第2章 香織からの誘い

金曜日のもうすぐ午前6時を回るときに、俺は突然目覚めた。

「寒っ…」体が縮こまって動かせない。

全身をさすって摩擦を起こして、何とか洗面所にたどり着いた。

「ったく、起き上がるだけでも一苦労だ(呆)」

顔を洗うために、とりあえず水を出した。

だが、氷が張った池にわざと突っ込んでいるかのような水の冷たさに悶絶した。

(あー!、冷てぇー!)決して、気持ちいいという意味ではない。

よく見てみると顔と手の血色が、青みがかった紫に近かったように思える。

根気強く我慢して顔を洗った後、すぐさまリビングに向かい

温かいパンとコーヒーを用意した。

両手をコップにあてながらテレビの天気予報を見てみると

自宅がある地域の最高気温と最低気温が、14の5。

(あー、行きたくない)

それでも学校に行かないと成績に響くからと、朝食を摂った後

制服を着てかばんを左肩に載せたまま、自宅を出た。


毎年この時期でも、額に汗がでる暑さに鬱陶うっとうしさを感じていたけど、

だんだん凍り付く寒さに苛立いらだってきた。読書、芸術、食べ物と本格的な秋シーズンが真っ只中。”自分には関係ない”と逃避する俺は世間から孤立している。

いや、いつものことだったわ。

そこからしばらくして通学路を歩いているとき、誰かに背中を強くど突かれた。


「おはよーってお前、元気かぁ? 気分悪そうだなw」

と煽る彼が新谷恭平にいやきょうへい。高校からできた友達。

これでも面倒見が良くて、休日によく愚痴をこぼすんだけど真面目に聞いてくれるから打ち解けるには早かった。成績は俺よりちょい上だ。喋り方にはイライラするし、もうちょっと言葉は選んでほしいと思ってる。けど、数少ない相談できる仲間の1人なんだ。

「もっと加減を知れよ、恭平。朝から大迷惑だ」

「あれれー?ご機嫌斜めですね~、どうしたんだい?」

「朝の寒さにどうしたらいいんだって頭悩ませてるだけさ」

「ハハ、草。そんなん温めればいいだけのお話よ」

「ハァ…そうですかい」

相変わらず、テンションが高いが、ごもっともな回答だ。何も間違っちゃいない。


そんなことを話しているうちにも、学校の正門近くだ。先生なり学校職員なり挨拶していき、朝のチャイム前には2階にある教室に来ていた。

で、恭平は香織のことについて話してきた。

「んで、お前一緒に帰るのやめてくれってお願いしたらしいじゃねーか、香織から聞いたぜー?」

「もう数日前の話じゃないか。何を今更」

「お前もつくづく冷たい奴だなぁ、高校生になってから香織と毎日帰ってるなんて贅沢だろうーに」

「俺は何も頼んでない。ただ向こうからお願いされて帰ってるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。」

「淡々と喋ってるけど、最上級の幸せもんだぜ⁈たくさんの男子生徒がフラれてるとこ見てるだろ?付き合うなんて高嶺の花さ。羨ましがられてるぜーお前のこと。」

(違う。恨まれてんだよ、恭平。)

恭平は香織と何回か会ってる。入学してから1ヶ月経ったほど、俺が彼女と話してたり帰ってたりしていた様子を、恭平が何度も見ていて興味を持ち始めていた。フラれていく男子をよそに隠れてタイミングを伺ってたらしいけど、『それだったら会わせてやったほうがいい』と仕方なく紹介した。もうこの時から香織は、”学校―の美少女”の名声を得ていたから無理もない。けれども彼女にあった瞬間、赤面して慌てふためく姿を見て珍しく笑ってしまった。そこから彼は自主的に会って親しくなっていったというのさ。

もちろん彼は、一部の過激な香織ファンの存在自体知らない。知らなくていいし、むしろ知るべきじゃない。この問題は俺だけで片付けるべきなんだ。


ガタゴト、ガタゴト

廊下がやけに騒がしいと思ったら、香織にプレゼントを渡していた男子生徒が沢山いた。受け取り拒否されてたけど俺には関係ない出来事だ。

「お、マドンナのお出ましだ! おはよー、香織さ~ん」

「おはよう-!裕ちゃん♪、恭平君♪。」

朝のチャイムが鳴り始める10分くらい前に入ったが、本来どんなに遅くても30分前には学校内にいる。俺らからしても珍しい出来事だった。

「どしたの、もしかして寝坊しちゃったパターン?」

「そうじゃないの、電車が人身事故によって30分くらい遅延してたの。何とか間に合ってよかった~」と安堵する香織。

直後、何かを思い出したようで

「あ、そうだ!ゆ、裕ちゃん…昼休みにお、屋上で話したいことがあ、あるんだけど

い、良いかな?」と緊張した口調で言葉を詰まらせていた。クラスメートの視線が一斉に俺の方を向き、ざわざわと騒ぎ出した。でも、香織の眼は鋭かった。

「わ、分かった…」返答に困ったが、とりあえず承諾した。

(重要な話でもあるのか?地元を離れるとか?)

俺が思慮深く考えていると、恭平が

「やばー!(小声)、ねえ邪魔しないから俺もついてっていい?」と水を差す。

「ごめんね、2人きりで話したいことなの。本気…だから」と一蹴。

「え、えぇ… (´・ω・`)」(なんだその顔は(笑))

とは言っても香織が何の話をするのか見当がつかない。声も震えていたし、今後彼女の人生に何か関わることなのかは分からないが、大切な話であることには違いない。

(屋上へ行くしかないな、これは)そう決めた。


1限から4限までの時間の流れは、あっという間で早かった。逆に言えば集中力を欠いていたわけだけど、話が何なのか気になってしょうがない。

俺は訳の分からないまま弁当箱を持って、香織と一緒に屋上へ向かった。

終始無言だったし、世間話を軽く喋れるような余裕さなんて持ち合わせてない。

こんなに息が詰まる時間は、過ごしたのが初めてだ。

緊張と不安しかなかったが、そうしている間にも屋上に着いた時に

「ここでた、食べようか」と彼女は重い口を開いた。

防護柵のところに腰掛け、手作りの弁当を一気に食べていた。

「そんな一気に食ったら、喉詰まるぞー」

そんなのお構いなしに頬張る彼女。まだ、食べてる途中なんだけど。

食べ終えて、深く息を吸って彼女は恥ずかしながらこう言った。


「明日、私とデートしてください!!」


(えっ、ええええええーーー!(;゚Д゚))

思いもよらないひと言だった。こんなこと言われ慣れてないから、動揺を隠せない。

俺はとりあえず理由を聞くしかなかった。行くのかどうか、判断するのは後だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで?」

「この前さ、裕ちゃんが一緒に帰るのやめるってもち出して

私『残された時間をを1秒1秒噛みしめたい』みたいなこと言ったでしょ?』

「うん、そだな」

「あの後、その言葉の意味って考えてたら一緒に帰ることさえ難しくなるし、いつかそのうち会わなくなるんじゃないかって不安になったの。」

「ほぉ…」

「だから貴重な時間をより濃密に過ごしたくて、デートって形にしたの…」

「それで休日デートってことにしたのか」俺は静かに頷く。

確かに、これは屋上で話すべき案件だ。仲が良い恭平に断ったのも納得がいく。けど、モヤモヤした気持ちはまだ視界不良だ。

俺はさらなる質問を投げつけた。

「理由は分かった。だけどデートに誘うべき相手は俺じゃなくて、香織のもっと好きな人にするべきなんじゃないの?」当然だ。俺と香織、釣り合うわけがない。

分かっていると思うが一回もデートに誘われたことがないし行ったことも無い。

ファッションセンス皆無な俺が、才色兼備さいそくけんびな彼女といきなりデートっていうのは荷が重すぎる。気持ちの準備にも色々時間がいるし。

誘ってくれた香織には申し訳ないけれど断ろうとしていた。


「ダメ!!裕ちゃんじゃなきゃ、絶対にダメなの!他の人じゃ嫌なの!」

けど、彼女が良しとしなかった。俺の脳内が見透かされたみたいだ。

こんな強く声を張った香織は一度も見たことが無かった。

(俺じゃなきゃ嫌って、よっぽどだな)顔にちょっと困惑している表情をした。

ここまで強くお願いされて断るのは、教室に帰った時にいろいろ恨み節を言われそうだから「うん、分かった。できる限りだけど頑張るわ。」とだけ言った。

「はぁ~良かったぁ~! デートの詳細は追って連絡するね!」と安堵していた。


そこから5限、6限と授業を受けていたが記憶になかった。恭平が屋上で何を話していたのか気になっていたようだが、ボーっとして何も考えられなくなっていた。

だけど6限のチャイムが鳴って掃除が終わった時には、香織の姿はもういなかった。

(受験勉強が忙しいから仕方ないか)そう思って、1人で黙って帰った。

晩御飯を食って、バラエティー番組やニュース番組を見ていつもの夜を過ごしていたが自室に戻り、すぐさま机にあるミニカレンダーに〖デート〗と太く黒で描いた。



今回のデートがこの後に起きる事件の伏線だということ、そして俺の人生に多大な影響を及ぼすなんて、この時は知る由もなかった。



→第3章【地獄の中の紅一点】へ続く
















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