第10話 如月結衣3
それから数日は何も起こらなかった。眠ら
されることもなかったが拘束が解かれること
もなかった。目覚めている状態で排泄まで管
で繋がれているのは相当苦痛だった。むしろ
眠らされていた方が楽だっただろう。但し時
間はあった。考えられる時間だけは十分にあ
った。
あの時、何かを思い出しかけていた。あと
何かの切っ掛けさえあれば。彼女は何と言っ
ていたっけ。旧支配者、外なる神、その眷属
たち。旧支配者とは何者なのだろう。地球を
人類よりも前に支配していた存在という意味
か。人類ではない何者か。単純に宇宙人では
ないのか。あるいは所謂神と呼ばれる存在か。
ああ、確か旧神に負けて封印されたと言って
いたはずだから神ではないのか。神と戦える
存在は最早神と同様ではないのか。駄目だ、
結局情報量が少なすぎる。
自分のことを見てみるか。多分年齢は十代
後半くらいに見える。鏡を見てはいないが、
水たまりに映った自分の顔には今一つ見覚え
がなかった。馴染まない、と言う表現が適切
かどうかは判らないが、どうも自分の顔のよ
うな気がしなかった。
「なあ、お前は一体誰なんだ?」
勿論答えは無かった。
何日か経ったとき、また彼女が現れた。こ
の建物内では白衣を着ているようだ。見た目
は研究員に見える。
「似合っているよ、その本物の研究員みたい
な冷淡そうな感じとか。」
「皮肉のつもり?いいわよ、何を言っても私
は気にしてないから。」
「だろうね。ところで君は人類の敵で奴らの
手下なのか?」
「人類の敵?それは違うわ。奴らの手下でも
ない。私はただの探究者。」
「探究者?」
「そう。ただ謎を追う者。」
「謎ねぇ。それで今日は何の用事で来たとい
うんだ?」
「最初に言っていた通り、あなたには様々な
検査を受けてもらう、今日はその手始めの日
よ。」
そうだった。僕はただの実験台だ。もしか
したら僕を研究することによって旧神とかい
う奴ら(あえて神様でも奴らと呼ぶ)の手掛り
でも掴もうと言うのだろうか。
その日から僕はほとんど部屋に戻ることな
く何かの実験材料にされた。様々な組織を採
取されたり、様々な負荷を掛けられたい。親
切にも麻酔を効かせてくれていたので最初の
うちは痛みもなかった。ただ、途中から純粋
な反応を見るため、と称して麻酔なしで様々
な実験に付き合わされた。内容のほとんどが
痛みを伴うものだった。単純に拷問と言って
もいい。ありとあらゆる、今まで人類が考え
出した拷問を試された。
意識がない状態での実験ではいいデータが
取れない、という理由でとりあえず一回休ん
で意識を戻してから次の作業に入る。僕の身
体を弄んでいる研究員は彼女とは別の男女数
人だった。会話がないので、名前も知らない
し、研究員も僕のことをEG101号と呼ん
でいたので、ただの実験体でしかなかった。
電極を頭に指して直接脳に電気信号を送る
実験をしている最中だった。不意に僕の頭の
中にあるイメージが浮かんだ。
大きな地震の映像だった。酷い状況だ。確
かにこの映像の記憶がある。経験している映
像に間違いない。但し、少し違和感があった。
経験したのではない?映像としてみただけな
のか?それともちょっと違う。どう違うのか
は判らない。阪神淡路大震災、という言葉が
浮かんだ。そうだ、これは阪神淡路大震災の
時の映像だ。平成七年だった。僕は平成七年
に生まれたのだ。地震は僕が生まれ出たこと
によって引き起こされたのだ。思い出してき
た。酷い状況だった。その中で僕の両親は僕
を育ててくれたのだ。
経済的には恵まれている家庭だった。十二
歳になるころには僕は両親の不老不死につい
て研究を重ねていた。両親は僕と年齢の重ね
方が違うことを理解していたからだ。その頃
には僕は自分のことをほぼ理解していた。
ポール・アンリ・ダレット伯爵の屍食経典
儀も酷い状態ではあったが入手できた。様々
な文献から両親の不老不死を実現できるとこ
ろまで来ていた矢先だった。阪神淡路大震災
を乗り越えた両親が事故であっけなく死んだ。
僕が琵琶湖大学生物学部に飛び級で入学した
翌年だった。
一気に様々な記憶が甦ってくる。確か恩師
の娘さんの蘇生に携わっていた。自分の両親
では果たせなかった夢を恩師の娘さんで叶え
ようとしていたのだ。そこで様々な人とも出
会った。彼らや彼女らはいったい今どうして
いるのだろう。あれから何年経っているのだ
ろうか。普通の人間であれば生きてはいない
だろう。
アザトースの封印を解くために暗躍してい
たナイアルラトホテップやあの時代では封印
が解けないことが発見されたツァトゥグア。
今、この時代に此処のような施設があるとい
うことはクトゥルーの封印は解かれてはいな
い、ということだ。封印が解ける日のために
栄養分として悪夢を供給している施設だとい
うことだ。
「何か思い出した?」
久しぶりに如月結衣が部屋に入って来た。
ずっと実験ブースに閉じ込められていたが、
ついさっき元の部屋に戻された矢先だった。
彼女と話をさせる為に戻したのだろう。
「そうだね、色々と思い出させてもらったよ。
君たちが実験台にしてくれたお陰だ。感謝し
なければいけないかな。」
「感謝してもらわなくても大丈夫。あなたの
話を聞きたいのはこちらだから。で、何を思
い出したの?」
「元居た世界の話。僕自身の話。色々さ。」
「そう、全部思い出したのね。」
「ただ一点だけ、どうしても判らないことが
ある。」
「何?」
「僕がここに来た経緯だ。どうやって僕はこ
こに連れて来られたんだ?そして、今は一体
何年たっている?」
「最後の覚えていることは?」
僕は少し考えた。クトゥルーの封印はあの
とき解かれはしなかった。ツァトゥグアも同
様だ。そしてクトゥグアの封印を解こうとし
ていた青年は、この宇宙をリセットできる少
女を連れて旅立って行った。それを見送った
ところまでは覚えている。その辺りからどう
も記憶があいまいだ。
「関西国際空港で拉致られたのか?」
「その辺りの詳細は知らないわ。私が知って
いるのはあなた達がここに連れて来られてか
らだけだから。あなたたちが此処に収容され
てから、五十年くらいかしら。」
「たった五十年しか経っていないのか?それ
で外の状況は異常だろう。あれほど世界の荒
廃が進むはずがない。それに君は十四歳って
言っていなかったか?」
「計算は間違っていないわ。ただ、私の誕生
日は四年に一回しか来ないだけ。」
うるう年の二月二十九日生まれ、なんてい
うベタな冗談だったのか。それでも普通なら
五十六歳になる計算だから二十歳そこそこに
しか見えないのは異常には違いない。
「それで僕が記憶を取り戻したとしたら、ど
うだというんだ?」
「記憶も奪うはずの実験が失敗した、という
こと。一からやり直しだわ。決して起きない、
記憶は消す、というのがここのコンセプトな
の。」
酷いコンセプトもあっものだ。それにして
も彼女は一体どんな立ち位置で関わっている
のだろう。人類の敵なのか。
「僕の役割は判っているのか?判った上で拉
致された?」
「あなたの役割?あなた、何か特別な存在だ
というの?」
敵は何も知らないで僕をここに連れて来た
のか。それですでに五十年以上経っている?
マズいな。僕の本来の役目が果たせていない。
「僕を開放してはくれないのだろうね。」
「当たり前でしょ。あなたたちは大切な悪夢
の供給源なのだからせいぜい沢山悪夢を見て
もらわないと。それとあなたは特別に検査三
昧ね。」
話をしても無駄のようだ。
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