第11話 マリア

それからまた数日は死ぬ寸前までの痛みを

与えられての検査や、何の薬かは判らないも

のを点滴で入れられたりしていた。ほぼ人体

実験だ。


 眠るのではなく意識を失って、また目覚め

た時だった。女性が横に立っていた。如月結

衣ではなかった。日本人ですらない。


「本当に目が覚めている。凄いわ、眠りが浅

くなっていると連絡があったから来てみたら

本当目覚めてしまったのね。」


「誰?」


「私の名前はマリア=ディレーシア。覚えて

る?」


 覚えている。アザトースと高校生を入れ替

えさせた張本人だ。僕はその後始末をさせら

れたのだ。確かその後彼女はセラエノ大図書

館に送られたはずだが戻って居たのか。とい

うか彼女がここに居るということは旧支配者

側に寝返ったということか。


「あなたを直接拉致させてもらったのも私。

それは覚えてない?」


 全く記憶になかった。


「いつ、どこで僕を?」


「関空であなたが火野君たちを見送った後で

私が普通に声を掛けたのよ。多分一番最後の

記憶だから混濁しているのね。」


「今目覚めてからのことが現実だということ

か。それまでのことは強制的に見させられた

悪夢だと?」


「そういうことね。あなたはここに連れて来

られてさっき初めて目覚めたのよ。普通の人

間なら決して目覚めることはないのに。さす

が、というべきか、今まで目覚めなかったこ

とがあなたの落ち度なのかは判らないけど。」


「じゃあ僕が外で見たあの風景は。」


「当然現実じゃないわ。」


「本当の外の世界は今どうなっている?僕が

ここに来てからどのくらい経った?」


「答える義務はないけど、まあいいわ、教え

てあげる。クトゥルーに悪夢を供給している

此処のような施設は今世界中に数百万か所あ

るのよ。ここはその第1号。琵琶湖大学はと

ても協力してもらっているから、ここだけで

二万人を収容しているわ。そして世界中で収

容できる人間はほとんど収容し終わっている。

だからあなたが夢で見た外の世界は、人が居

ないってことは現実よ。街の風景はまだ変わ

っていないけれどね。あれからたった五年し

か経っていないのよ。」


「五年?そんな短期間で世界中の人々を?」


「そうね。特に青少年以上の人間はほぼ全員。

小さい子供や幼児は夢を見るにしても悪夢の

バリエーションが少なすぎるの。悪夢を悪夢

として認識できないと意味がないから。」


 彼女の話をどこまで信用すればいいのか、

拘束されている現状では確認しようがなかっ

た。五年というのも本当かどうか。


「僕が特別に選ばれてここに連れて来られた

って訳じゃないんだね。それで、君はいった

い何故ここでこんなことをしているんだ?」


「いいえ、あなたは確かに特別みたいね。普

通の人間は目覚めたりしない。私たちの手を

すり抜けてしまった人間たちも少なからずい

るし、あなたを餌に燻りだそうかしら。」


「そんなことに利用されるくらいなら自死す

るよ。」


「そんな拘束された状態で?無理だと思うけ

ど。まあ、私は誰がどうなろうと、どうでも

いいからお好きなように。私は私が生きた意

味を実感したいだけだから。」


「そんなことで奴らの手先をやっているとい

うのか?」


「悪い?アーカム財団に居た時よりも生きて

いる実感があるわよ。奴らとはあまり言葉も

通じないから苛々するけど、人間じゃないっ

て思うと、なんとか許容できる範囲だわ。」


「それで、ここに何をしに来たのかな?旧知

の顔を見に来ただけ、ということじゃないだ

ろ?」


「そうね。夢で見たこともあると思うけれど

あなたの検査をさせてもらうわ。あなた結局

何者なの?あなたのDNAは人類とも違う。

旧支配者や眷属たちとも違う。外なる神のデ

ータはなかなか入手できないけれど、多分こ

こには全部揃っているはず。そのどれとも合

致しない。なんとか見つけ出したなたの両親

とも違ったのには驚き歯科なかったわ。」


「なんだと、僕の両親にまで手を伸ばしたと

いうのか。」


「大変だったわよ。事故死だったらしいけど

一応検死が行われていたからサンプルが得ら

れたわ。そして、そのどれとも合わなかった。

話してくれない?あなた一体何者なの?」


 僕の正体など隠す必要はなかった。確かに

特殊過ぎる存在ではあると思う。今のこの宇

宙で僕のような存在が生まれたのはたったの

二回だ。一回目の記憶は僕にもない。だから

生まれ出て前回僕が何をしたかは知らないし

誰も教えてくれない。ただ旧支配者の数名や

旧神のほんの一握りは僕の存在を認知し認識

している。但し彼らも僕の存在する意味は正

確には理解していないのではないかと思って

いる。本人すら理解していないのだから。


「僕は別に隠している訳じゃない。ただの調

整者だよ。」


「調整者?」


「そう。この宇宙が何かに偏ろうとしたとき

に、そのバランスをとることが僕の役目なん

だ。」


「どういうこと?よく判らないわ。」


「僕にもよく判っていないから大丈夫だよ。

何かの役目を持っていることは確かだけど具

体的にどんな使命を持っているのかは全く判

っていないからね。」


「それで不安はないの?」


「不安だらけだよ。一体何に対して対応すれ

ばいいのか知らないでやっているからね。そ

して今は此処にこうして拘束されてしまって

いるし。」


「あなたをこのまま拘束していても悪夢の供

給源としては物の役に立たないかも知れない

わね。」


「そう思ってもらって拘束を解いてくれると

助かるんだけど。」


「それを決めるのは私じゃないわ。ここの責

任者は私だけど、この国の施設全体の責任者

は別にいるから。彼女は例外は認めないと思

うわ、特にあなたの存在について知識がない

のなら尚更ね。」


「なら最初の質問に戻るけど何をしに僕の所

に来たんだ?」


「ただの好奇心。それ以外の何物でもない。

悪い?」


「いや、悪くはないけど。それで僕はやはり

ここから出してはもらえないのかな。」


「一応責任者には伝えてみるわ。彼女次第だ

からあまり期待しないで。」


 そう言うとマリアは出て行った。

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