第10話 苦くて甘い毒2



 とりあえず、周囲を見まわす。不審な行動をとる人物はいないだろうか?


 いた。あまりにもわかりやすく青くなっている。

 倒れたダンサーの仲間だ。舞台衣装の少女の一人がガタガタふるえている。友人が突然死すれば、誰だってうろたえるものだが、その少女のおびえようは尋常じんじょうではなかった。


「ちょっと、いいか?」


 腕をひっぱって、すみまでつれていくと、ワレスは小声で問いつめた。


「おまえ、名前は?」

「アメリー」

「アメリー。聞くが、仲間を殺したのは、おまえじゃないよな?」


 年端も行かない少女だ。それだけで限界だったようで、ワアッと大声で泣きだす。


「あたしじゃ……あたしじゃないんです。あたしはただ、グラスを交換しただけ」

「グラスを?」

「セシルが……そっちのほうが美味しそうって言って」

「セシルというのは、倒れた女の子だな?」


 アメリーはうなずく。

 つまり、こういうことのようだ。


 セシルが倒れる少し前に、彼女たちは喉がかわいたので、みんなで果実水をもらった。


 そのとき、一つグラスがたりなかった。アメリーはテーブルの上に置かれたグラスを見つけ、それを飲もうとした。

 なかには赤い色のとてもキレイな液体が入っていた。なんとなく高級そうな飲み物。


 それを見たセシルが、自分もそっちのほうがいいと言った。アメリーは快くグラスを交換した。すると、それを飲んだセシルが倒れたというわけだ。


「テーブルの上に置いてあったんだな? どこだ?」


 少女はその場所へつれていってくれた。給仕係がついている壁ぎわのテーブルのすぐ近くだ。

 ただし、丸テーブルではなく、壁に造りつけのコンソールテーブルである。壁の一部がへこんでいて、そこに花瓶かびんや彫像、または燭台しょくだいなどを置くための飾り台がある。そのことだ。


「まわりに誰かいなかったか?」


 アメリーは首をふった。

「いたかもしれないけど、おぼえてない」


 それはしかたないか。

 まだ十三、四だ。

 豪奢ごうしゃな夜会に招かれて浮かれていただろう。夢心地でまわりのことなんて、気にとめてなかったに違いない。


 しかし、そうなると、狙われていたのはセシルではなかったことになる。セシルはたまたま運悪く、毒入りの酒を飲んでしまっただけだ。本来は別の人間が殺されるはずだった。


 となると、誰がそんな場所に毒を置いていたのか?

 自分が飲むため?

 それとも、他人に飲ませるため?


(変だな。毒入りのグラスを放置したまま、遠くへ行くわけがないんだが)


 とは言え、毒杯を誰かに飲ませるとき、ちょくせつ、そのグラスを相手に渡すのは、あまりにも愚かな行為だ。あとで役人に調べられたら、犯人がすぐにわかってしまう。服毒させたのが誰なのか、推測できない細工をして飲ませるはずだ。

 まあ、かんたんなところでは、給仕係を買収するとか。


 ワレスはチラリと給仕係を見た。ワレスと目があって、給仕はあわてて顔をそむける。怪しい。


 ツカツカとハイヒールのサンダルを鳴らして近づいていく。給仕の青年の頬が赤くなる。ワレスの美貌は男女の別なく、相手をまどわせる。そのことを自身、熟知していた。


「ここで飲み物係をしてるんだよな?」

「は、はい」

「誰かに毒を盛れ、なんて命令されてないよな?」

「ま、まさか、そんなこと」


 そのわりに動揺が激しい。

 冷や汗がひたいに浮かんでいる。じっさいに毒の手配をした可能性がある。


「カヴァリエ侯爵家に仕えて長いのか?」

「は、はい。親の代からなので、私は十二年になります」

「ふうん。侯爵家のみなさまはお優しい?」

「はい。もちろん」

「とくに、奥さまは?」

「…………」


 黙りこんだ。

 ワレスを見る目に安堵あんどが感じられたので、これは外したとわかる。しかし、今ので確信した。給仕係は侯爵家の誰かに頼まれて、飲みものに毒を仕込んだに違いない。それも奥方以外の誰かだ。


 実行犯はわかった。ただ、黒幕がいる。給仕を責めたところで、さすがにそこまでは口を割らないだろう。


「ところで、そこのコンソールテーブルに、死んだ女の子が飲んだ酒が置かれていたんだ。ついさっきまでだ。誰がそこに置いたか知らないか?」


 給仕は首をふった。

 それ以上は一言もしゃべらない。


 いったん、ひこう。

 もっと押すには証拠が必要だ。せめて指示した人物の見当くらいはつけたいところ。


 あらためて、周囲の人々を観察する。パーティーで人が死んだのだから、みんな青い顔をしている。そのなかでも、とくに挙動のおかしな人物が数人いた。


 そもそも、主催者の侯爵夫妻がともども、妙な顔をしている。二人とも驚愕きょうがくするというよりは、あぜんとした顔つきだ。それに、侯爵夫人の甥。あきらかに狼狽ろうばいしている。


 ワレスはセドリックのもとへ近づいていった。よく見ると、そばに女の子がいる。セドリックより二つ三つ年下だろう。死んだダンサーと同年代だ。それに、ダンサーたちより豪華ではあるが、踊り子のヒラヒラした衣装を身につけている。


 ワレスは手近に立っていた手妻師に声をかけた。


「ジェルマン。あの女の子、誰だか知ってるか?」


 ジェルマンは大道芸人だが、ひじょうに腕がいいので、よく貴族のパーティーに招かれている。

 声をかけたものの、返事がなかった。見ると、呆然としている。ワレスは彼の肩に手をかけ、ゆすってみた。


「ジェルマン?」

「あっ、ああ?」


 声をかけると、おどろいた顔をして我に返る。

 ここにも不審な人物がいた。

 このパーティー。殺人者の集まりなのか?

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