第6章-2 壮絶な過去 後編

「……えっ!?」

開いた口が塞がらない。まるでマーライオンのように石化してしまった。

(どういうことなんだ…)

本当に訳が分からない。 “?”という名の混乱が次々と大渋滞を起こす。今でも、驚きを隠せてない。一番先が自分の目では見えない程、本当に途方も無く長い。

「…ただの見間違いだよな、これ!?」

昨日の【観察日記】のページと比較しても、あまりに中身が違いすぎる…。


『4月16日(金) 今日は、部活動の仮入部日!私は吹奏楽部を選んだ。理由は、もともと音楽が好きで得意だったから!だけど、練習がきつそうで忍耐強い自分でも、3年間やり切れるかどうか分からない。でも部室が4階にあるから学校周辺が見渡せるし、この近くに住んでる人たちに音楽を奏でていきたいって思った!体育祭や文化祭、地域のイベント活動で難しい吹奏楽曲を、皆で協力して演奏をやり切った時の達成感は半端ないって想像しただけでもワクワクしてきた!もちろん不安はぬぐい切れないけど、絶対に私はやり遂げて見せる!』


『5月24日(月) 今日から中間テストだぁ…。本当にどうしよう、めっちゃ不安になってきた(汗)。まあ、弱気になったって仕方ないか!得意な教科をもっと伸ばして、苦手科目は70点ぐらいに収まったら上出来だと思うし。何より100点取ったら、ご褒美くれるって。私の欲しい物だったらいいなぁ~ 一生懸命がんばるぞー!』


『6月2日(水) 中間テスト、返却されたけど微妙だった…。得意科目の点数も76点と思ってたより低かった。全体的には悪くないんだけど物足りない。特に生物の問3で、道管・師管って分かってたのに、”記号で答えなさい”って後からケアレスミスに気付いた時には、”やっちゃった…”と少しながら後悔した。母からは、勉強に関係なくこういったケアレスミスは普段から練習して、取り組めば減らせるって言ってた。そうと決まれば明日から勉強と部活は、細かいところは気を付けてミスしないようにしよう。必ず上手くなれる!頑張れ、私!』


(76点って、自分からしたらそこそこ高いと思うんだけど…。)

高貴な彼女の考え方に頭が追い付かない。凡人である俺が、今後最も見習わないといけない部分だ。

でも、まるで無邪気な子供みたいな姿で本当に楽しそうな表現が一杯ある。

こういう気持ちを書き記し記録に残すことで、昔どんな性格だったのかを振り返ることが出来る。何よりも自分の心が成長していくきっかけの1つになるし。

とにかく純粋で明るくて、苦しいことがあっても嫌味を言わずに熱心に受け止めて壁を乗り越えていく姿が容易に想像できる。

まさしく普段の彼女なんだが、この時は俺も楽しく読んでいた。


だが、謎が多い。主なものだけでも3つある。

【なぜ俺が好きなのか、それはいつ頃から好きなのか】

【なぜ、デートという手段を使って俺を依存させようと思ったのか】

【彼女の成長日記だったものを、なぜ”観察日記”に置き換えたのか】

俺には理解できないことが多過ぎる。個人的に聴きたいことも沢山あるのだが、あり過ぎて整理が追い付かない。でも、彼女が何かしら隠しているのは明らか。

某アニメの主人公の決め台詞でも、〈真実はいつも1つ!〉と言う。

だけど、2つや3つもあるんじゃないかと思うくらい気が気でならない。

そうやって、誰かに相談するわけでもなく自分だけで疑心暗鬼になって、勝手に自滅していく。悪いところってそういうところか?

この事件は、そうそう簡単には片づけられない…。

俺も優柔不断になったもんだ。まあ、それが良いのかもしれない。


俺は、咄嗟に【観察日記】の終わりのページを見ると、寒さの中で何度も見たあの狂気的な愛情表現があった…。今、見ても吐き気に襲われそうになる。

(…ということは、この間にヒントがあるってこと?)

過去の事件簿を見るベテラン刑事のような真剣な顔で、【観察日記】のページを次々と開いていく。

遅いかもしれないけど、彼女のために何かできることはないのかと探しながら。

白紙のページが何枚も続くようになるが、次のページに一瞬だけ活字が映って顔を天井に背けた。

(自分に出来ることなら…!)

いくら普通である俺でも、困っている人をそのまま放っておく冷遇な人間では無い。

彼女を助け出そうとすることばかり思っていた。

手のひらに汗をかきながらも、ゆっくりと開いた。

だけど、そんな甘ったるい考えは通用しなかった。

なぜなら…


『9月10(金)今、いじめられている。夏休みが明けてすぐに不良のギャルから呼ばれて学校の裏に来たけど、訳もなくホースの水を掛けられた。理由を聞いても、「お前、ムカつくんだよ!消えろよ!」と何度も言われた。何で?私、何か1つでも嫌なことでもしたのかな?本当に分からない。こんなのおかしいよ、理不尽だよ…。』



中一の2学期から、彼女はいじめられていた。

俺の知らないところで。



→第7章「知らなかった彼女の」に続く

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