第33話 奪還と核



核兵器。



それは、人類が作り出した罪である。

2度も日本に向けられたその兵器を、

アメリカ合衆国はもう一度手に取った。

核兵器をモンスターに向けるという理由で。



バチカン市国が大量のモンスターに壊滅させられてから、2年近くが経った。

その間、モンスターがバチカン市国だった領域から出ることはなかった。

バチカン壊滅と同時に現れた、1000を超えるモンスター。

その頂点に立つ一体のモンスターをアメリカは、

災害級モンスター、『サタン』と名付けた。



個体名サタン以外のモンスターは、

大量の探索者を一斉に送り込めば対処できなくはない。

だが、サタンがいる限りそれを許さない。



この2年間、人類は恐怖を感じていた。

いつの日か自分の住まう国もバチカンみたいになるのではないかと。

ダンジョンが現れてから人類の心に刻まれた恐怖が消えることはなかった。



そして、アメリカは決めた。



「私たちはもう罪を犯さない。

この兵器は我ら人類に向けるべきものではなく、

あの化け物どもに向けるべきものである。

今こそ平和を取り戻そうではないか!」



アメリカ合衆国大統領、

ジェームズ・スミスは全世界に発表をした。

核兵器をもってモンスターを殲滅すると。

今回使う核兵器は、新たに開発したものである。

従来の核兵器とは違い、広範囲で敵を殲滅するのではなく、爆破範囲を最小限に抑えたものを使う。

威力は従来のものと変わらず、さらに放射線の影響をその地に及ぼしにくいものをアメリカは開発した。



その小ささから、通称『ベイビー』と名付けられた。



「これは、ただの殲滅ではない。核があの災害級に通用するか、という実験も兼ねている」


「はい。承知しております」


「周辺に住まうローマの住民は避難できているか?」


「はい。すでに避難しております」


「よし…では、実行に移す」



黒いブリーフケースが大統領の目の前に置かれる。

緊張により汗がテーブルに滴る。

それもそのはず。

核兵器を起動するボタンである。

たった一人の人間が、数億の人間を死に至らしめることのできるボタン。



ジェームズは、深呼吸をした。



周りにいる軍人たちが息を呑む。



そして、いよいよ、発射の時である。



———ボタンを押す。



大統領が見ている映像には、

発射された核兵器が映っていた。

そのスピードは落ちることなく、

真っ直ぐバチカンの方へと飛んでいくのだった。



 ◆ ◆ ◆



元バチカン市国



最初に異変に気づいたのは、

災害級モンスター、サタンだった。

目を細めて上空を見上げる。

眩しい太陽の横に何かが見えた。

その距離は人間の肉眼では捉えることのできない距離である。



「…」



サタンは無言だった。

だが、その眼球は飛んでくる飛行物を捉えていた。




そして、着弾した。



爆発した中心温度は100万度を超え、

地表の温度は、5000度までに膨れ上がった。

太陽の表面の温度に匹敵するほどである。



一瞬。



一瞬で赤い光を放ち、

次の瞬間、あたりは煙に覆われた。

爆風が物凄い勢いで、四方八方に拡散する。



モンスターは、その原型を残すことなく、

跡形もなく消えていった。



 ◆ ◆ ◆



「着弾、確認しました!」


「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」



アメリカ軍の対策本部は、

驚きの声に包まれた。

実際、リアルタイムで起こっていることに興奮を隠しきれていないのである。

あの威力、あの爆発、生きているはずがない。

誰もがそう思った。



爆煙が晴れるのに、数分かかった。

そして、いよいよ晴れたと思った瞬間。

映像を見ていた人々は、自分の目を疑った。



あれほどいたモンスターは、

一斉に核により消し去った。

消し去ったのだが…

その地には、二つのものが佇んでいた。



一つは、巨塔である。

あれほどの爆発を浴びたというのに、

その巨塔には一切の傷がなかった。



そして二つ目。

映像を観ていた誰もが絶望した。



「サ、サタンは生存していますっ!!!!」



人類の最強、最悪の武器ですら、

あのモンスターを殺すことができない。

その現実を大統領とその周りにいる軍人は信じられないでいた。



そして次の瞬間、



1年前同様、バチカンの地が揺れだした。

やがて巨塔からは大量のモンスターが溢れ、

失ったものを補うかのように、

バチカンは再びモンスターで埋め尽くされた。



無意味であった。

いや、核が一般のモンスターに通用するということはわかった。

しかし、何か解決したわけではない。

おそらくあの巨塔は、無限にモンスターを生み出す。



何より、災害級モンスターであるサタンには、

核兵器が通用しなかった。



 ◆ ◆ ◆



才波炎さいば えんは、あっけなく逮捕された。


本当にあっけない。


己の権力で殺人をどうにでもできると思っていたのだ。



彼が逮捕されてから1ヶ月。

日本トップギルドである「永遠の炎イグニス」は、

すぐに解散となった。

それに伴い、SAIBAグループの株価は大暴落し、

社会に大きな影響を与えたのだ。



「それにしても、九条さんはすごいですね!」


「そ、そんなことないですよぉ…」



俺は今、探索者協会の会長室にいた。

目の前には、亜門あもん会長と西園寺鏡花さいおんじ きょうか

西園寺鏡花は、つい1ヶ月前まで才波炎の元でスパイをしていた。

彼の監視役として派遣されたのだ。

それが今は協会に帰ってきて、再び会長の秘書として働いている。



「九条さん、私を九条さんのパーティーにいかがですか?」



おぉ…かわいい。

そういえば、この子有名なアイドルだったな。

最初に会った時より話し方が少し柔らかくなった気がする。

笑顔も可愛いし…。



「え、えっと…」


「パパぁ?」



突然、後ろから声をかけられる。

…サラである。

この子はどうして、命令もしていないのに出てきてしまうのだろうか。



「話はありがたいんですが、俺にはこの子達がいるので」


「そうですか…残念です。いつでも私を誘っていいんですからね」


「あ、は、はぃ」


「パパぁ? なんで鼻の下伸ばしてるのぉ?」



サラにジト目で見られる。

あぁ…やめてくれ。

心に刺さって痛い…。



「それで、九条さん。本題なんですが」



俺らの話が終わるのを待って、会長は口を開いた。



「あ、すみません。はい」


「現在の攻略階を教えていただいてもいいでしょうか?」


「はい。つい昨日、96階まで攻略できました」


「おぉ!!!」「すごいです!!」



そう。

俺たちは昨日、96階まで攻略した。

その中で一つわかったことがある。



今までのボスは倒したとしてもリスポーンする。

しかし、90階層以上の悪魔デーモンたちは、

どうやらリスポーンしないらしい。

俺らが95階に再び到達した時、

そこにいるはずのザザンガはいなかった。



「96階層のトドメは九条さんが?」


「はい。より効率的にレベルを伸ばしたいと思ったので」



俺は今まで、自分の力で倒したモンスターにのみトドメを刺してきた。

それは、自分の強さを過信しないためであった。

しかし、90階層以上は今のままでは厳しいと実感させられた。

サラもザックも必殺を使わなければ倒せない相手。

おそらく上層階はより厳しい戦いとなるだろう。



だから、効率的にレベル上げをしようと決断した。

サラとザックに敵を弱めてもらい、

トドメは俺がさす。



「今のレベルはおいくつで?」


「つい昨日、レベル30になりました」


「……では!!!!!」




「はい、せっかくですので紹介します。

彼が、3人目です——————」




紫色の炎が揺らめいた。

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