(短編のみ)徒然なるままに
S.Lime
(百合)アキミソラ
私、アキは同級生のミソラに恋していた。
でも、この気持ちを知られたくないからいつも強がってばかりいる。
それに、私は女の子しか好きになれないんだ……だから、友達として仲良くしてくれるだけで十分だった。
そう思っていたはずなのに――
「あーきっ!」
「ひゃあっ!?」
突然後ろから抱きつかれ、自分でも驚くような声を出しながら、私は体を強ばらせた。
「なーに? その、ひゃあって声。 かわいいじゃんー」
「もう、驚かせないでよ」
他愛もない日常だった。でも、これで一番良いんだと自分に言い聞かせていた。
この気持ちを伝えて、拒絶された痛みを知っている私には、今の距離感が一番良かった。
私の隣に自然とミソラが歩く、そんな日常。それで、全ては良かったのだ。
あの日が来るまでは……。
ある日の放課後のことだった。
私が一人で廊下を歩いていると、女子トイレの中から誰かが出てくる気配を感じた。
それは私のよく知る人だった。
「アキ?」
「ミソラ……? どうかしたの?」
女子トイレから出てきたミソラは、顔を赤らめて調子が悪そうだった。こんな時、ミソラなら大丈夫だよと強がりを言うハズなのに、ごまかすかのように「大丈夫だよ」と言った。
逃げるようにその場から立ち去ろうとして、私は嫌な予感がしていた。
(まさか……)
頭の中で一つの考えが浮かび上がる。それと同時に、私はミソラを呼び止めていた。
「待って!……もしかして……」
「ち、違うよ!」
否定する言葉とは裏腹に、彼女の顔はさらに赤く染まっていた。
そして、彼女は恥ずかしそうな表情を見せまいと、私から離れていった。
私は女子トイレに恐る恐る入った。
誰も居ませんように。そう願いながら、私は女子トイレの入り口から、中を覗く。
すると、鏡の前に一人の女子生徒が居た。彼女は淡色のリップを塗り直していた。そして、鏡の中の私と目が合って、振り返った。
「……あら。どうしましたか?」
彼女はにこやかに笑った。まるで、何かをやり遂げた後のように清々しくーーー。
彼女の名前はチヒロ。この女学院の中では、一際目立つ長身とルックスから、同じ女性からも人気が高い。
「チヒロさん……あなたは……」
「ふふっ。秘密ですよ」
彼女は妖艶に微笑みを浮かべると、そのままトイレから出ていった。
彼女が出ていくと同時に、辺りに静寂が訪れる。
私はその場に座り込んだ。
(どうしてこんなことに……)
頭の中でグルグルと渦巻く嫌な考え。親友を失う最悪のシナリオ。
……でも、まだ確認した訳じゃない。彼女の口から、まだ何も聞けていない。
(私の思い違いかもしれない……よね?)
私は自身を奮い立たせ、ミソラを追った。
「ミソラ!」
私は下駄箱でぼんやりとしているミソラを見つけた。
「……アキ?」
少しビクッとして私に振り向いた。恥ずかしさから逃げるかなと思ったけど、彼女は意外と普段通りに接してきた。
「あはは。さっきはゴメンね。……さ、帰ろうか」
何事もなかったかのように振る舞う彼女に違和感を覚えつつも、私たちは一緒に帰路についた。
「ねえ、ミソラ」
「ん? なぁに?」
「チヒロさんのことで話があるんだけど」
「えっ……。うん、いいよ」
「ここじゃなんだし、帰り道にいつもの公園で話そう」
いつもの公園。
そう、ここは私とミソラとの思い出の詰まった大切な場所でもあった。
初めての出会いがあり、私達が高校生になって再会した場所でもある。思えば、全てはここから始まったような気がする。
公園とは言えど、郊外にある空き地に簡単なベンチと、簡単な遊具が少しあるだけの場所。自動販売機も何も無い、ただの小さな公園。
それでも、私達には特別な場所であることに間違いは無かった。
ベンチに座り、恐る恐る聞いてみる。
「チヒロさんと、何かあった?」
やっぱりかー、というように隣のチヒロは天を仰ぎ、静かに口を開いた。
「アキに嘘は吐きたくないからねー。正直に話すよ。告られてキスされた」
私はギョッとした。告白された、ならまだ分かる。でも、キスって……!
「強引にやられちゃった。隙あり!って感じで、さ」
「そ、そうなんだ……」
私は酷く動揺した。多分、声は震えていたと思う。
それを聞いてミソラは慌てた様子で、
「大丈夫だよ!告白にはNOで返したし、キスも事故みたいなもんだからさ!」
と言った。何が大丈夫なんだろうか。キスは事故で起こるものなのだろうか。私は酷く混乱していた。
「あの人、しつこくてさ。断るって言ってるのに、毎日、好きって言いに来るんだよ。……まあ、あたしも悪いところはあるから、強く言えないところもあるんだけどさ。……それで、昨日、とうとう壁ドンされちゃってさ」
あはは、とミソラの乾いた笑いが静まり返る公園に響いた。それも虚しく消えてゆき、私の存在もそこから無くなってしまいそうだった。
いつしか私の目には涙が溢れていた。
なんでいつもこうなっちゃうんだろう。私は、ただ何も変わってほしく無いのに、どうして変えてしまう人が居るのだろう。そんなことを考えていると、不意に温かいものが頬に触れた。
「泣かないで、アキ」
その言葉と共に、彼女は私の頭を優しく撫でてくれた。
「……ごめんなさい」
「ううん。アキは何も悪くないから。謝らないで」
「……ありがとう」
(私、何で泣いてるんだろう)
ミソラを取られるのが、こんなに嫌だったなんて……。やっぱり、私は、ミソラのことが大好きなんだ。
「私さ、キスされるんならチヒロよりも、アキの方が嬉しいし、さ」
え? 今、何てーーー。
「私達ってさ、結構長いことやっていけてるじゃん? お互いにさ、もうちょっと親密になって良いかなって思うんだよね」
ロングヘアーのミソラの髪が揺れる。
「だからさ。私に、キスしてくれない、アキ?」
「ミソラ……!」
私は思わず抱きついてしまった。
「ちょっ、アキ!? どうしたの、急に!」
「ミソラ! 好きだよ!」
「ふぇっ!」
彼女は驚いた顔を見せた後、顔を真っ赤にして俯いた。
「わ、私も最初から好きだったし!アキに負けないくらい大好きだったし!」
初めて抱きついた彼女の体は、暖かかった。私達はお互いを確かめるように抱きしめあった。
「ミソラ。私と付き合ってください」
「はい、喜んで」
そして、私達の唇はゆっくりと近づいていった。
「あ、そういえば、これ」
「え?」
そう言うと彼女はカバンから何かを取り出した。
「ファーストキスはチョコ味だって聞いたからさ。アキ、チョコ好きでしょ?」
彼女の手には、マーブルチョコの小包が握られていた。
「私がチョコ好きなの知ってて、ずっと持ち歩いてたの?」
「正解!」
マーブルチョコの包みを破るミソラを見て、私は昔を思い出した。
私がマーブルチョコが好きになったのは、この場所でのミソラとの思い出があったから。
私が引っ越してきて、まだ日が浅い頃、このマーブルチョコをきっかけに彼女と仲良くなったからだ。
あの時は確か、転校してきたばかりで友達も居なかった私は、マーブルチョコを食べながら、1人で遊んでいた。
『それ、美味しい?』
それが、ミソラとの出会いだ。
(ミソラ、覚えててくれてるかな)
「アキ」
不意に名前を呼ばれて振り返ると同時に、唇と唇が触れ合う。
甘く、柔らかく、暖かな時間。目を瞑る時間なんてなく、あっという間に私の唇はミソラに攫われた。
目の前のミソラは綺麗で、何で私とキスしてるんだっけと混乱するほど、輝いて見えた。
重なり合った唇は、わずか数秒で離れ、目の前のミソラが遠ざかった。
「遂に、やっちゃったねぇー」
いたずらっ子っぽくミソラがペロッと舌を出す。
「うん。ついに、ね」
私も彼女につられて、自分の唇を舐めてみる。
「でも、甘い」
「うん。甘かった」
私とミソラはどちらからともなく、手を繋いで歩き出した。
「これから、よろしくね」
「こちらこそ」
「あはは。何か改まっちゃって、照れるねー」
気付けば近くに居た人と、手を繋いで歩ける幸せ。
昨日とは違う今日。そして、輝かしい明日がやってくる。
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