第4章 真実と理由

【ローマは一日にしてならず】。

俺たちのずっと大昔に繁栄したローマ帝国でも、約700年もの歳月を経てローマという巨大都市を築き上げたことから、大事業は長年の努力なしに成し遂げることなんてできないという例えである外国のことわざだ。

だが、俺の人生は一夜にして一変した。それも、とてつもなく悪い方向に。

起きてしまった過去は変えられない。学校1の美少女とキスしたという事実は消えない。たかがキス、されどキス。だけど写真や動画がTwitterに拡散されて、ただでさえ悪かった印象がさらに悪化してしまった。クラスメートからいじめも受けた。

そろそろ進路を決めないといけないが、こんな状況で大学に行っても写真や動画のせいで変な噂が流れて嫌われて、友達や仲間なんてできずに4年間孤独に過ごさなければいけない程の話なのさ…。

今は1人で頑張って就職活動に勤しむということを真剣に考えているが、そんな軽はずみな考えで会社に内定をもらうことなんて出来ないとも思っている。

約100年前、【不沈船】と称されたタイタニック号の最期が氷山に衝突してその間もなく真っ二つに割れて沈没してしまったように、印象・評判がたった一つの出来事で急落して人生が崩壊してしまうこともあり得ることを、俺は読み切れなかった。

何としても避けないといけなかったフラグだったが、自分には難しくてどこにあるのか回収さえままならなかった。もう良い方向に舵を切れないかもしれない。


自分もあの時はどうかしてた。突然のキスに一旦”俺の意思”で止めたものの、

『キスも、思い出の1つのうちに入らないの?』と、うつむきながら大泣きしてた香織の顔はずるかった。俺は何か心にモヤモヤを抱いてたのかな?”デートという絶好の場で、泣かせてどうするよ!?”っていう、まるで香織と付き合ってる彼氏みたいな男の本音が俺の脳内にハッキリと聞こえた。そうやって”香織の想いに応えよう”とあやかって勢いだけでどうにか乗り切ろうとしてた。その考えが愚直だったのだ。

自分ではめた足枷は、一生外さずに背負っていくべきなんだ。


「裕ちゃん、どうしたの? 何か悩んでるみたいだけど。」

そんな自分を追い詰めてたとき、香織だけが俺に話しかけてくれた。

「香織…。俺は進学やめようって思うんだ。今の状況を見てそんなの出来っこない。行ったとしても嫌われて、すぐに退学してしまう。それならさぁ、この歳で就職するほうがいいと思うんだけど?」

「裕ちゃん、そんなこと言わないで!!こんな大きい事態になってしまったのは私のせいなの…。無理やり裕ちゃんにキスを懇願してしまった私の責任なの…。そのせいでいじめを受けているのも知ってる。」

悲しい時も、苦しい時も、つらい時も、共に励ましてくれた。

「だけど、そんなんで進学なんて諦めたらもったいないの!私も裕ちゃんのサポート、全力で応援するから!」

「うん、ごめん(泣)。弱気になってた…」

こうやって、いつも俺に楽しい生活を送れるような言葉をかけてくれた。元気強くさせてもらって感謝しかなかった。やがて、香織と話しているときだけが俺の楽しみになっていった。いつの間にか、唯一無二の存在になってたのだ。



だから、「 この事件の首謀者は、中野香織だ。」って恭平から言われたときは、

本当に頭が真っ白になってた。それまで仲の良かった味方が、突然敵に寝返るみたいに、裏切られた気分だ。

「え!?か、香織が⁈」カミングアウトにどう反応したら良かったのか分からない。

「香織がそんなことするはずないだろ!それって、勝手に誰かが推測して流し込んだただのデマなんじゃねーか⁈関係ないこと言ってんじゃねーよ(怒)!!」と激しく否定する俺。

「裕也、落ち着け!まぁでも、混乱するのも無理はない。俺自身も、最初聞いたときは驚いて腰抜かしたからなぁ。もちろん今のお前みたいに否定したけど今でも信じられない、正直信じたくない」

香織と仲良く話したり一緒に帰ったりする姿を恭平も見てたからなのか、『香織がやるわけない』とイメージを決めつけてた。俺と考えが一緒だったけど

「ってか香織が事件に関わってる証拠があるのか⁈もし証拠もなくふざけて言ってんなら、マジぶん殴るぞ?」脅し文句を言った。

「大丈夫だ、証拠も揃ってる。事件の主犯だって、すぐにわかる証拠が。」

「容疑者みたいに言うなよ!んで、誰がその証拠持ってんだ⁈まさかお前?」

「違う。」

「じゃあ誰なんだよ!?知ってんだろ?早く教えろよ!(半ギレ)」

「分かったから落ち着けって…。香織の親友さ。そいつから事件のことについて聞いた。正確に言うなら聞かされたけどね。」

「親友?香織は、たくさん友達いると思うんだけど?」

「香織の近所の女友達から。保育園の時から仲良いんだってさぁ~」

「それ、ガチで言ってる?」「あぁ、ガチだ。嘘なんてついたことないって。」

どこか腑に落ちない部分はあったけど、信じることにした。

「分かった。とりあえず、お前のこと信じてみる。」

「ありがと。あぁ-良かったぁ--…」緊張の糸が一気にほぐれたのか笑みを浮かべていた様に思えた、知らんけど。

恭平は、一呼吸したの後こう言った。

「約束してほしい。お前は、知ってはいけない裏の顔を知ることになる。無理に強制することではないけど、知るからには向き合ってほしい。本当にマジでヤバい一面を持っている。覚悟してほしい。」

「逃げないさ。ショックは大きいかもしれないけど、香織と向き合うことで何か変わると思ってるから。」

「OK。今夜、近くの公園で親友たちと会うからお前も来い。待ってるぜ」

「言われなくとも分かってる」

正直言って、一体何を見せられるのかすごく怖い、でもものすごく知りたい。自分としても複雑な心情だが、見方が変わることで今後香織とどう接していけばいいのか考えられる。不安を残したまま、明日は生きていけない。


その夜、恭平と公園で待ち合わせた。身体を縮こませて寒さを凌いでいた。

北原:「あなたが裕也君?初めまして、香織の親友の北原綾乃きたはらあやのです。」

裕也:「は、はい!中村裕也です。よろしくお願いします。」

小山:「こ、小山凛花こやまりんかです…。」

裕也:「は、初めまして…。よろしくです。」

恭平:「皆、揃ったね。じゃあ、始めよっか」

2人は、小さい頃からの親友関係で小中高一緒だから付き合いも良い。年末になると香織からお泊り会に誘われることも多いらしい。

香織以外に女友達は一度も会ったことがない。小さい頃に会っていたかもしれない気はするけども、記憶がない。もちろん、この2人とは初対面だ。

北原:「裕也君、さっそくだけどこれを見て…。」

裕也:「ん?な、何…これ?」

小山:「あ…、あなたの【観察日記】で…です。」

裕也:「へ?か、観察にっ……き?」

どういう事か全くわからない。そんなもの、漫画やアニメしか聞いたことが無いぞ⁉

今日まで俺のことについて、書いてたのか?嫌な予感しかしないが、見ないという選択肢はなかった。自分自身も気になっていたから。


俺は、親友から渡された一冊の【観察日記】をそっと開けた。

「な、何だ…。こ、これは⁈」

そこには、おぞましい光景が、俺を待っていた。

「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好ーき!!、だーいすき♥ 裕ちゃんが手に入れば他に何もいらない!すぐ死んだって良い!!裕ちゃんを邪魔する泥棒猫は、私が排除するからね?一生愛してるよ?そして、一緒に私と墓に入ろう?裕ちゃん♥♥♥」

ゲシュタルト崩壊しそうな『好き』連呼、俺を手に入れたいがために邪魔者を排除したい香織。このノートにたくさん書き記された狂った愛情表現が、俺を包み込む。



禁断された重い扉を、俺は開けてしまった…。



→第5章【続・真実と理由】へ続く





















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