(学園バトル物)学園ハロウと楽園パラノイア
君は学園ハロウと、楽園パラノイアを知っているかい?
そう、あの空に浮かぶ2つの学園都市に、それぞれ存在するという学園さ。
学園ハロウ。そこは生まれながらに能力を持った人達を集め、教育する学園。卒業すれば世界を救えるほどの、飛び抜けた能力者として活躍する場を与えられる反面、中退者も多く、中途半端に力を持つ者達が犯罪に手を染めることも少なく無い。
楽園パラノイア。そこは生まれながらに能力を持たない人達を集め、教育する学園。そこが世界の全てであるかのように教育し、一生をそこで暮らすことを余儀なくされる監獄。自分達が劣等種ということを知らぬまま一生を終えるための装置。
今回の話はこの世界の英雄となった「アカツキ」様のお話さ。
俺の名前はアカツキ。楽園パラノイアに今日から転入することになった。
父と母は大反対していたけど、俺だって両親には安心して暮らして欲しいし、ちゃんとした学園生活も送りたいと思っていた。
転入手続きもサクッと終わり、俺は明日から通うことになる楽園パラノイアを外から眺めていた。
「でっけーなぁ」
この楽園パラノイアを中心に空中都市が構成されているだけあって、その中心地となる校舎は貫禄溢れていた。
「ようこそ!ここは楽園パラノイアです!」
「うわ!?びっくりした……なんだ?」
いきなり目の前に現れたのは天使のような少女だった。背中には純白の大きな羽が付いているわけではなく、そのように見えただけて、ただの少女だった。
「私はあなたの案内人です。これからあなたが住む寮へご案内しますね」
楽園パラノイアは、生まれた時から教育を受けることができ、揺り籠から墓場までの衣食住を当たり前のように得られる場所になっている。
それに引き換え、簡単な労働義務が科せられる。例えば、目の前を歩く少女のように、案内人などは若年の仕事として割り振られていた。
生まれてから死ぬまで楽に生きられるから楽園なのか。確かに、それだけを見ると楽園なのかもなぁ。
そんなことを考えていると、目の前の少女が振り返る。辺りを見渡すと、そこは学園の寮の前だった。
「おにいさん、これからよろしくお願いしますね!」
少女は腕輪に手をかざす。すると、少女の首輪が青く光り、機械的な音声が流れた。
『お仕事が終わりました。お疲れ様でした。』
「じゃあ、またね!バイバーイ!」
そういうと、少女は走り去っていった。
「……今の子ってあんな感じなのか……」
まあいいや、とりあえず寮の中に入るか……。
部屋に入ると、そこには先客がいた。
「君が例の転入生かな?」
そこには、真面目そうなパッツン黒髪の、いかにもな男子生徒が居た。
腕章には「生徒会役員」の文字。彼は楽園パラノイア高等部で生徒会の副会長をしているムラクモと名乗った。
俺は副会長から規則や一日の流れなどを聞き、この楽園パラノイアについての大まかなルールを聞くことができた。
その中でも特に重要なのは、この学園都市には入り口はあるが、出口がないということだった。
一度、学園都市に入園したものは、出ることを決して許されない。それは死んでからも同じで、埋葬もこの学園都市で行われる。
生まれてから死ぬまで、一生を此処で暮らすのだという。例外など無く、この学園都市100%が、そうしているとのことだった。
「ところで、君は何で転入をしてきたのかい?」
素朴な質問だろう。ここ、楽園パラノイアに転入があるのは非常に珍しい。恐らく、今回が初めての出来事だろう。
俺は用意していた答えを出した。
「実は、下からの転入なんです」
「下、か。なるほど。そういうことか」
一瞬、俺を見る目が鋭くなったような気がした。
下層パラドクス。通称、下と呼ばれる空中都市に見放された罪人を収監していると言われている場所。そこは、能力者とも無能力者とも異なる罪人と呼ばれた人間の成り損ないを収容している施設と呼ばれていた。
この楽園パラノイアでは教育として、下層パラドクスを罪人ということを強調して教えている。そのため、下層パラドクスの住人というだけでも、冷遇される。
「まぁ、ここではよろしく頼むよ」
副会長は手を差し伸べてきた。
「よろしくお願いします」
俺はその手を握り返す。
こうして、俺の楽園パラノイアでの生活が始まった。
翌日になり、早速授業があった。
午前中は座学の授業だ。パラノイアの歴史や、この学園都市の構造について学んだ。
午後からは実技だった。実技と言っても、俺たちは能力者ではないので、運動場でのレクリエーションが主になる。
(……誰か……助けて……)
ふと、誰かの意識が頭の中に流れた。
「何だ今の感覚は?」
辺りを見渡すも、誰かが倒れているような様子は無かった。しかし、誰かに助けを求められたような気がした。
俺は運動場から出ると、辺りを伺う。
「誰も居ないな……。気のせいか」
踵を返したその時、また助けを求める声が聞こえた。
(助けて!誰か、助けて!)
今度はよりハッキリと聞こえた気がする。校舎裏から聞こえた。
俺はそこで、この楽園パラノイアとは異なる学生服を来た生徒と対峙した。
「……ああ? 誰だテメェ?」
そこにいたのは、金髪碧眼のイケメンだった。
「お前こそ、ここで何をしてるんだ?」
「決まってンだろ。女漁りだよ」
「ここは女子校じゃないぞ」
「知るか。そんなもん」
イケメンの目の前には、震える女生徒が居た。助けを求めてきた声の主だろう。
騒ぎを聞いて駆けつけてきた生徒会メンバー。その中には副会長の姿もあった。
「アカツキくん!この騒動は君の仕業か!?」
「いや、俺じゃないですよ! ほら、そこのイケメンがーーー」
俺が彼を指差した時、他の生徒会メンバー達は、蒼白になった。
「ーーーまさか、君はーーー」
「……ははは。ここで女漁りは大正解だったみてぇだったなぁ」
副会長が後ずさる。どうやらお互いを知っているようだ。
「アカツキくん。今すぐ此処を離れなさい。ここから先は、命の保障はありません」
何言ってんだよと、言おうと思った次の瞬間、俺の目の前に居た副会長の姿は無くなっていた。
「ディメンション・アウト……だっけか。まぁ、どうでもいいや。これで俺の復讐は終わりだ」
そして、彼は静かに笑った。
「あばよ。無能ども!」
そう言い残し、彼もまた何処かに消えてしまった。
「一体、どういうことだ?」
「取り敢えず、君も逃げよう。此処にいると危険だ」
「でも、副会長が!」
「……副会長?」
そこにいた生徒会メンバーが、全員顔を見合わせた。そして私に向かって困った顔で答えた。
「副会長は、今期適任者が居なくて空席ですよ」
頭の中で、バチンと大きな音がした。
副会長は、居なかった。そうだ。居なかった。
俺の部屋のルームメイトは。存在しない。君の部屋のルームメイトは最初から居ない。
目が覚めたら、俺は自室のベッドで寝ていた。服装はレクリエーションの時のままで、カバンも机の上にあった。
ルームメイトの……の姿は無かった。それもそうだ。この部屋には、初めから俺一人だけだった。
「……夢、だったのか……」
それならそれでいい。あんな悪夢なんて、忘れてしまえば良いだけだ。
俺は身支度を整えると、学園に向かうことにした。
学園に向かう途中で、昨日のイケメンに声を掛けられた。
「よう。そこのお前」
俺は身構えた。その様子を見て、相手は少し驚いていた。
「ほう。テメェ、やっぱり俺を覚えてやがるな」
「覚えてるさ。俺の目の前で……誰か……を消しただろ?」
誰かの部分だけモヤが掛かっているが、それ以外は覚えていた。
それを聞いて、イケメンが鼻を鳴らす。
「そこまで覚えてりゃ、上等だ。次はテメェを消す番だぜ」
「やってみろよ」
俺は相手の顔を睨みつけた。すると奴は口元を歪ませて笑い始めた。
「ははは! そうこなくっちゃな! その目つき、最高だぜ!」
俺は相手に駆け寄ろうとした。
「おっと、時間切れだ」
イケメンが右手を目の前に突き出すと同時に、空気が揺れた。俺は猛烈な突風に吹き飛ばされたかのように吹き飛び、十数メートル離れた場所に背中から落ち、ゴロゴロとコンクリートの上を転がった。
コンクリートの上を転がった事で脳が揺れ、頭はぐわんぐわんと揺れていた。そして、ただただ全身が痛かった。
ゆっくりと体を起こすと、幸いな事に、骨が折れた感じはなかった。まだ、動ける。
俺はフラフラと立ち上がり、相手を見据えた。勝ち目なんてない無謀な戦い。
それでも、やるしかなかった。
「へぇ。立つんだ? 大した根性してんじゃねぇか」
「……誰だよ……お前」
「俺様の名はイカヅチ。異能学園序列第一位。最強にして最恐の能力者、と言ったところか?」
目の前のイケメンはゲラゲラと笑う。
ああ、そうかい。俺たちは無能で、お前らからしたらアリを踏み潰すようなものなのか。ふざけんなよ……クソ野郎……。
「イカヅチ……イカヅチ……か」
どこかで聞いた名前だと思った。どこでだろうと考えてると、ふと思い出した。
「イカヅチって……確か、学園ハロウの?」
「……よく知ってんじゃねえか。さてはテメェ、よそ者だな?」
「さぁな?」
「テメェ、生意気だな。そろそろ死んどけや!」
会話をして、少しは体の痛みも癒えた。彼の懐までなら、走れる。それだけで、十分だ。
彼が手を向けたと同時に、俺は目を閉じる。
瞬間移動でもされたら終わりだが、そんな奇跡が起きるわけもない。俺の能力は、触れる事が発動条件なんだ。
だから、目を閉じた。相手の手が自分に届く前に、触れれば良い。
「ディメンション・アウト!」
相手が俺に触れるよりも先に、俺の体が消えていく。
「あー、なるほど。そういう能力か」
声だけが聞こえてきた。
「空間転移……いや、違うな。存在そのものが消える能力……。つまりは、存在そのものを消せる『無』を操る能力……。面白いじゃねぇか。ますます気に入ったぜ」
俺はゆっくりと目を見開く。モノクロの世界が眼前にあった。相手は完全に俺を見失っている。
俺は彼に向かって走り出し、右手を突き出した。
彼に触れると同時に、俺は自身の能力を解除する。
「これでも喰らえ!」
俺の右手は、イカヅチに触れていた。
「なっ!?︎」
イカヅチは驚き、慌てて後ろに下がる。
「テメェ、俺に何をしやがった!」
「さぁな?」
「ざけんな! 一回死んどけや! ディメンション・アウト!」
確証はあったが、俺は咄嗟に身構えた。
彼は右手を構えるだけで、俺の身には何も起こらなかった。
「畜生!テメェ!俺に何をしやがった!」
逆上するイケメンの顔が激しく歪み、怒りと焦りがグチャグチャに混ざった表情となった。
「まさか、この能力に感謝する日が来るとはな……」
「何だと!?︎」
「俺は、能力を持たない人間として育てられてきた。それ故に、俺は今まで一度も能力を使った事がなかった。それが、こんな形で役に立つなんて、皮肉だな」
「能力を持ってなかった? 嘘をつくんじゃねぇ! だったら、なんで今になって能力が使えた!」
ーーーその質問への答えは、私がしましょう。
俺の背後から、副会長が姿を見せた。
「テメェ! あの時、ぶっ殺したはず……」
「いえ、私の作戦は完璧でした。あなたも含め、生徒会メンバー達も私の作戦通りに動いてくれましたからね」
俺は呆気に取られて副会長を見た。そこにはいつもの副会長の姿があった。
「副会長! 無事だったんですね!」
「ああ、無事さ。しかし、君の能力も大したものだ」
イカヅチは舌打ちして、両手を前に突き出す。能力を使っているのだろう。しかし、何も起こらなかった。
副会長は彼に向き直った。
「無駄ですよ。彼の能力は、あなたの能力の存在を消し去ったのですから」
イカヅチは、ニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「副会長! 離れてください!」
イカヅチが両手を前に突き出した先に、雷光一閃が走る。
「何!? 能力は失ったはずでは!?」
「俺が最強だって言われているのはな、クソ強えー能力を何個も持っているからなんだよなぁ!」
これは、本格的にヤバい。俺の能力は警戒されて、二回目が上手くいくとは限らない。それに、初めて使った能力だ。どこまで使えるかも分からない。
「逃げんじゃねーぞ、クソ野郎ども! 今度こそぶっ殺してやるよ! 二回戦の始まりだぜ!」
『おい、イカヅチ。これ以上派手にやるな』
「ああ? ……何だヒビキか。今から良いところなんだから止めんじゃねーよ」
何だ? 誰と喋っているんだ。
とにかくチャンスだ。今の内に作戦を……。
「あーあ、興が削がれちまった。テメェらはいつかぶっ殺してやるよ!楽しみに待ってるんだな!」
彼はそういうと、自身の能力なのか、その場から消え去った。
かくして俺と副会長は、絶望的な危機から逃れることができた。
「ところで、副会長」
「何ですか?」
「俺の能力の件ですけど……」
場所は生徒会室。楽園パラノイアの中で、最も厳重に警備されている場所に呼び出された。
「アカツキくん。君の学生証を見せてください」
俺は自分の学生証を副会長に渡した。この学園都市では、このカードが身分証であり、クレジットカード替わりにもなる、貴重なものだ。
「学生証のこの項目、あなたにはどう見えてますか?」
「えーっと……」
副会長が指差した項目。そこは、備考だった。発行されて間も無いので、備考欄は普通は空欄であるものと思われる。
俺のも例に漏れず、そこは空欄だった。
「何も書いてないですね」
そうですか、と一言いうと、副会長は真剣な表情で俺を見た。
「この備考欄は、この楽園パラノイア内での能力者を見分けるための項目なのです。本来であれば、備考欄には改竄を防ぐ意味で『無し』と刻印されています。しかし、君の学生証には何も刻印されていない。つまり、君は最初から能力者だったんです」
副会長に凄まれて言われたが、納得出来ないことがあった。
何故俺は学園ハロウではなく、楽園パラノイアに入学できたのだろう。
「能力者は例外なく、生まれながらにして何らかの能力を持つと言われています。しかし、稀に後天的に能力を得る人間がいるという情報がありましたが……本当だったみたいですね」
この口ぶりからして、副会長は全て知っていたのだろう。俺が入学してからも、自身の能力を使えなかったことも。
ふと思い出した。何で俺は能力を使えるようになったのだろう。
副会長は、キョトンとして俺を見た。そして、少し笑うと、こう答えた。
「私の能力は、相手の能力の活性化です。あなたは私を目の前で失った事から重度のショックを受け、自身の能力を覚醒させたのです」
「じゃあ、あの時、副会長が言っていた、イカヅチの能力は無効化されたというのは」
「はい。嘘です。本当は、彼の能力があなたの能力によって上書きされていたのです」
そんな事が、本当にあったのか。
「あなたの能力は、触った相手を一時的に無能力者に変質させる能力のようです。学園長の話では、過去にも同じような能力を持った人間がいましたが、その能力が開花したのは君が初めてらしいですよ」
「そうなんですか」
「それと、もう一つ。能力者が能力を失う事はありません」
「えっ、でもさっき、イカヅチの能力が消えたって……」
「あれは多分、一時的なものでしょう。おそらく、一時的に能力を失っているだけで、またすぐ使えるようになるでしょう」
それを聞いてゾッとした。あの時、ヒビキという女性が割り込んで来なかったら、俺たちは此処に居なかったかもしれない。
「ただ、気になることもあります。それは、君の能力があまりにも強力すぎる事。場合によっては、彼らの学園都市に転校せざるを得ないかもしれません」
副会長は淡々と続ける。
「この楽園パラノイアは、表向きは無能力者の集まりです。そこに能力者が複数名いるだけで、彼らは素晴らしい学園生活を送るのが困難になるでしょう」
そうだ。この力は強力すぎるのだ。下手すれば、この楽園パラノイアに居ることさえ難しくなる。
「俺、どうしたらいいですか」
「そうですね。それでは、生徒会に入りませんか?」
突然の誘いに、俺は驚いた。転校してまだ日も浅いのに、俺が生徒会メンバーになる?
「学園パラノイアの治安を守るために、能力者を必要としているのは、生徒会です。私たち生徒会は、能力者である人を優先的に勧誘し、囲い込みを行なっています。それは、運動部などで能力を使われると、公平性が保てなくなるという側面もありますが、真の目的はーーー」
副会長の言葉が途切れる。俺は続きを促すように、視線を送る。
「能力者には、暴走の危険があるからです。例えば、イカヅチのように強力な能力を持ってしまうと、制御出来ず、他人を傷つけてしまう可能性があるからです」
確かに。俺の能力はわからない事だらけだ。それを安易に使ってしまっては、誰も俺を止められなくなる可能性がある。
能力者を止められるのは、能力者だけ。それを体現しているかのように、この楽園パラノイアでは「生徒会」という組織が組まれているのかもしれない。
「わかりました。私も生徒会に入ります」
「それは、本当に良かった!」
副会長は笑顔で俺を見ると、ふと生徒会室の正面扉に向き直った。
「それでは、皆さん。パーティーの準備です!」
歓声と共に、生徒会メンバーが入ってくる。そこには、先ほどまで戦っていたイカヅチも入っていた。
「イカヅチ!お前、何しに来た!」
俺は椅子から飛び降り、咄嗟に身構える。それを見ると、イカヅチはニヤリと笑った。副会長も、それに釣られて笑いを堪えていた。
(まさか……!)
副会長が笑いを堪えながら答える。
「紹介が遅れましたね。イカヅチ。彼はここの生徒会長です」
(短編のみ)徒然なるままに S.Lime @jamwithju2
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