第十話 苦くて甘い毒
第10話 苦くて甘い毒1
ジョスリーヌにエスコート役としてついてきた夜会。
いつものように華麗な衣装をまとった美男美女が、大勢、集まっている。
「いらっしゃい。ジョスリーヌ。おひさしぶり。今夜も素敵な殿方とごいっしょね」
「
「芸術家かしら?」
「彼には特別な才能があるのよ」
「そう? あら、ジェルマンが来たわ。ごめんなさいね」
「いいのよ」
夜会の主催者、ラ・カヴァリエ侯爵夫人シャンタルが、手をふって去っていく。シャンタルはジョスリーヌの女学校時代の友人だ。ユイラではきわめてめずらしい赤毛の美女である。
「ジョス。あんたの友達、色っぽいなぁ」
「誘ってみたければ行ってもいいのよ」
「へえ?」
「ムダだと思うけれどね」
「ふうん?」
次々にやってくる名士たち。
ラ・サヴィニー侯爵夫妻。
ラ・ヴァン公爵。
ル・レイ・ギラン伯爵令息。
二枚目俳優のグランソワーズ。
オペラ作曲家のリュック。
近ごろ流行りつつある、女の子がつま先立ちで踊る舞踏のダンサーたち。
宝飾店や高級呉服屋の主人たちも来た。
手妻師のジェルマンは、何やら復活の魔術をひろうするのだとかで、女主人のシャンタルと入念に打ちあわせをしている。
豪華な夜会だ。
ワレスの名も知らない貴族は数えきれない。
さまざまな会話が行きかっていた。
「聞きまして。グランソワーズが結婚するらしいじゃない?」
「新人女優のロレーナとでしょ? 前に恋人役をやったときからの仲らしいのですよ」
「グランソワーズなら、さっきいたじゃない。ほんとかどうか聞いてみたら?」
「あら、そんなことより、さっきシャンタルがつれていた子、初めて見る顔ね」
「あの美青年はジョスリーヌのつれよ。青い瞳が蝶のようね」
「金色の髪も素敵。だけど、その子じゃなくてよ。ほら、栗色の髪のちょっと可愛い顔立ちの」
「ああ、あれはシャンタルの
「あの子がそうなの。ほら、ウワサの……」
「……らしいわね」
ラ・カヴァリエ侯爵家はジョスリーヌの生家、ラ・ベル侯爵家と位は同じだが、格式はジョスリーヌの実家のほうが、はるかに上だ。何しろ、聖騎士の家柄だ。広いユイラ皇国のなかでも、十二しかない名門のなかの名門貴族である。
とは言え、侯爵と言えば、充分に権勢を誇る貴族には違いない。
誘いたければ誘ってみろだなんて、あおるようなことをジョスリーヌが言うものだから、それとなく観察し続ける。小耳にはさんだ甥というのもながめた。
年齢は十六、七か。
子リスみたいな少年だ。騎士学校でなら、上級生からめっぽう恋文をもらうタイプ。ワレスもたくさん、渡されたが。
そう言えば、侯爵はどこにいるのだろうか?
侯爵夫人と言うことは、侯爵がいるはずだ。
見まわすと、いた。
広間の壁に本人の肖像が飾られているから、まちがいない。しかし、シャンタルがまだ三十代であるのに対して、侯爵は見たところ五十代だ。美男ではあるが、年はずいぶん離れている。
それにしても、女好きな侯爵だ。美しい令嬢と見れば、手あたりしだいに声をかけている。
(カヴァリエ侯爵とその夫人は、あまり夫婦仲がよろしくない)
二人がならんでいるところを一度も見ない。意識的にたがいをさけているのではないかと思う。そのかわり、シャンタルは甥のセドリックをひじょうに可愛がっていた。
貴族には政略結婚が多い。
それならそれで、シャンタルをくどきおとすことは容易だ。
どうやって近づこうかと、ワレスがあれこれ思案をめぐらしていたときだ。
とつぜん、激しい音がして、金切り声がいくつもあがる。
見れば、広間のまんなかに人が倒れていた。酔っぱらいすぎたかのか。または急患かもしれない。
女たちが悲鳴をあげるなかで、ワレスは冷静に近づいていく。
人々を押しのけて前に出ると、倒れている人物が誰だかわかった。
あとで舞踏でも見せる予定だったのか、衣装をまとったダンサーだ。数人、似たような服の女の子たちが、まわりで青くなっている。
見たところ、外傷はない。血は出ていない。しかし、顔色が異常に白くなっていた。血色が失せ、口からほんの少し液体をこぼしている。それに、すぐそばには少女が手にしていたとおぼしきグラスが一つころがっていた。
毒だ。服毒したのだとわかる。
手を伸ばし、少女の手首にふれてみる。脈が止まっている。
「死んでる。誰か典医をつれてきてくれ」
キャーキャーとさわぐばかりで、誰も役に立たない。
しょうがなく、ワレスは少女の胸に両手をあてがい、心臓マッサージを始めた。倒れたのは、ついさっきだ。なんとか助けられるかもしれない。
「誰でもいい。早く典医を。それと、水だ。水差しを持ってきてくれ。薬を洗浄すれば——」
ワレスは典医に任せて立ちあがった。
毒を飲んだとしても、本人の意思ではないだろう。おそらくは誰かに飲まされたのだ。
夜会にて、殺人事件発生。
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