第32話 決闘と罪



「奴…誰ですか?」


「………才波炎さいば えんです」



何をしに来たのだろうか?



「九条さん…どうやら彼はあなたに会いに来たようです…」


「え、俺にですか?」


「はい…なぜ九条さんがいることを知っているのかはわかりませんが、どちらにしろ注意してください。前にお話ししたあのことがあるので…」



殺人の疑いがあることについてか…。

それにしてもなんで俺なんだ?

話したことも、会ったこともないのに。



「会うか会わないかは、九条さんがお決めになってください」



会長は真剣な顔をしていた。

会うか会わないかは、俺の自由か…。

正直少し怖いが、正直会ってみたい。

殺人の疑いの有無以前に、自分がどれほど強くなったのか試してみたいと思っていた。

世界でも数少ないランク1の探索者。

彼らと自分を比べたらどれほどの差があるのか。

俺の好奇心がそれを知りたがっていた。



「会います」


「…そうですか。わかりました」


「会長、会う前に一つお願いしたいことがあります」


「なんでしょう……」



 ◆ ◆ ◆



「通してくれ」



しばらくして、会長室の扉が開かれた。

そこから現れた男。

ランク1探索者の才波炎だ。

テレビや雑誌で目にしない日はない。

そんな彼が目と鼻の先にいる。



見てすぐにわかる高級な質感のスーツ。

白く染めた髪は、ワックスできちんと整えられていた。



「初めまして。九条さん。才波炎です」



彼はそうとだけ言って、会長室を見渡すようにした。

そして、探していたものを見つけられなかったのか、次に会長の方を向いた。



「お久しぶりですね、亜門会長。彼と二人で話しても?」



会長は少し難しそうな顔をして俺を見た。

俺は問題ないと思って、少しだけ頷いた。



「わかりました。一つ下の階の会議室を手配します」



 ◆ ◆ ◆



「改めまして、ギルド永遠の炎会長の才波炎と申します」


「初めまして。ランク2探索者の九条カイトです」


「本日はお会いしていただきありがとうございます」



凛とした声で、耳の奥底まで響き渡る。

声の一つ一つに、人を説得するような力強さを感じる。

これが、人の上に立つカリスマか。



「今日はどのような要件で私に会いに来たのでしょうか」


「…なるほど。私も長話は嫌います。では、単刀直入に要件を伝えます」



結論をせかしすぎただろうか。

まるで俺が「はよ要件だけ言えや」と言っているように見えたのかな…。



「九条さんとパーティーを組んでいる方、本日はいらっしゃらないのですか?」



……ザックのことか。

その質問を聞いた瞬間、少し嫌な予感がした。

まさか俺に召喚能力があることを知っている?

いや、会長は言うはずないし…。



「あ、はい。今日はお互い休みの日ですので」



とりあえず、そういうことにしておこう。

ザックの存在を誤魔化すことはできない。

才波もそれを知った上で、俺に接触してきたのだから。



「そうですか…残念です。私、今日は彼をスカウトしに来たのです」


「スカウトですか?」


「はい。もちろん、九条さんにもその分の補償をお支払いするつもりです。どうでしょう、九条さんには彼を手放す代わりに100億円。それと、私の会社の株を8%お渡しする用意ができています」



一瞬、こいつが何を言っているのか理解できないでいた。

そんなことを言ったばかりなのに、どこか誇らしげな顔で足を組み始めた。

あぁ…少しこの人間がわかった気がする。

金と権力でなんでも解決できると思っている。

正直少しがっかりだ。



「お断りいたします」


「…………は?」



俺が断った瞬間、彼は口を半開きでポケーとした顔をした。

そして見る見る内に、額には青筋を浮かばせた。



「九条さん、あなたは100億円と、私の会社の株8%がどれほどのものかご存知で断っているのですか!?」



少しキレ気味である。

なかなかに面白い。

こんな才波炎は見れないからな。

そういえば、彼って確か俺より5歳も年下だったな。



「知っているつもりです。ですが、お断りします」


「………もういい。お前じゃ話にならん。金髪の彼をここに呼べ」



これが素の喋り方か。

少し吹っかけてみるか。



「では、こういうのはどうでしょう。私と一対一の勝負をしてあなたが勝てば彼を紹介します」



俺が何を言っているのか理解できないような顔だ。



「お前、ふざけてるのか?ランク2が俺に叶うわけないだろ?」


「まあ、それはやってみなければわからないじゃないですか」


「……生意気なやつだ。いいだろう。その勝負のってやる」



少し強引だったが、彼と勝負をする口実ができた。

俺が今、どれくらい彼と戦えるのか。

試そうじゃないか。



 ◆ ◆ ◆



(主、何をしているのですか…)



久々のザックからの念話だ。

俺は今、協会の地下にある闘技場に向かっていた。

才波炎と一緒に。

会議室を出てから彼はずっとイライラしている。



(別にいいだろ。ただの力試しだ。もし負けてもお前がその誘いを断ればいいだろ?)


(ですが…)


(俺が負けると思ってる?)


(ま、まさか!)


(じゃあそこで見ていてくれ)


(かしこまりました)



相変わらずザックは心配性だな。



「お前、なぜ勝負を仕掛けた?」


「ん?あぁ、ただ単に自分の実力が知りたかったからですよ」


「はっ。くだらん。それで負けるとわかっている戦いにわざわざ自分から仕掛けたのか?」


「負けるのかはまだわかりませんが、そうなりますね」


「くだらん…」



闘技場についた。

そこは東京ドームほどの広さで、

5万人を収容できる観客席まで完備されていた。



「武器はどうする?ハンデで俺は素手でもいいぞ?」


「ご冗談を。お互い全力で勝負しましょう」


「はっ。お前こそ冗談がきついぞ。まあ良い。とっとと始めるぞ」


「わかりました。では、コイントスをするので落ちた瞬間にスタートで」


「あぁ」



100円玉が宙を舞う。

才波炎は余裕な表情をして、

構えてすらいなかった。

俺如きに本気を出さなくても余裕ってことか…。



カキーン



コインが落ちた。



「『血液操作』」



スキル『剣心』を発動しつつ、

右手には赤黒い剣を召喚。

そして一気に奴との間合いを詰める。




 ◆ ◆ ◆




才波炎の視点




こいつは、馬鹿だ。

この俺に勝負を挑むだと?

ランク2の分際で、身の程をわきまえて欲しいものだ。



だが、こいつの側にいたあの金髪。

あいつはどうしても引き入れなければいけない…。

金髪は間違いなく強い。

だからこそ、こちらに引き入れる必要がある。

あの計画を阻止される可能性すらある。

危うい存在だ…。

あの時みたいに殺してやるのも……。



まあ、良い。

今はとりあえず目の前のこの冴えないおっさんさえ倒せば問題ない。

どうせランク2程度。

構えていなくても攻撃は避けられる。

85階のボスに比べたら、こいつなんて———



————え?




 ◆ ◆ ◆



奴を斬れる範囲に到達するまで、コンマ3秒。


だが、未だに奴は動かない。


何かの間違いだろうか。


俺の刃が奴に届きそうになった時。


奴はやっと反応した。



「っ『爆炎ばくえん』!!!!」



突如、才波炎の周りに高温度の炎が吹き出す。

それが一瞬にして爆発した。

それを瞬時に距離を取って防ぐ。



「く、く、くそぉ!!なんだ!そのスピードは!」



奴はわかりやすく怒っていた。

それと同時に、奴の右手には炎の槍が召喚された。

てっきりあのスピードにはついて来れると思っていたが、

案外ランク1って弱いのか?

いや、そんなことはないと思うが…。



「行くぞっ」



次はもっと、確実に…。

『血液操作』で俺の周りに血液の針を展開する。

そして、回転をかけて、発射。



「『血液針弾ニードルバレッド』」



キーン



弾かれた。

ここはさすがと言うべきか。

だが、奴の表情に余裕はない。

攻めるなら今だ。



再び奴との間合いを詰める。

槍を振るってきたが、

ザックに鍛えられたステップで避ける。

そして、



「くっ………」



奴の喉仏に剣を突き立てた。

ここまでやったのに、奴は負けを認めない。

プライドか何かだろうか。



「一つ聞きたいんですが」


「…」


「あなたは人を殺していますか?」



一瞬。

一瞬で奴の表情は変わった。

あからさますぎる。



「な、な、何を言う!!!俺を馬鹿にしているのか!?」


「いいから、答えてください」


「していない。人を殺すなど、そんなことをするわけがないだろう」


「……」




(嘘です)




そうか…。

そうだったのか。

ありがとう、ザック。



「嘘ですね」


「はっ!?!!?な、なんでそんなことが言える!」


「実は俺、嘘を見破るスキルを持ってるんですよ」


「…………」



奴は反応しない。

それどころか、

段々と表情を変えていく。

やがて不気味な笑顔を浮かべた。



「はっ…はははははははははははは…はぁ……そうか。そうなんだな…。認めよう。俺は確かに殺した!ダンジョンで部下を3人殺してやったよ!俺を馬鹿にした罰だ!あぁ…爽快だったなぁ…あれは楽しかった。あんな思いができるならもう一度してみたいもんだなぁあ?」



奴はそう言って、

俺の方を見る。

…俺を殺す自信があるってことか。



「あれれー?都合がいいことに、ここには監視カメラもない。それに俺とお前だけだ。さっきは油断したが…次は……」


「会長」


「……?」


「会長、ちゃんと撮れましたか?」



俺がそう言うと、背後から会長が現れた。

そうだ。

事前に会長に頼んでおいた。

闘技場でビデオを回しておいて欲しいと。



「やはり、才波炎…お前は人を殺していたのだな…」


「………」


「すでに政府と警察には報告してある。自衛隊を派遣する準備もできているそうだ。空港も封鎖したから海外への逃亡もできない。もう終わりだぞ、才波炎」



奴は膝をついた。

いくらランク1でも、この国の国家組織に反発することはできない。

それを察して奴は諦めた。

奴は反発することもなく、

あれほどプライドが高かったやつが大人しく連行されていった。




その日、才波炎は殺人罪で逮捕された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る