第31話 血液と豪雨



結論から言おう。

90階の奴はレベルが違った。

90階層からは俺も戦闘に参戦しようとしたが、それは困難だった。



あるじ、申し訳ないですが、私の後ろに下がっていてください」



今までの階層では余裕の表情を見せていたザックは警戒。

サラも今まであった笑顔が消えて、目の前の敵に集中しているようだ。



俺らの目の前にいたのは、悪魔デーモン

95階層にいたザザンガ同様、額にはツノが生えていた。

違う点は、皮膚の色だ。

目の前の奴は、全身赤い肌をしていた。



「これはこれは、初めてのお客様ですね…」



少々拙い日本語で話しかけてくる悪魔。

あぁ…よく覚えている。

あの時、95階に転移された時と同じ感覚。

身体が小刻みに震えていた。



あぁ…「恐怖」の感覚だ。



最初に仕掛けたのは悪魔デーモンだった。

何故かわからないが、俺めがけて突っ込んできた。

その速度を俺の目で捉えることはできなかった。

次の瞬間、俺の目の前には剣と爪が交差していた。

ザックの聖剣ヴァニエラとサラの爪が悪魔デーモンの俺への攻撃を防いだ。



「サラ様、私が主を守ります。お願いします」


「うん」



いつもと違う空気を見せるザックとサラ。

俺は疑問に思った。

なぜ90階のボスがこうも強いのか。

そう思ってザックの方を向く。



「ザック…なんで95階のザザンガはああも簡単に倒せたんだ?」


「報告が遅れましたが…『女神の加護』を使いました」



…やはりそうか。

『女神の加護』。

それはザックが所有している最も強力なスキル。

ザックが人間ながら魔王の幹部になれた理由がこのスキルだ。

女神の加護という大層な名前はついているが、

その効果はステータスの攻撃力以外の全数値を1にする代わりに、攻撃力を爆発的に上げるというものだ。



その攻撃力は魔王軍の中では、上からに二番目の強さ。

だが、これはデメリットの方が多い。

スキルの持続時間は、たったの5秒。

また、HP、MP、防御力、全てが1になるため、スキル使用後の戦闘はほぼ不可能。



「申し訳ありません。『女神の加護』を使わなければあの場を乗り切れませんでしたので…」


「そうだったのか。それほどの相手だったのか…」



改めて目の前の相手を見る。

奴の動きは軽やかで、指の先から生えている漆黒の長い爪でサラを攻撃していた。

サラは無表情でその攻撃をかわしていた。



「ザック、サラは勝てるのか…?」



そう聞いてみると、ザックはにやけた。

なぜ、にやけた?

変なことでも聞いたのだろうか。



「...主、私はともかくサラ様が負けた姿を見たことがありますでしょうか。少なくとも、私はありません」



ザックが言い切る。

確かにない…。

だが、それは「ロード&マスター」での話だ。

あれは…俺が作ったRPG。

ザックの話を聞いていると、まるでその世界が実際に存在しているようかの言い草だ。

正直…俺にとっては現実味があまりない。



「主、大丈夫です。私たちを信じてください」



青く透き通った綺麗な瞳。

それが俺に訴えてくる。

自分たちを信じてくれ、と。

改めてサラに目の向ける。



「『血液操作』」



サラがそう呟くと、彼女の背中からは大きく赤黒い翼が二つ。

それを勢いよくはためかせる。

次の瞬間、サラは舞い上がった。

それに気づいた悪魔は彼女めがけて飛び付こうとした。

だが、届かない。

宙に浮いたサラは、右手を上げる。

そこには次第に赤い水滴が集中した。

「血」だ。

俺の血液が吸われている感覚もある。

赤い血の球は段々と変色していく。

やがてそれは黒く、禍々しい球へと変わっていった。



「パパ、ちょっと血をもらうね、ザックも」



サラはこちらを振り返ってそう言った。

いつものように可愛く、優しい声で。



「『血塊殲滅霧雨ブラッドブリュイヌ 』」



次の瞬間。

悪魔の頭上に停滞していた血液の球体は弾けた。



ドドドドドドドドドドドドドドドォ———



まるで豪雨のように激しく降り注ぐ赤い雨。

だが、それは雨ではなく、一本一本が鋭利で強靭な血の矢だった。

目の前のフロア一体が赤く染まった。

そこにいたはずの悪魔の姿は見当たらない。

いや、いた。

ちゃんと肉片としてそこにいた。

どうやら先程の雨の圧に押し潰されたのだ…。

原型が残っていない。

恐ろしい技だ…。

『吸血』、『霧化』、『血液操作』の3つのスキルを掛け合わせた技。

俺が考えたサラの最強にして、最悪な技。



「あ…倒しちゃった」



サラがそう囁く。

あ、そうだった。

そういえば90階層からは、もし余裕があったら俺が最後のトドメを刺すと3人で話していたんだ。



「ごめんね…パパ」



サラが申し訳なさそうに近づいてくる。

ワンピースの裾を掴んで、左右に体をゆらす。

その顔は泣きそうだった…。

…可愛い。



「だ、大丈夫だ。また、次お願いするよ」


「ほんとっ!ごめんね、パパ。気をつける!」


「お、おう」



今日はひとまずこれくらいにしておこう。

ここに来てわかったこと。

それは、敵が思ったより強いということ。

サラですら最強の技を出さなければいけない相手。

次の階層ではそううまくいくだろうか。

一度ダンジョンを出て、次に備えて準備をしてからまた来よう。

そう思った。



  ◆ ◆ ◆



探索者協会 会長室



「それは本当ですか!?」



いつも以上に声を張り上げる会長。



「はい。次は91階層に挑む予定です」


「前人未到の90階層…いや、確か九条さんは95階まで行っているんですよね。しかし、それでもすごいですね。攻略も近いのではないでしょうか」


「そうだといいんですが、もし100階以上の階があるなら少し厳しいかもしれません」



正直な話をした。

現在、ザックやサラの力を借りても90階層は正直ギリギリだ。

これ以上強い奴が現れるとなったら、やっていけるかわからない。

俺はあくまで100階が攻略ゾーンだと思っている。

根拠はないが、ただ数字のキリが良いからそう思った。



前にも思ったが、このダンジョンというシステム自体どこか人間臭い。

人間が考えたような発想だ。

だから、103階とか112階とかそんな中途半端な階が攻略階だとは思えなかった。



「では、これからは九条さんのレベル上げをして、3体目の召喚を目指すのですか?」


「…そうですね。それが確実だと思っています」


「3体目…一体誰が出てくるのでしょうか」


「さあ。召喚の順番に今の所規則性は見出せていません」


「そうなんですね」



そんな会話をしつつ、出された茶を啜る。

ザックとサラは控えさせている。

最近ザックを頻繁に引き連れていたせいで、面倒ごとに巻き込まれた。

あちらこちらのパーティーから、ザック個人がスカウトされているのだ。

俺が横にいるというのに…。

それに、そのスカウトをしている人達はほとんど女性だ。

腹が立つ。

そんなにイケメンがいいかっ!

だから、最近はザックを表に出していない。

面倒ごとに巻き込まれたくないからな。



コンコン



…む。

なんか、嫌な予感が。

なんだろうか、このムズムズした感じ。



「会長、お話中失礼します。実は…」



会長の耳元で耳打ちをする社員。

それを聞いた会長の表情は曇った。

やはり何かあったのだろうか。



「九条さん…奴が来ました」


「奴…誰ですか?」


「………才波炎さいば えんです」

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