第3章 地獄の中の紅一点

土曜日の午前10時、俺は渋谷にあるスタバで待ち合わせてる。

(なーんで、ハチ公前じゃないんだ?)

渋谷の待ち合わせ場所と言ったら、普通は駅の前にある秋田犬の銅像あるいは”青ガエル”と呼ばれる電車だろう。全然分かってない俺でも言えることだ。

だが、香織が希望した。疑問に思ったけど、自分はどこでも良かったから問題ない。

(うまい、ちょうどいい味だ)

450円くらいしたカプチーノだったが、甘味・苦味のバランスが丁度良く調整されて他のどのカプチーノよりも旨い。みんな”カフェと言ったらスタバ”ってなる訳だ。

俺はスタバブランドの凄さに感賞していた。


10時10分を回った。香織はまだ来ない。

(それにしても、遅いな…。どうしてだろう…、嫌な予感がするのは)

昨日から何だか様子がおかしい。俺は不安げな表情を顔に浮かべた。


まぁ、約束の時間を過ぎたとしても全然気にしてない。『電車が混んでましたー』とか『寝坊してしまいました~』なんて、ざらにあるだろ?あれと同じ。大事な用事じゃない限り、休日は時間のことなんか忘れて楽しむ。正解だと必ずしも言えないけど、その方が絶対に良い。彼女らしき女性が約束の時間に遅れてしまって、彼氏らしき男性が怒って呆れているカップルをよく見るが、マジで無い!!そんな男は、よっぽど時間に追われているか、あるいは遅れてきた彼女に少しも気を遣えないバカだ。

そうやってくだらないことを考えていると、香織がようやくやって来た。だけど、嫌な予感は的中する。

「お、おはよ-⋯。裕ちゃん」

そこには、明らかに寝不足と思えるどす黒いクマが目の下にある彼女の姿があった。栄養が行き届いてない様子で今にも倒れそうだった。

いつの間にか、自然と香織の身体を支えていた。人がたくさんいる中で、倒れられては困る。

「おいおい、大丈夫か! 寝れてないじゃんか」

「うぅ、ごめんね裕ちゃん。昨日、デートだからって寝れなかったからノートに書いてたの」と半泣き気味にしゃべる彼女。

「だとしてもまずいだろ!ほら、肩貸して!」と言うと、彼女の背中を覆うようにして落ち着くまで優しく背中をさするようにした。

「うん。あ、ありがと…(照)」当然のことをしたまでだが、何故か照れていた。

次第に落ち着き何とか喋れる状態になった香織は、ホットなカフェラテを注文した。

「ごめんね、裕ちゃんに迷惑かけちゃったみたい…。」

「別にいいさ。気にしなくていい。気分悪い時ってどうしてもあるからな」

「でも誘っておいてこれじゃあ、私どうしたらいいのかな?分かんなくなってきちゃった…。」不安になる香織。でも、どう返したらいいか何故か分かった気がした。


「不安になるのは分かる。これからデートしに行くんだろ、俺ら?また倒れたらそれこそデートどころじゃなくなる。今日は、元気な状態で”貴重な時間”を1秒1秒大切にしていこうぜ。思い出もたくさん作ろう」

「う、うぅ。あっ、ありっがとーー!(´;ω;`)」

ちょっと言葉が長くなったが、香織はむせび泣いていた。それほど気にしてたのか…


デートの詳細(一部省略)はこうだ。

10:30 SHIBUYA109でショッピング

12:20 表参道ヒルズのオーガニックレストランで食事

14:40 横浜に移動してスニーカーやSNSでバズったお菓子・コーヒー豆など購入

16:45頃 横浜の赤レンガ倉庫で車の展覧会に参加する

18:30 横浜中華街で食べ放題のお店で食事

21:30 最寄りの駅で解散

渋谷→表参道→横浜と結構移動するのと、昼ご飯は渋谷じゃないのかと言いたいことはある。けど俺が決めたことじゃないし、デートとは言ったものの実際は香織に引っ張られるだけの存在だし構わなかった。そういう意味では彼女はこだわりを強く持っている。

『ストラップ、お揃いにしよっか!』

『どのコーヒー豆がいいと思う?』

『この黒いポルシェ、かっこいい!ねえ、写真撮ろうよ!』

『ふぅ、いっぱい食べたねー!』とカップルみたいなことを喋ってた。まあ、第三者から見たときにはカップルなんだけども、終始表情を出さないようにしてた。

で横浜中華街で食事を終えて、みなとみらい線の元町・中華街駅に行っていた。

「今日は、楽しかったね!!」

「うん、そうだね-」

「またデート行きたいな~」「ん?誰と?」

「え-?、もちろん裕ちゃんだよ?」(え、マジで?う、うそでしょ?(困惑))

もし、このデートが学校中のクラスメートに知れ渡ったら、前より居場所無くなりそうな勢いの爆弾発言を平然とかましてきた!

かの有名なアニメの名台詞を代用するなら、〈そこに痺れるが憧れない。〉


と、ここまでは良かった。問題は、香織から発せられたこの一言以降だ。

「ねえ、裕ちゃん。私の気持ち、受け取って!」

そう言うと、俺の口に突然、キスしてきた! しかも、濃密なキスで何度も。

(何だ!?、何か突然キスしてきたぞ!?)

いきなりだったから、何が起きているのか脳が追い付かない。

気が収まるまで続けそうな状態だったから、香織の肩にそっと手をかけてぎゅっと握りしめる。

「いきなりキスなんてどうした?、香織が心配なんだけど…」と聞くと、

「何、言ってるの?まだデートは、終わってないよ?」って返してきた。

「いやいや、香織こそ何を言ってるの?、今日たくさん思い出を作ってきたけど、これでも満足しない?」と優しく言ったつもりだったが、香織は赤ちゃんみたいに泣き始めた。

「うわあぁぁーん!(大泣)裕ちゃんさ、『”貴重な時間”を1秒1秒大切にしていこう、思い出もたくさん作ろう』って言ったよね⁈ キスも、思い出の1つのうちに入らないの?」

「そりゃあ、そうだけど…」約半日前の自分を後悔した。あの時はとっさに単語が出て彼女を慰めようとしたけど、よくよく考えると軽はずみに言える発言じゃない。

香織は間違ってない。軽はずみに発言した俺が謝るべきなんだ。

「ごめん、悪かった。確かに言ったのは俺だ。キスも好きなだけしていい。でも、これからは先に言ってくれよ?」

「うん、分かった!ありがとー!!」そう言うと、彼女は長く何度もキスをした。

乗り気はしなかったが、今回は俺が悪い。これで良いんだ、これで良かったんだと自分に何度も言い聞かせた。周囲の人がスマホで写真や動画を撮ってたりとしていたが、この際そんなの関係なかった。

22時頃、最寄りの駅で解散して1人でとぼとぼ帰った。

(デートの件について学校で炎上しませんように。)こころなしか、そう思ってた。

そんな願いは儚くも崩れ去る。翌日にTwitterを見ていると、香織とのキスシーンが写っている写真や動画のツイートがたくさんあった。

『泣かすとかサイテー』『名前と住所、特定したよ~』もちろん、匿名で誰が上げたのかは知らない。もしかしたら、俺に対して恨みを持ってる奴らが上げたのかもしれない。でも結局どのみち、俺に居場所なんて無くなったんだ。


[※ここから、胸糞表現が多発します。ご了承ください。]


だけど、学校に行った。最悪の週初めだがこのことから逃げるわけにはいかない。

学校中のクラスメートが、今にも地獄に突き落とそうかという冷たい目で俺を見る。

「堂々と学校に来るんじゃねえ!」

「以前の清潔感あふれる香織ちゃんを返せ、この最低クズ野郎!」

「みんなのマドンナを、独り占めして何様のつもり⁈」という嫌な罵声も耳に入る。

授業中でさえ俺が当てられたらバッと振り向き、答えが合っていたら舌打ち、間違っていたら、「おいおい、コイツ簡単な問題を間違えやがったぞww!」とか言って煽ってきた。その度に先生が怒鳴って注意するのだが逆効果だ。

恭平も止めに入ろうとしたがダメだった。事態は収まるどころか、どんどん悪化していく…。お昼休みでは食べてる途中に卵を投げつけられ、放課後の掃除でもゴミ箱を上から被せられてゴミを再び集めようとしたとき、踏みつけられて本当に痛かった。あと、お察しの通り綺麗な制服が1日にして醜いアヒル以上に汚れてしまった。多分、高精度なクリーニングの店へ行ってもお手上げの状態だろう。

否定なんてできない、否定したとしても誰も信用してくれない。居場所なんて無い。

けど、普通の安定した人生を過ごすために俺は学校に通い続けることを決意した。

放課後の掃除が終わり、俺もさっさと帰ろうとしたとき、3人くらいのグループに捕まった。そいつらは、犬が付ける首輪のリールを持っていた。

「何の用、ですか…?」もう心身ともに疲れ切っていた表情で言う。

「お前さぁ、この学校のマドンナ様と一緒に帰ってんだろ?だったらさぁ、これ付けて帰れよ!犬用のリール。」

「え?なぜ?」すると、もう1人がこう言った。

「あんた、マドンナ様を傷つけておいてよくそんなこと言えるなぁ!そんなお前は人間じゃない。犬畜生以下の存在さ。これを付けて、精々可愛がってもらいな!その方があんたにはお似合いな・の・さ!」もはや人間として扱われないってことだ。本来怒るべきなんだが、心身ともに疲れ切っていた俺は首輪のリールに手をかけた。

その時香織が、「いい加減にしやがれえぇぇーーーー!!!、このクソアマどもォーーー!!」と3人に向けて激怒した。

「ひぃ!、香織さん…(震)」さっきまで威勢の強かった3人の顔が一気に青ざめる。

「何やってたんだ、言え!言わないと、目潰しするぞ!(怒)」

「すいません、犬用のリールをつけさようとしました!本当にすいません!」

「何だとォ?それをそのまま私がやってやろうかぁ⁈、あぁ!?」

「そ、それだけはご、ご勘弁を!」

「ダーーーメ。さっきの会話録音してたから。これをPTAに提出したらどうなるんでしょうねえ~~?」

「お願いします!、それだけは止めて下さい!」

「だったら、裕ちゃんに金輪際近づくんじゃねえ!消え失せろ。分かったか!!」

「は、はい!」そう言うと、3人は足早に去って行った。


「だ、大丈夫!?。あぁ、制服がこんなに汚れて…」

「いいよ、俺は動物以下の存在なんだよ。関係ないんだよ…。」とあしらう俺だが、彼女はとっさに俺の上半身を、締め付けられるくらいにぎゅっと抱きしめた。

「そんな悲しいこと、言わないで!!私は裕ちゃんに楽しく生きてほしい、それだけで満足なの!」「うん…」

「けど、あのキスの時から裕ちゃんの人生が変わってしまった…。謝らないなければいけないのは私の方なの!!、ごめんね、本当にごめんね(大泣)!!」と涙を流す。

「ううううぅ、うわあああああああぁーーーーーーーーーん!!!」

俺は温かみを感じ一気に解放されて安心してたのか、落ち着きを見せるまでむせび泣いていた。あの時の彼女みたいに。

自分としても、激怒した彼女の後ろ姿はマジで震えたし滅茶苦茶怖かった。

でも、俺はあの時人間のプライドを捨てようとしたのは確かだ。それくらい心が弱っていた。香織は例えどんな大罪を犯したとしても、俺に生きる価値を示してくれた。感謝してもし切れない、本当に命の恩人だ。


それ以降、だんだんいじめは少なくなっていき名誉も回復した。

もう、SNS事件のことについては気にも留めていなかった。

だが、この事件について急展開を迎える。

5日後、恭平から電話があった。

「何、今寝てたんだけど。」

「おい、あの事件について重要な話がある。大丈夫か?時間取れるか?」

「マジで?、内容は?」

「首謀者の正体が分かったんだがな…、今から俺の言うことはすべて事実だ。誓えるか?」と真剣な口調で話す恭平。

それに対して、「わ、分かった。」と混乱する俺。

そして、真実が明らかになる。


「 この事件の首謀者は、中野香織だ。」

「え!?香織!?」



→第4章「真実と理由」へ続く


































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