしたい。…そちらの方とどうかお願い出来ないだろうか?」


俺は覇気を伴う壮年の男を指し示した。

恥も外聞も構ってる余裕など一切無かった。


「某は手加減出来ない性分です。…それでも良いですか?」


壮年の男は答えた。


俺は首肯く。


「では、…万が一の際、骸はどちらへ?」


「… … …裏手の山へ埋めてください。」


ようやく、この男とやるなら死ぬかも知れないと実感した俺はそう答えた。

しかし、避けては通れない。

そう、こんな事を認められないからだ。

あってはならない。

絶対にあってはならない。


しばし、目を瞑り…裏手の山での日々を思い出し、剣を確かめるように一振り一振り丁寧に振るった。


"これで負けるようならここで潔く果てよう。"

…20年の全てをぶつける。


俺は深呼吸をひとつ、目を瞑り心を落ち着けた。


「宜しくお願いします。」


中央に向き合い、俺は言った。


壮年の男は中央に進み出ると声もなく目礼をし、ゆらりと片手半身の構えをとった。


"間合いに入った全てを斬る!"


それだけを考え、神経を研ぎ澄ませた。

薄く息を吐く。


"スーーーッ"


時間が永遠とも感じられる程引き伸ばされる。


相手の小手が間合いに入る刹那、剣を振るった。

きっと、人生で最速の斬り払い。


剣先わずかの所をハンマーで殴られたかのような衝撃が走る。

まるで来ると判っていたかのように外され、剣先のみを手首の返しだけで峰で払われていた。

あまりの衝撃で手の感覚が怪しい。


"ゴキッ"


彼は一拍の内、そのまま流れるように打ち下ろしを決め、俺は鎖骨が砕けた音を聞く。




そこからはどこをどうやって裏山へと帰ってきたのか覚えていない。

ただ、腫れてうなされ酷い痛みに数日意識が途切れ途切れでハッキリしないのと、上手く動かぬ右手があれは夢ではないのだと教えてくれる。


「20年…か。」


いまだ横になってる俺は、木々の隙間から覗く晴天を見て呟いた。

情けなく少し泣いていたように思う。


"ここが分水嶺だ。"


なんとなく自身で今が分かれ道だと感じた。


どうやら、俺に剣の才能はないらしい。

少なくとも結果を見れば明らかだ。


"今日までの己の強さとは幻想だった。"


しかし、認めなければ負けでは無い。

継続は力…、成せば成るとも言う。

対人戦闘の経験不足や先達への師事、まだ工夫の余地は残っている。

この身から捻り出せる物は既に無くとも、きっと先達の優れた工夫や知恵を取り入れればまだ昇れるはずだ。

20年で足りなければ40年と考えればまだやれる。


"本当に、あの苦痛の日々を再びやれるのか?"


握りしめた左手の爪が肉に食い込む。


どこか、20年の歳月とは力であると思っていた。

今はそれが同時に呪いのように思える…。

身動き出来ない呪縛のように己を蝕む。

積み上げた物を否定しない為に、これより更なる苦痛へと飛び込めるのか…。


博打で身を崩す者は、大抵失った"なにか"を取り返す為に更なる深みにハマる。

それはまるで呪いか取り憑かれたようにまだ負けてないのだと突き進む…そのほとんどが破滅へと。


それが俺ではないと言えるのか?…。


…あぁ、こんな取り返しのつかない所まで積み上げてしまった。

執着にまで昇華した生存理由と言ってもいい剣の道。

他人事ならまずは貫きやってみればいいと適当に助言するかも知れない。

…その代償を気にする事もなく。


本当にそうか?…自身に問いかけてみる。


よく動かぬ右手が怨めしい。

両の手でダメだったのが、今後片手でそれを超えられるのだろうか?

不安はどんどんと身の内より大きくなり、動悸が抑えられない。

…元通りになるとは今は到底思えない。


"才能も無いのに…苦痛にまみれて20年…。"


声もなく止めど無く涙が溢れる。


ある日、苦痛に耐え誇らしい己が途端に情けなく堪らなくなると一体誰が思うだろう…。


滑稽な己を慰めるかのように涙は止まらなかった。


こんな想いをするくらいなら…この20年ただ痛くない日々を過ごせばよかった…。

出来る事なら、子供の己に伝えたい。



いずれにしても、今後剣に生き続けた馬鹿者か、剣で20年失った馬鹿者か…どちらかにしかもうなれない。

奇跡にすがるなら剣を続ければ億が一、一端の剣士にならなれるかも知れない。

先の戦いを思い出し、いかにそれが愚かな考えか気がつくと恥ずかしさに消えたくなった。


"ありえないか…。"


それは20年に嘘なく向き合ったからこそ胸に迫った答え。

やり直しが出来たとして、あれより凄絶な20年を俺は過ごす事は出来ない。



不意に指導のような剣を振るった子供の顔を思い出す。

"笑っていたな…。"

あれほどの才に恵まれればそれは確かに楽しかろう…。


俺は剣を楽しいと思った事はない。

ただ、己の成長を感じとれたのが楽しかっただけだ。


"そうか…己が成長出来るなら、なにも剣で無くとも良いのだ。"


"あぁ、良いんだな…。"


そこでようやく心が晴れた。

呪縛から解き放たれた気がした。


"惨めに、これ程なく惨めに負けた…。"


「この道に先はない。」


自分に言い聞かせるように呟いた。

体に染み渡るように敗北が滲む。



あるかはわからないが、自らが向いている物を探そう。

今度は苦しくとも離れ難い楽しいなにかを探すとしようか…。

そうすれば、俺だって笑えるかも知れない。

…そう思えば、20年と右手を失っても命があるだけありがたい。


確か、そう…諦めが肝心とも言う。

諦めとは、新たな挑戦の狼煙なのだなとはじめて知った。


晴天の元、俺は死んだ。

…確かに死んだのだ。


熱い狼煙が晴天へと吹き上がる…。



これが、俺と剣との最後の物語…。

敗れし者の新たなはじまりの物語でもある。

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