第四話 泥試合前夜
第4話 泥試合前夜1
キャーキャーと少年たちのさわぎが、こんなところまで聞こえてくる。墓所は静かだから、やけにその声が耳についた。
宮殿を中心に十二の神殿の建ちならぶ皇宮。すぐとなりには帝立騎士学校と、その寮がある。墓地は死を管轄する神殿の敷地内に位置するため、学校の声が届くのだ。
ワレスはいつものように、その墓の前にひざまずいた。墓石にそっと頭をつけて、ゆるしを乞う。いや、愛をささやきに来ているのだ。今でもずっと、おまえへの想いは変わらないよと。
なんとなくさみしくなると、決まってここへ来る。
天使のまま、あの世に召された少年。
冷たい石の下に眠っているのは、ただのぬけがらにすぎないのだと、わかってはいるが。
せめて亡霊でもいいから、一度だけ、おれの前に現れてくれたらいいのに——
少年たちの笑い声が、あのころの自分たちへとひきもどしてくれるような心地がした。今日こそはその人が帰ってきてくれそうな……。
幻影を見せてくれ。
そしたら、その手をにぎりしめ、二度と離さない。
たとえ、そのまま、ともに地獄へ堕ちるとしても。
だが、しばらくして、かけられた声は別人のものだった。
「ワレサ。君も来てたのか」
声を聞いただけで誰だかわかった。ある意味、あのころの幻影の続きだ。
ふりかえると、かつての学友、ジェイムズ・レイ・ティンバーが花束を手に立っている。
「おまえか。何をしに来たんだ?」
「今日はルーシサスの月命日だから」
「ああ」
ウッカリしていた。
ルーシサスの親族や友人が墓参りに来そうな日はさけていたのに。
「どおりで今日は花が多い」
「君だって、だから来たんだろう?」
「…………」
ジェイムズにはこの前、ルーシサスが死んだ本当の理由を教えた。なのに、変わらず笑顔で、ワレスに話しかけてくる。どうにも、やりにくい。
ワレスは黙って墓の前をしりぞいた。無言で立ち去ろうとすると、ジェイムズが手首をつかんでひきとめてくる。
「まあ、待ってくれよ。せっかくだから、墓前で彼の話でもしていかないか?」
「おれには自分が死なせた恋人の墓前で、思い出話をする趣味はないよ」
ジェイムズは嘆息し、花束を置くと、歩き始めるワレスのあとを追ってきた。
「じゃあ、ほかの話でもいい」
「ウルサイな。なんでそう、つきまとう? おまえ、仕事中だろう?」
「今日は休日だ」
「なら、さっさと家に帰れ」
「つれないなぁ」
あいかわらず、犬のように嬉しそうについてくる。
この皇居内にある墓所は、皇都の貴族のなかでも名家だけが納骨をゆるされている。平民は入ることができないから、ほかに人影は見えない。
並木のむこうに小さく、校庭でとびはねる少年たちが見えた。
「やあ、なつかしいね。あれ、泥試合の練習だ」
「まったく、貴族の子弟が全身泥だらけになって、何が楽しいんだろうな」
「えっ? そうかい? 私は好きだったよ。東軍と西軍にわかれて泥玉をなげあう。シンプルで勇ましい遊びだ」
「服が汚れるし、髪がジャリジャリするし、ちっともいいことなんてなかったぞ?」
「君は狙われやすかったからね。金髪はめずらしいから、とても目立つ」
「そうだ。おまえも、おれに三発、泥玉をあててくれたよな?」
「だって、敵同士だったから。ほんとにちょうどいい標的だったんだよ。みんな泥だらけで真っ黒ななかで、一人だけキラキラ輝いててさ」
白い歯を見せて笑うジェイムズと話しているうちに、校庭の前にまで来た。墓所から出るには、必ずこの道を通らなければならない。
「いいか。みんな、明日こそ決戦だ。絶対に負けるな。大将のオースティアンを狙うんだ」
「リュカとジュリアンは僕が足止めする」
「よし。作戦どおりにやるぞ」
そんな会話が聞こえる。
両軍の大将は試合当日、純白の服をまとう。時間いっぱい経過したとき、より白さを保っているほうが勝利だ。
おれたちもあのころは、あんなふうに夢中だったろうか?
そう言えば、ルーシサスと泥まみれになったおたがいの顔を見て、笑いあったっけ。
思い出にふけると、しぜんに口元がゆるむ。
最期の悲しい記憶に、つい忘れそうになるが、たしかに笑っていた。それも事実だ。
「ワレサ」
「ワレス」
「ああ、うん。ワレス。覚えてるかな? 泥試合前夜にあったこと」
「うん? 何かあったか?」
「ほら、あったじゃないか。寮でブローチをなくした子がいて」
「ああ」
そんなこともあった。
今となっては、なつかしい。
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